第19話
「あぁああぁあぁぁあああ」
何とも悩まし気な声を上げ湯船に浸かっていく。
「はぁああぁあああ~ 気持ちいい~」
10年ぶりの風呂で感動に酔いしれる。
10歳までは両親は生きていたから風呂にも入れたが、義理家族の所に行ってからはバケツの水に布を浸けて体を拭くだけの毎日だった。
あの後、ジークヴァルトの別邸に連れてこられた。
馬車の中でぐっすり眠った私はすっかり回復していたが、起きたらボロボロの体をしたリオが私を抱えて部屋の隅で皆を威嚇していた。
ジークヴァルトとサディアスは、やっと起きたかというような目で私を恨めしそうなな表情で見た。
それから私が回復していることを目視で確認するかのように注視すると「お願いだから、この男を治療させてくれ」と言った。
見ればリオは私を庇ったために血だらけでドロドロだ。背中は見るに堪えない。
そこで大体把握する。
私がぐーすか寝ている間に、リオは私を守るため屋敷の一角で皆を威嚇し続けていたのだという事を。
私はリオという戦力をHP低いままはいただけないという事で、
「あ、あー、リオ、治療はとりあえず受けようか」
私の言葉にいいの?という風に見てから静かに頭を頷かせた。
治療後、まずは血と泥でドロドロの体を綺麗にしてから話をするという事になった。
で、今、10年ぶりの風呂に浸かることが出来たのである。
「体も洗えたし、頭も洗えて、最っ高♪」
ジークヴァルトの召使が私とリオを一応客人として迎えられたため、入浴まで手伝いに入ろうとするのを何とか止めた。
徴を見られては大変だからだ。
なので、体に酷い傷跡があるので見られるのが嫌だと言い、追っ払った。
「いい香ね…」
お湯にはいい香りのする花が浮かんでいる。
このままずっとここで浸かってたいのは山々だが、長く浸かればのぼせるだろうし、心配した召使が中にやってきても面倒だ。
(問題はこの後ね、あの二人の隙を付かなくては‥‥)
「まぁでも大丈夫か…」
雑い設定のお陰で魔法もピカーっと出せた。
てことは、ジークヴァルトとサディアスはちょっと自分の思ってた印象と違うが基本はチョロい筈だという考えで大丈夫だろうと思いに至る。
「さてと、上がろう」
風呂を上がって身体と髪を拭くと、用意された服を手に取った。
傷が見えるのが嫌なのでという理由で首元が隠れる様な服を頼んだ。
「ふふ、服ゲットね♪」
しかも義妹が着るよりも上等な布地。
(この服いくらで売れるかしら?)
途中で服を調達し、さっさと売る算段をしながら着替えるリディアの耳にノック音が聞こえる。
「どうぞ」と答えると、召使達が3人ほどぞろぞろと入ってきて皆、驚いた表情を見せた。
それもその筈だ。
自分でも初めて見たが、体を洗い風呂から上がって見た大きな鏡に映る自分の姿は、確かにやせ細っているものの儚げで美しい聖女のそのものだったからだ。
その後、風魔法で髪を乾かしてもらい、身支度を整えたリディアは戦場へと向かう。
そう、あのドS軍師と俺様王子の元へと。
「女はまだか?」
「入浴は済ませたとの知らせが着ました、もうすぐここに到着する事でしょう」
「早くしてくれ、これでは埒が明かん」
「左様でございますね、いい加減名前ぐらいは教えて頂けないでしょうか?悪いようには決してしないと誓うと言っているでしょう?」
目の前の男を半ば諦めた面持ちで見る。
風呂から出てきた男の変貌ぶりに二人は目を見張った。
シルバーの髪をした深緑の瞳を持った男は小麦の肌をしているが、立ち姿はどこぞの貴族だと言ってもおかしくない。
しかもドロドロで髪もぐしゃぐしゃだったから解らなかったが、なかなかに顔が整っていて肌の色さえ白ければ貴族の女性の人気の的にさえなれそうな容貌だった。
だが、如何せん…
「もう一度聞く、名は何という?」
「‥‥」
「こちらは自己紹介しましたよね?」
「‥‥」
「名は明かしたくないならば、あの女はお前の姉でいいのか?」
「‥‥」
「姉さまと呼んでいたでしょう?それぐらい応えても何も問題はないでしょう?」
「‥‥」
この繰り返しだ。
挙句の果てには、趣味やら好みやらと、全くどこぞのパーティでの貴族女との会話か!というような質問までしてみたが、全く喋らない。
完全に途方に暮れていた所でノックが鳴った。
「やっと来たか‥‥」
「本当に、これでまともに話が出来そうです」
ふぅと疲れた息を吐くと、「入れ」とドアに向かって命令する。
すると静かにドアが開き、まず召使が頭を下げドアを開ききる。
その後に続いて入ってきた女性を見て、この男以上に驚き息を飲むのも忘れて魅入る。
そこに居たのは、淡い金色の長い髪を揺らめかせ歩く、やせ細ってはいるがその肌は透き通るきめ細やかな白い肌、そして青緑の輝きを持った美しい瞳を持つ儚くも可憐な女がそこに居たからだ。
「な…」
「‥‥」
しばし言葉を失う。
「姉さま!!やっぱり姉さまはとってもとーってもっっ綺麗だっっ僕のっ僕だけの姉さまっっ」
さっきまで一言も喋らず無表情だった男が顔を輝かせ女に抱き着く。
リオの動きでやっと我に戻ると、ジークヴァルトとサディアスは一瞬やられたという様な表情を作るも、次の瞬間、楽し気に瞳をギラつかせた。
「はっ…、俺は見誤っていたかもしれん」
「…ええ、私としたことが見抜けていなかったようです、調査をすぐにやり直します」
サディアスがすぐに近くのモノを呼び指令を出す。
「おい、女、まずは名前を聞かせろ」
「‥‥リディアです」
「その続きは?」
「平民の私に性があるわけないでしょう?」
「ああ、入浴前ならそう思ったさ、全く、まんまと騙されたわ!」
ジークヴァルトが近づいてくる。
リオがサッと私を背に隠す。
「こいつは本当に弟か?姫を守る従者か何かか?」
「何を仰っているか、意味が解りません」
「こいつの立ち振る舞い、そしてお前も、その歩き方、立ち方、全て貴族でないと身につかんわ」
「お仕えしていた貴族の方がそういう所も厳しい方でしたので…」
「その話し方もだ、砕けた言葉を使ったかと思ったら上品な言葉遣いをしたりと、貴族に仕えた平民だからかと思ったが、とんだ食わせ者だったな、はっ」
実際は、貴族であった自分と、奴隷扱いされた自分と、前世の記憶が蘇った自分で、ごちゃまぜになっているだけだったのだが、それも相手を騙す戦略の一つと捉えられてしまったようだ。
「この美しい護身用ナイフのここについている紋章、これは盗んだ貴族のモノではなく、あなた自身の紋章では?」
「‥‥」
調査に渡してあったのだろうサディアスがリディアの母の形見の小刀を取り出す。
「弟と称するこの者の動きも普通ではありません」
「おっとそうだ、こいつの名も教えろ、何を言っても喋らんで困ってたのだ」
「‥‥リオ」
警戒するようにリオが睨みつける。
さてどうしようかとリディアは頭を巡らせる。
(私の紋章だという事はすぐに調査でバレるはず…だけど…)
リディアの両親はすでに死んでいる。
リオの家族も存在しない。
となると、義理家族の元に戻すか、それとも…
(魔法を使ったのがイタいよね、やっぱり…)
自分が死んでは意味がないため、仕方なく使った魔法。
あれで魔物を退治できると知った彼らは、この力を利用しようと目論んでもおかしくはない。
「そうか、リオというのか」
「そう警戒しないでください、今は何もしません、それよりもお腹を空かしているのでしょう?食事をしながらゆっくりと話をしようじゃありませんか」
ははーんとリディアが微かに目を細める。
(今は、ね~)
この発言で彼らが私達の力を利用しようという算段がある事を察知する。
家に帰すだけなら『今は』などとは言わない。
(という事は問題は‥‥食事と話が終わった後ね)
一番まずい状況は、食事後リオと離れ離れにされることだ。
あのチートな身体能力。逃げるには今はリオの力が必要だ。
そんな思考を巡らせている鼻に美味しそうな匂いが漂ってくる。
ぐぅぅ―――っ
突っ立つ二人の腹が鳴る。
家を出てからずっと何も食べてないリオと、牛串を一本食べただけで強力な魔法を放った後のリディアは背中とお腹がくっつきそうなぐらいペコペコだった。
「いい音が鳴りましたね~」
ドS軍師がニンマリと腹黒い笑みを作る。
その笑みを警戒しながらも、匂いに釣られ言われるがままに席に着く。
「どうぞ遠慮せずお食べ下さい、おかわりも好きなだけご自由に」
席に着いた目の前に豪華な食事が並ぶ。
リディアは小さくフンっと鼻を鳴らす。
(なるほど、誘導作戦というわけね)
何者かもわからない相手に対して豪華過ぎる。
碌なものを食べていない相手に、この豪華な食事を見れば一瞬で心に隙が生まれる。
(この私に誘導作戦など効かなくてよ!)
前世で数えきれないほどの乙女ゲームをしまくった日々。
こういった戦略を幾度か見たことがあった。
「遠慮するな、毒等入れてはない、安心しろ」
「牛串も一本しか食せなかったでしょうし、お腹が空いたでしょう?」
どうやらサディアスは代金を押し付けられたことを結構根に持っているらしい。嫌味を入れながらも、ニコニコと笑って食事を勧める。
「‥‥」
目の前の食事にどうしようとソワソワしながら私と目の前の豪華な食事を交互に見つめるリオ。
リオにとっては生まれて初めて目にする豪華な食事だ。
しかもお腹もペコペコで何度もリオのお腹が音を鳴らす。
「おやおや、そんなに腹を鳴らして、遠慮せず食べて下さっていいのですよ?命を救って頂いたお礼も兼ねていますから、金銭を摂ろうとかなど考えはしていませんから、どうぞお召し上がりください」
面白そうにニヤニヤ笑いながら私達を見る二人。
「さぁ、食べながらゆっくりお話ししましょう」
リオが縋る様な目で見つめる。
「ありがとうございます、では、遠慮せずいただきます」
にっこりと笑みを作ると、フォークとナイフを優雅に手に取る。
二人の男の口元が引き上がる。
「姉さま…」
いいの?というようにリオが見る中、私はこの中で一番高級だと見切った肉の皿を目の前に引き寄せると一気にがっつく。
「!」
物凄い勢いで高級肉を口に詰め込んでいく儚げで可憐な姿の女リディアに男達が唖然とする。
唖然としていた中リオがハッと表情を変える。
(そか、姉さまはまた僕に教えようとしてくれているんだ!)
それを見ていたリオが真似をするように一番高い高級肉に食らいつく。
「ほひしっっ」
あまりの美味しさにリオが感動して思わず声を上げる。
「あの、この肉お代わり、後10人分ぐらい持ってきて」
「ぼ、僕も!20人分欲しい!」
召使の者たちがワタワタと忙しそうに動き出す。
私達の横にあっという間に空の皿が積み上がっていく。
「くっ、あーっはっはっはっはーっっ」
不意に豪快な笑いが部屋を木霊する。
そんなもの気にせずにリディアは食べすすめる。
「笑い事じゃありません」
「してやられたな、これでは話も出来ん」
「ええ、しかも一番高いものを見事に選んで… なるほど、この私にねぇ」
サディアスもたまらないという様に思わず小さく吹き出すと新しい獲物を捕らえた猫の目の様な愉快な眼つきに変わる。
(これで時間稼ぎはできた…さてどうするか)
利用しようとする相手に変な食事は出さない。
問題は食事中に話が終わってしまう事だった。
話しが終わればリオと離れ離れになる可能性があるのだ。
それは避けたい。
食後すぐだと対策を取りようがない。
という事は食事中話が出来ない状況を作らないといけないという事。
それで取った行動が『がっつく』という選択業だ。
それにこんな豪華な食事にこれから先ありつけないかもしれないし、折角なのだから頂きたい。
それで一気にがっついたわけだが、一番高級だろう肉に絞ったのはリディアもまた牛串の恨みをしっかりと持っていたからだった。
(牛串の借りは返してやったわ!ふっふっふ)
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