Fall〜フォウル〜 十獄四赫の幻撃戦

@mstk147abc

フォウル1 女囚召降 

 その列島にほんからは政治的なのか大人の事情なのか知らぬが、壁で包囲された特別区が存在した。名は迅野市じんのし。壁外近接都市の移動、近接都市からの物資提供すら行われない。

 市内物資が尽きれば、そこで飢える。当然の流れだ。

 市民の大人は壁外先の企業で働けない。列島新法の鉄の掟だから、市内企業のみでの生活しかできない。壁外先から当市の企業移動すら不可能で他所からの行き来すら叶えられない。

 列島新法発令後から11年後。

 迅野市は壁の内側で朽ち果てた。

 しかし、人々は朽ち果ててない。列島から見放された時から開発された地中都市部、アンダーコロニーに移民が間に合ったからだ。

 コロニー内非常食が尽きれば、本当の意味で飢餓都市になるからだ。

 そういう飢餓事情になるのは、まさに時間の問題だろう。

 備蓄庫の非常物資だって全市民分に支給されれば、短期間で消費する。もはや希望すらあり得ない。

 地上に出てきた高校生くらいの学生のたまり場、廃校になった『松割まつわり学園高等部』。ここでたまっている彼らは男女の二人のみ。

 一人は片之辺かたのべ経以けい。もう彼女の方は卯瀧うたき麻愛まえ。特に恋人同士とかそれ以上の人間関係はない。単なる語るだけのたまり場だ。

 共通する部分は、廃都市化以前に、この松割で学んできた在学生であり、学級が隣同士だけの関係である。

 経以と麻愛は似ている。お互い無口で消極的な所、極端に大人しい所だ。

 在学生の当時から、誰も来ない化学実験室にたまっていたからなのか、いつもここで待ち合わせている。

 お互いは男女の意識を持たないから、無理に大人になろうとステップアップする気は持ち合わせない。男女の性に関心持つ程の関係だなんて恐らく面倒なんだろう。


「ケイ君、あたし地下コロニーの生活、もうダメかも」

「僕だって同じさ。マエは隣の都市に繋がる秘密の抜け穴に興味あるかい?」

「反社会抗争という社会拒絶罪で捕まるから、迅野市からは脱走はしないわ」

「このまま餓死はイヤだよ」

「あたしもそうよ。だからって罪は犯せないわ」


 しばらく沈黙が長くなると、いつも消極的な麻愛から経以の眼前まで迫ってきた。


「な、な何さ」

「キス……しても良い?」

「いきなり、僕はその……マエとはそういうのはやらないというか」

「いつもしゃべるだけで落ち合うのやめようと聞いてみたの」

「オトコとオンナだからって、そういうのするなんて限らないだろ」

「でもな、キスしないとつまらないよ」

「無理にやるの、おかしいだろ。好き同士じゃないんだし」

「毎日のように会って話してるのよ、好き同士と何ら変わらないわ」

「昨日までのマエとはまるで違うな。僕とそんなにしたいのか?」

「何度でも言うから。だって、ここは廃校跡であたしたちだけなんだし。だから、お願いキスしよ」

「変な理屈並べてさ……」


 経以が言ってるそばから麻愛の口元が少年の唇に急接近してきた。


「やめろよ‼」


 経以は麻愛の両肩に自分の両手で押し出した。


「キャ‼」

「ゴメン。あのさ、ケガ……ない?」


 経以の形相が大人しいイメージから活動的に変貌しつつあった。麻愛は、彼をそんなキャラだと感じ取った。


「イヤ、そんなのイヤ。ケイ君がまるで別人よ。あなた、ケイ君じゃないわ。誰なの? いったい、誰なのよ‼」


 突然、叫び声を上げた麻愛。発狂したような状態でたまり場から逃げ出した。


「えっ⁉ 僕が……別人? マエ、いったい何言ってんだよ、いったいさ」


 経以の手前、突如として、全く素性の知れない男の影が近づきつつあった。それがわかる靴音が響いてか、少年は恐る恐るゆっくりと振り向いた。


「ヒエッ‼ いったい君は、誰なのさ」

「ご挨拶だな。見ず知らぬの相手に、そんな態度とはな」

「僕、この街の地下都市部の住民……ケイって、あいや、片之辺経以……です」

「礼儀はちゃんとあるのか? 俺はオマエと同じワーカーだ。霊魂繰師スピリッツのワーカー、オーギスという。お見知りおきを」

「僕がワーカー? 何の話してるのか分からないよ」

「なんだ、先程役目を持った覚醒者か? ならば教えてやる。オマエは十獄女囚テンランデスの飼い主という意味のワーカーに契約したばかりのルーキーなんだよ」

「テンラン? 飼い主? 何の事だかさっぱり……」

「面倒臭いな。ならば百聞は一見にしかず。俺の相手にさせてもらう。死んでも文句言うなよな」


 オーギスは、廃校の化学実験室を戦場にしようと、ありったけの持てる能力を展開しようと能力レベルを体内から放出しだした。


「なっ⁉ 熱放射? 体内熱がここまで流れてきた。まさか僕はこんな事で死ぬのか?」

「死にたくなければ、オマエもジーヌを発散させるんだな」

「力を感じる。闘争心か? あの熱っぽいのジーヌと言うらしいな。僕が覚醒者というのなら、僕にも闘争心の熱気を発散させてくれ」

「叶えられぬご託なんてな、自分の死を認めて念仏でも唱えるんだな、小僧。では、いくぞ‼ 霊魂超束縛術スピリッツ・バインドタイトー‼」


 肉眼で捉えられる霊魂と思えし青白い火球体たちが少年の体を包囲し、拘束しだしたのだ。


「ウワアアアアアア‼」


 経以は意識が薄れていき、地面にダウンした。


「愚かな。オマエのジーヌを感じたり、ワーカーのサインすらも確認できずに倒れるとは。所詮しょせん、ひ弱な小僧にワーカーなんて不向きだった訳だ」


 そんな時だ。オーギスが少年を見くびっているさなか、何にもない市街地の学校跡の校舎にモヤかカスミがかかったような現象が発生した。その白煙の影から、薄ら薄らと人影がハッキリと見えだした。その影から正体を見遣みやるオーギス。


「ん? アレ……まさか、ランデスの一人、超絶弾丸ブリットのランデスだと?」


 人影の中から現れたその女囚の姿態は、銃の砲身がそのままプロテクターとして身にまとえし、スレンダーな美女だった。

 銀髪の赤い眼。小顔でそれ相応の豊かな胸を持ち、八頭身とも言えそうなスラッと伸びた美脚が見た者の目を引きつける。

 その正体の個体名称はアネイ。

 十獄女囚テンランデスが一人、超絶弾丸のアネイであった。


「何? 体が動かん。……そうか。フフフ。アネイはまだ・・この小僧とは未契約状態だったらしいな」


 アネイは、実験室の行くコースを知っているように、案内もないというのにオーギスの手前まで接触しだした。


「アネイよ。ご無沙汰だな。だが、オマエは取り付くワーカーが誰もいまい」

「フッ、ワーカーの気配は貴様ではないな、オーギス。では、私を喚んだ主は、そこの意識の少ない者か?」

「まさか、俺のランデス、デビルウォルフ様との対立を申し込むつもりじゃないのか?」

「何にしてもだ、無力の少年にランデスのワーカー契約を済ませねばならぬ」

「その時間稼ぎという結界を張ったつもりか、姑息こそくなマネを〜」


 彼女はそのプロテクター内部から小さなアイテムを手に取った。


「アネイよ、それは、義眼代行の晶石……ブライトレンズ。それを持つという事は、義眼契約術を⁉」

「こんな弱体だ。ワーカー能力のレベルアップの必須アイテムだ。仕方のない手段だ。眼球交換の為、麻酔ヒールをかける。はぁっ‼」


 経以の全身に重度の痛みを和らげる仕掛けが振りかけられた。

 早速アネイは、交換施術をおこなった。


「右眼のみの交換なだけ、消耗度は低いはずだろう。後は本人の意識回復を祈るのみだ」


 経以の意識は少しずつ回復しだした。


「よし、これで契約完了。受理された。もう、対立は可能だ。さぁ、オーギスよ、デビルウォルフを召降しょうこうするがいい」

「あっ、やっと結界解除したか? フフフ、デビルウォルフ様を舐めるなよ。あのお方は、オマエなんかにやられやしないぜ。早速喚ぶか。デビルウォルフ様、召降っ‼」


 等身大の人間の数倍はある体型の狼女が顕現されたのだ。化学実験室は微塵に粉々になったので、アネイは意識が覚めたばかりの経以を抱きかかえて、グラウンドに寝かせてやった。


「久方振りだな、超絶弾丸のランデス、アネイ」

「相変わらずの3メートル大の大柄女囚だな。もう男じゃないのか?」

「アタシが気にしてる事を〜」


 二人の戦士は、広いグラウンドを戦場に移し替えて、かつての十獄じゅっごく四赫しきゃく戦争せんそうの続きになる戦いを開始させたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る