手伝い人
全部縦に積めば僕よりもはるかに背が高くなるであろう荷物たちは、この運転手が持てば片手に収まる。
もっと言うと、手のひらに収まる程度だった。
どうやらこの運転手はものを小さくすることができるらしい。
覗き込んでみると、原型の分かるものもいくつかある。たとえば靴下なんて、顕微鏡を使わなければきっと見ることができないだろう。
行きの道で、例えばコーヒーを小さくするときにはカップだけでなく水滴一つひとつも縮むのかと尋ねたら、彼は「おそらくそうです」と言っていた。
それなら、袋にいくつか入った和菓子を袋ごと縮めてから元の大きさに戻したとき、中身はみんな一つ残らず元通りになるのかと聞いてみると、今度ははっきりと「そうです」と答えた。
袋入りの和菓子が中身ごと完全に元通りになると言うなら、おそらくコーヒーカップを小さくしても同じだろう。注がれた水滴の数も、縮めたときと元通りにしたときとでは変わらないのだと思う。
しかし、それなら重さはいったいどうなっているのだろう。
紙を丸めたときと広げたときとでは重さが一緒のはずだから、今運転手の手はものすごく重いものを抱えていることになるのではないだろうか。
こういうことを考えるのは好きだ。
運転手が玄関のドアノッカーを数回鳴らす。
すると、間髪入れず観音開きの扉が動き、中から知らない大人が五人出てきた。
男の人が二名に、女の人が三名。家令と腰元……だろうか。
誰一人として知っている顔がないのでまじまじと眺めていると、ある男の人が一歩前に出て頭を下げた。
糸目で笑みを浮かべている人だ。笑っているのかこれが普通の顏なのか分からないが、なんとなく取って付けた笑顔のように見える。頭を下げる前に、涙ぼくろが右の目尻に見えた。
こういうときは……
「執事の職を賜りました、
この言葉を皮切りに、残る四人も「ようこそ……」からを復唱し、ほとんど直角にお辞儀をした。全員が同じ角度だから、僕からは一人ひとりのつむじしか見えない。
執事というのは、「洋風の家令」のことだったはずだ。間違っていなければ、執事が腰元……おそらく、「メイド」に色々と指示を出したり、屋敷のお金を動かしたりするのだと思う。
「…………はい」
しばらく待っていても、誰一人として頭を上げない。
ということは、僕が先に何か言わなくてはならない。今こそ、教育係に叩き込まれた挨拶をする必要があるのだ。
左手の指先を揃えて、手のひらを上に。腕は直角よりやや広げて、彼らに手を差し出すイメージで。
「どうぞらくにしてください」
僕が最後の「い」を言い終わってから三秒かけて、みんな一斉に顔を上げた。
次は、その手を自分の胸まで持ってきて(帽子をかぶっているなら、それを脱いで)、
「索田本家第二子、授かり
そして軽いお辞儀をする。十五度だ。
決して彼らより深いお辞儀をしてはいけない――といっても、彼らほど腰の折れたお辞儀をすると倒れてしまいそうだ。
姿勢を元に戻して、彼ら一人ひとりをの目を見ながら言う。複数名いるから「諸君」に「ら」を付ける。
「しょくんらの
僕は挨拶の暗唱に成功した。
……はずだ。
それなのに、
「……ぷっ、あははははっ」
有馬と名乗った執事が突然吹き出して、しまいには声をあげて笑いはじめた。
どこも間違えていないはずなのに、何がおかしいのだろう。まさか教わった内容が間違っていたのだろうか。
僕がきょとんとしていると、白い前掛け姿の女性の一人が有馬の頭を叩いた。
「辰二郎様の前でなんて無礼な……中世なら切腹ものですよ! 」
「いてっ! ……ああ、申し訳ありません。辰二郎様があまりに可愛らしくて、つい……ね」
「けれど、本当にかわいらしいですわね……天使みたい。あなたもそう思わなくって?」
「は、はいっ! とっても美人さんですっ!」
同意を求められた女性が突然のことに動揺しながらも言い切った。
……美人?
「あなたねぇ……美人というのは女性に使う表現です。麗しい、貴人、などと言い換えなさい。辰二郎様が見目麗しいのは確かなのですから」
有馬の頭を叩いた女性がぴしゃりと指摘する。
「う、麗しき貴人であらせられますっ!」
「まぁこんな感じで、ちょっとテンション高い奴らなんですよ。お許しくださいね」
女性三人が騒がしくしているのを指して、有馬が僕にささやく。
「お前もなんだけどな」
ずっと黙っていた残りの一人がついに口を開いた。
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