第59話

「くぅぅ――――っ」


 歯ぎしりをし、ペンを握りしめる。


「どうしました?さっさとなさい」


 目の前の書類の山、山、山を睨みつける。

 机の作業スペース以外積まれた書類の山でサディアスの顔すら見えない。


「リディア様…」

「あーもー、何も言わないで」


 授業が終わった後、突然サディアスが現れたと思ったらイザークの監視役という事で、サディアスの元にずっと置くことにすると言ってきたのだ。

 もし自分の手元に置いておきたければ仕事を手伝うという条件を突き付けて来た。

 イザークはいつ逃亡を図ってもいいように近くに置いておきたい。

 それに離れもしたらイザークの理由すら解らなくなる。下手すればローズ家に送り帰されるかもしれない。ローズ家に送り返された日にゃ一環の終わりだ。


(ドS軍師め…、この山終わらせても次にまたさせられるかもしれないわ…)


 執務室は引っ切り無しに人が出入りし、ずっと忙しそうだ。

 猫の手も借りたいというのは本当の所だろう。

 書類は修復費だのパーティの準備費だのが多い。


(あちこちで魔物騒ぎが起きている影響ね…)


 そのためにやる事も増える。

 特に書類の種類が国境付近のが多いのはリオもたまに駆り出されている隣国といざこざがあちこちで起こっているせいだろう。

 それに加えアグダスは国土もかなり大きい。

 そりゃ書類も膨大なものとなるはずだ。


「手が止まっていますよ、それをやり終わるまでは決して帰しません、徹夜になりたくなければさっさと手を動かしなさい」

「どこに目がついているのよ…」


 書類の山で見えていないはずなのに指摘を受けて、リディアは嫌味と感心が入れ混じった声で呟く。


「気配ですぐに解ります、くっちゃべってないでさっさとやりなさい」

「リディア様…」

「イザーク、あなたは自分のやるべきことをやりに帰りなさい」

「ですが…」

「帰ったら美味しいごはんが食べたいわ」

「!…はい、リディア様の好きなデザートもご用意しておきます」

「それは楽しみね」

「それでは失礼いたします」


 リディアに深々と礼を込めるようにお辞儀をするとその場を去る。


(これでいつでも逃げ出せるわね)


 ニヤリと口元を引く。


「さてと、始めますか」


 昨日で学習したのだ。書類を提出すれば逃げられないと。

 書類を提出せずにこっそり抜け出すのが一番だ。

 そうなるとイザークがここに居ては邪魔だった。


(相変わらず、単純な計算が多いわね…まぁ実務って言えば意外とこういうものよね)


 凄い速さで書類の山を処理していく。

 昨日の倍以上ある書類もあっという間に処理をする。


(よし、出来たわ)


 書類の山を壁にそうっと死角を意識しながらドアへと向かう。


「っ!待ちなさい!」

「終わったので失礼しまーす!」

「チッ逃げられましたか…」


 あっという間にドアの外へと逃げていったリディアに舌打ちする。


「サディアス様!これ全部できています!凄い…」

「ふふ、やる事はちゃんとやったようですね…、では明日はもっと…ふっふっふ…」


 不気味なサディアスの含み笑いに皆恐縮した。








 バチバチバチ――――


 授業が終わり、誰もいなくなった教室の前でサディアスとリディアが睨み合う。


「ごきげんよう、サディアス様、今日はイザークはおりませんわよ?」


 先手を打ってイザークにはどこかに隠れてもらっている。

 お陰でしっかり寝過ごしてしまったのだ。

 誰もいない静かなその場所でバチバチと互いの目と目の間に火花が散る。


「今日はイザークには用はありません、そうそうリオに遠征を頼もうと思いまして、『姉さま』のあなたにもお耳に入れておく方がよいかと」

「え、遠征?!」

「1年ほど行ってもらおうかと思っております、では」


 1年も遠征にいかれては逃亡が出来ない。

 完全に図られていると思いつつも、留め置く手立てもない。

 去っていこうとする背に仕方ないと声を掛ける。


「待ちなさいよ」

「おや、どうかされましたか?」

「リオが承諾するはずないわ」

「なぁに承諾しなくても連れていく手立ては幾らでも」


 ドS軍師なら本当にやりかねない。


(くぅ…このドSめ…質が悪いちゅうの!)


「……条件は」

「おや、呑み込みが早いですね」

「昨日の今日よ?もしかしてまた…」

「ええ、私の仕事のお手伝いをして頂ければ、遠征は留め置くことにしておきましょう」


 ニッコリと笑うその笑みをグーパンチ食らわしたい気持ちを抑える。

 ここで何かしでかせばこのドS軍師の思う壺だ。

 そうしてやってきたサディアスの執務室。


「な‥‥」


 リディアは軽いめまいを起こす。

 リディアの机の周囲に机が置かれ、そこにも書類の山、山、山が構築されている。


「増やすにしても増え過ぎじゃない?!」

「あなたなら余裕でしょう、さぁ、さっさと取り掛かってください」

「うわぁあぁっっ」


 ひょいっとリディアを掴むと四方向全て囲まれた書類の山の真ん中に向かって放り投げ入れられる。


「では、よろしく頼みましたよ」


(ちょっと、マジか…)


 完全に書類の壁の中に閉じ込められた状態になり、目をぱちくりとさせる。

 ご丁寧に、机の下まで書類で埋め尽くされている。

 完全に逃げ道を塞がれた状態だ。


「あー、解っていると思いますが、終わるまでは帰しませんからね」

「‥‥」


 手に握りしめたペンをバキッと折る。


(こんの… ドS軍師がぁあああっっっ!!)


 心でありったけに叫ぶリディアだった。









「あぁあぁあああ、そこもっとぉおぉおおっっ」


 イザークにマッサージを受け悩まし気に叫ぶリディア。


「大丈夫ですか?」

「もう死にそうよ」


 思わず愚痴る。

 あれから毎日、サディアスとの鬼ごっこが繰り広げられ、結局最後に捕まっては死ぬほどの書類の山を手伝わされる羽目になっている。


(明日こそ逃げ切ってやる)


 とはいえ、相手は頭脳明晰の軍師様だ。

 聡明なリディアでも見事に裏をかかれて捕まってしまう。


「どうにかしないと…くぅっ」

「少し痛かったですか?」

「大丈夫、もっと押して、くぅぅぅきくぅぅ」


 痛気持ちいい指圧に涙を目の端にちょちょきらす。


(ゲームで攻略してるぶんにゃいいけど、実際やられると堪えるわね…)


 こう毎日大量の書類をやらされて腕も腱鞘炎気味だ。


「あ…」

「どうかなさいましたか?」

「ううん…」


(そういえば、サディアスも攻略キャラだったわね…)


 すっかり聖女施設から逃げる方向に思考がいっていて大団円で終わらす使命をうっかり忘れていた事を思い出す。

 まぁ施設から逃げ出すことが出来れば、それはそれでいいのかもしれないけれど、どのルートも終わってないのなら引き戻される可能性だってある。

 それは避けたい。

 一番ベストは大団円を終わらせての逃亡だ。


(まぁ、事と次第では大団円諦めて逃亡一点になるかもしれないけれど…)


 今の状況を考えると、ある程度そちらも覚悟しておく必要があるだろう。

 とはいえ、逃亡前には少しでもキャラのルートを潰しておきたい。

 リオはもうそれなりの好感度があって安定しているから放っておいても大丈夫だろうし、イザークは逃亡に付いてこない理由は別として、イザークの問題は解決している、接触してはいけないキャラであるリュカは遺跡の中に閉じ込めたことで終了した。

 あとはサディアス、ジークヴァルト、オズワルドだ。

 オズワルドは一目惚れキャラなだけにある程度記憶にあるし、実はもう対策は打ってある。

 もう大団円には問題ないとは思うが念のためオズワルドも助けるとなると時期の問題なだけだ。

 となると後はジークヴァルトとサディアス。

 今一番接触あるサディアスをどうにかできればいいのだが・・・


(サディアスの内容は殆ど覚えてないのよね~…)


 頭を捻らすもスチルすら思い出さない。


(なんかヒントがあれば芋づる式で思い出すかも…?)


 そう思うと今の状況は悪くはないのかもしれないと思い直す。

 毎日接触しているのだ、何かヒントがあり見つけられるかもしれない。


(ルートに入らず、解決だけをするためにも問題のヒントが欲しいわね)


 明日からはそれも気に掛けておこうと決心をした。



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