第49話
リディアは大きなため息をつく。
胴に抱き着くリオに隣で豪快に笑うジークヴァルト、いつもの様に控えるイザークに殿下の隣で頬を高揚させるフェリシーと傍で見守るフェリシーの執事やメイド達。
(静かにランチをしたいのにどうしてこうなった?)
リオを無視し続けたのに姉べったりになったのと同様に何もしていないのに周りが人でごった返していることに改めて大きなため息をつく。
「うむ、今日の魔物執事のランチも美味いな」
「お褒め頂き光栄に存じます、殿下」
「頭を下げなくていいわ、私のためにイザークが頑張って作った料理を横取りしているだけなのだから」
「そんなこと言ってはいけないわ!殿下はイザークを認めて下さっているのよ!リディア、ここは感謝と喜ぶところよ?」
解ってないなーというようにリディアを諭す口調で続けるフェリシー。
そして手を合わしジークヴァルトを尊敬の眼差しで見る。
「今の発言も…殿下は何者にも平等で心から尊敬致しますわ、ね、そうは思わない?リディア」
「‥‥」
(あー、面倒くさい)
本当に何でこうなったんだと頭痛を抑えるように手を当てる。
イザークと二人のランチだったのが今ではいつもこう賑やかだ。
リオは今まで以上に訪れるようになり、ジークヴァルトもリオに劣らずストーカー行為をやめない。
更にはフェリシーまでも復活して押しかける始末。
「まったくリディアったら…殿下、お気を悪くさらないでくださいませ、リディアは素直じゃないだけで本心はちゃんと殿下の言葉を有難く嬉しく思っているのです」
「ほぉ、有難くとな」
ニヤニヤとしながらリディアを見るジークヴァルト。
(あー、この顔ムカつく…)
イライラしながらこれ以上口を挟めばまたフェリシーの勘違い発言が続きそうだと黙り込む。
「リディアは本当は優しい子なのです、全ては哀れな境遇のせい…、ですからリディアの発言をお許しください」
庇う様に深々と頭を下げるフェリシー。
(あー、これはこれでムカつくぅ…)
黙っていれば今度は勝手に謝られてイライラが更に募る。
「何も思ってないから安心せい」
「殿下っ」
顔をバッと上げてパーっと顔を輝かせる。
「やはり殿下はとっても心が広くてお優しいのですね」
乙女ゲームだとここで「攻略男子少しはにかむ」シーンだ。
などと、こういう状況下でこんな事を考えている自分にもまたイライラする。
(そうじゃない、こんなこと考えている場合じゃない、さっさとここから去ろう…ここは王道に沿って)
スッと席を立つ。
「リディア?」
「あー、ちょっとお花摘みに~…」
はにかみ笑みを浮かべるとさっさと退場する。
(あーもう、ランチ少ししか食べられなかったわ)
ぶちぶち文句を言いながらも、その場を逃げるように後にしようとした時、リオが更に抱き着く。
(全くうっとおし――――!)
耳元でリオが囁く。
「姉さま、またね」
「ええ、またね」
思わず返事を返したことにリオの目がキラキラと輝くと姿を消した。
「はぁ~~~」
(お腹がすいたわ…)
ランチを少ししか食べられなかったリディアが午後の授業を終え図書室に向かうためにイザークと並んでトボトボと歩く。
「リディア様、少し寄り道をしませんか?」
「別にいいけど?」
「ならこちらに」
誘導されて歩いた先は図書室の途中にある小さな中庭の池の辺だった。
「お昼の残りを少し包み置きしておきました」
「!」
「よかったらお食べになりますか?」
「ありがとう!流石イザーク♪」
リディアの反応にニッコリと笑うと大きな石にハンカチを広げる。
「ここならば誰にも会う事もないかと…」
聖女施設内の庭園ならば誰かと出会う可能性があるだろう。
だが、施設から図書室に行く通路はそう人が通る場所ではない。
図書室より城側ならば人通りもあるだろうが、図書室は施設側にあり利用する人も少なく更にはこの通路を使って施設に向かう人もあまりいない。なのでこの通路は殆ど誰も通ることなくいつも静寂に包まれていた。
(そうね、ここなら…)
リディアは図書室に毎日のように通っているが、今までこの通路で人と出会った試しがない。
ここならば確かにゆっくり食事もできそうだとイザークに頷く。
広げたハンカチの上にリディアを座らすと、手に持っていた包みを取り出す。
(やっぱり気が利くわ~イザーク)
じーんとイザークの心遣いに感動しながら、その包みに目をやると…
「あ!リディア!」
「ゲッ」
フェリシーがリディアを見つけ駆け寄ってくる。
(なぜここにっっ)
「ど、どうしたの?」
顔を引きつらせながら息を切らせ前に立つフェリシーを見上げる。
「実はね、城の庭園にとても可愛らしいお花が咲いたのでよかったら見においでって、城の兵士から誘われてこれから行くの、よかったらリディアもどう?」
流石天然主人公気質のフェリシー。城の兵も虜にしたかと苦笑いを零す。
「いえ、私は…」
そこでこの庭にまた珍しい客が飛び込んでくる。
「ロレシオ様?!」
フェリシーが目を真ん丸に開ける。
「あ、これは…リディア嬢」
「リディア、ロレシオ様ともお友達なの?!」
「あなたは…聖女候補のお友達でしょうか?」
「お初にお目にかかります、聖女候補のフェリシーと申します」
「丁寧にご挨拶をありがとう」
そんな挨拶を交わす後ろで、幾人かの足音を聞く。
「全くあれがジークヴァルト様の弟とは情けない」
「もっとジークヴァルト殿下の様に堂々と立ち回って頂かねば相手の思うつぼではないか」
「あれでは陛下に期待も目も掛けてはもらえまい、兄殿下の様に立ち振る舞いを覚えるためにも剣術のけいこを増やすべきかもしれないな」
「亡き王妃もこれでは安心して成仏できまい」
その足音がこちらへと近づいていくる。
「あの、すみません、少し匿っていただけませんか」
気まずそうな表情を浮かべたロレシオが足音に焦るように口にする。
「もちろんです!」
正義感に燃えたフェリシーがロレシオの両手を握りしっかり頷く。
「ありがとう」
そのまま庭園の木の陰へと隠れる。
すると足音の主たちが姿を現した。
「これは…、聖女候補生様…」
兵達が軽く首を垂れ口を閉ざし去っていく。
「もう大丈夫ですよ」
フェリシーの言葉に安心して姿を現すロレシオ。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね」
「そんな事ありませんわ!ロレシオ様は素敵です!あんな言葉など気になさらないでください」
「お優しいのですね…」
凄い剣幕で言うフェリシーに少し戸惑いつつもにこりと笑う。
「私は優しくなんかありません、ロレシオ様の方が本当に優しく素敵な方です」
「優しい…、それがいけないのです、私はああ言われて当然の人間なのです、もっと兄上の様に威厳を持たなくては…家臣の信頼を得られないのも当然のこと」
「ロレシオ様はロレシオ様です!優しい所がロレシオ様のいい所、ジークヴァルト殿下のようにならなくともいいんです、ロレシオ様の優しさこそがロレシオ様の武器ですわ」
「フェリシー嬢…、ありがとう」
これは王道の攻略キャラ改心シーンだわと傍観を決め込むリディア。
(早く終わらないかしらこの茶番劇…お腹が空いたわ…)
イザークが手にする包みをちらりと見る。
「リディア嬢も、ありがとう」
「いえ…」
何もしていないのでお礼を言われる必要もないのだが、話を早く切り上げたいリディアは軽く頭を下げる。
「あなたは何も言わないのですね」
「‥‥」
「ロレシオ様、リディアも本当は―――」
ロレシオが手を上げフェリシーの言葉を遮る。
「いいのです、‥‥本当に…あなたこそ優しい人ですね」
「え…?」
リディアとフェリシーが首を傾げロレシオを見る。
「あなたが兄上の選ばれた聖女候補である事が今でも不思議でなりません」
「ロレシオ様?」
フェリシーが言葉の意味が解らずキョトンとする。
「あなたでなければ… ‥‥」
――――ゾクッ
(!)
小さくつぶやいた言葉にイザークがピクリと反応する。
「それでは私はそろそろ行かなくては‥、では失礼」
優雅に去っていくロレシオを見送る。
「どうしてあんなことおっしゃったのかしら?」
「さぁ…」
「それより、リディア」
振り返ったフェリシーの表情をみて顔が引きつる。
(あー、面倒くさいのが始まったか…)
「ロレシオ様の優しさに感謝なさい、さっきはロレシオ様の優しさに救われたのよ、殿下にもそうだけれど殿下やロレシオ様の心の広さに救われているのをもっと自覚した方がいいわ」
「‥‥」
「そうでないといずれ身を滅ぼすわよ?」
(あんたにだけは言われたくねー)
はぁーっと頭を抱える。
「リディアはもっと素直になった方がいいと思うの、でないと皆に嫌われてしまうわよ?それでいいの?」
(ほっといてくれー)
頭の中で抗議する。
こういう相手は意見が違ったり自分が否定されると燃え上がるのをリディアは知っていた。
だから黙ってやり過ごすしかない。
「少しきつい言い方をしてごめんなさい、でもあなたを思って言ってるのよ」
「‥‥」
「今回は私が居たから良かったものの‥、私もあなたをいつもフォローしてあげるわけにもいかないでしょ?傍につきっきりとはいかないもの、だからもっと皆に感謝や慈しみ、優しさをしめさないと、いい?」
頷くまでこっちを見つめるフェリシー。
(とはいえ、頷く気はないけどね)
「約束の時間大丈夫なの?」
「いけない!リディアも一緒に行く?」
「私は遠慮しておくわ」
「解ったわ、じゃ、またね!」
すっかり忘れていた約束を思い出し、フェリシーが慌てて駆けていく。
「大丈夫ですか?」
イザークが心配そうにリディアを見る。
「大丈夫、それよりさっきロレシオは何て言ったの?聞こえたのでしょ?」
あの時ほんの一瞬ロレシオの瞳が変わった。
その瞳にリディアは少しゾクッとした。
(あれがもしかしたら本来のロレシオ…?)
そう思うと気になるというもの。
「はい、それが…”あなたでなければよかったのに“ と、そう仰っていました」
「ふーん…」
(なんか嫌な予感がするわね…)
こんな意味深な言葉。
何かイベントが起こる前の予兆にしか思えない。
そのイベントは何か、必死に思い出そうとするも全く思い出せない。
(あー、もう少しちゃんとストーリー読んでおくんだったわ)
「リディア様?」
頭を少し掻きむしる。
(でもまぁ、死亡イベントなんてなかったわよね…?)
なら大丈夫かとあっさりと思い出すことを諦めることにした相変わらずのリディアだった。
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