第16話

 人混みを外れ、街はずれの大きな木の上に登ると枝に腰掛ける。


「ここなら大丈夫ね」


 人もまばら。

 しかも女がこんな高い木の上に居るとは誰も思わないはず。

 にんまりと笑みを作ると、まだ十分に熱い懐の包みを手に取る。

 そして中から一本手に取リ出すと肉汁がしたたり落ちる。

 ゴクリと唾を飲み込むと同時、かぶりついた。


「くぅーっっ」

(おいしい!)


 言葉に出来ない感動のうまさに震え噛み締める。


(久々の肉!しかも特級なだけに柔らかさも肉の甘さもヤバい!)


 6年ぶりの肉に感動しつつ、あっという間に一本平らげてしまう。

 そしてすぐに新しい一本を手に取る。


(はぁあ、止まらないわ、この肉汁もっパね~わ)


 うっとりと肉を見つめ、そして大きな口を開けると大きな一欠けらを口いっぱいに含んだ。


「はぁ~…美味しい‥‥」

「そうか、うまいか」


ドガッ


「!」


 誰もいないはずの木の下から低い男の声を聞いたかと思ったら木が大きく揺れた。

 そして気づけば体は宙に浮いていて、次の瞬間には大きな男の腕の中にすっぽりと納まっていた。


「人の金で食う肉はうまいか?」

「ええ、普通の肉の3倍の値の特級肉ですしね」


(あっはー、倍どころか3倍だったのねーそりゃ美味しいはずだわ)


 二人の超イケメンが怖い顔して私を睨む。

 しかしこんな高い木の上なのにどうして見つかったのかと考えていると、2号がニヤッと口を引いた。


「上手く隠れたつもりだろうが、匂いは隠せなかったようだな」

「あ…」


 いつものリディアなら気づいただろう事だが、久々の肉、しかもお腹がぺこぺこで肉を食べたい一心に匂いの事をすっかり忘れていた。


「女が木に登って隠れるとはな」

「しかもこんなにも背丈の高い…」


 木を見上げる二人を他所に、必死に頭を巡らすリディア。


(どうにかして、この腕から抜け出さないと…)


 がっしりとした腕が逃がさないというよにリディアを抱き込んでいる。

 この状態だと逃げることが出来ない。


「しかしこの俺に代金押し付けるとはいい度胸をしているな、女」

「本当に、私達に支払わせるとは、残念ながら相手をお間違いになられたようですね」


 ドS軍師の背から黒いオーラがゆらりと立ち昇る。


(ヤバい、めちゃくちゃ怒ってる…このままではまずいですわ)


「え、えーと…」


(油断させないとだめね)


 リディアは持っていた牛肉を差し出す。


「?」

「食べます?」

「ほぉ…」


(うわっ黒いオーラがドバっと出たっっ)


 これはマズいかもと、逃げ道を探るようにキョロキョロ辺りを見渡した時だった。


「ぷっ、‥‥ぐあーっはっはっはっはっは!!」


 自分の頭上から豪快な笑い声が上がり驚き見上げる。

 もう堪らないという様に腹を抱えて笑う2号。


「お前、面白いな!女!この男に睨まれても怯まぬか!!」

「笑い事ではございません、それに興味を引かれないでください、先に言っておきますが連れ帰るとか言わないでくださいませ、面倒ごとはごめんです」

「しかし、くっくっ、この俺達に代金押し付けた上にその肉を食べます?と差し出した女も初めて見たぞ、しかもその形相のお前に…くくっ…」


 まだ笑いが納まらないのか思い出し愉快に笑う。


(そういえば、2号はあれだ、面白いものが大好きな豪快俺様系だったわね…)


 ゲーム内の主役級に近い存在だっただけに印象に残っていた。

 豪快俺様系は結構好きなのだが、このゲームで萌えられなかったのは


(バカ過ぎたのよねー‥‥正確にはバカではないけれど…)


 そう、一応キャラ的には周りはいつも馬鹿にしているが馬鹿なふりをしていただけで実は賢い、近しいモノは面白いもの好きで豪快な彼を慕う人も多い、そして臣下は彼の才能を見抜いていて信を置いているという設定だったはず。

 この設定自体は私も好みだ。

 だが、如何せん…


(聖女のお花畑行動とお花畑言葉にコロっコロあっさり落ちてくんだよなー)


 聖女はリディア自身なのだが。

 もう少しこう溜というか、攻略に難がある方が萌えるというもの。

 あまりにもチョロ過ぎて、こいつ馬鹿か!とリモコンを絨毯に投げつけた記憶が蘇る。


(でも今はチャンスよね、大体何やっても許されるだろうし)


 聖女の形をした悪女リディアが唇の端を引き上げる。

 そして笑い転げる2号の口に牛串を突っ込む。


「ぐっ?!」


(今ね!)


 2号の腕の中から飛び降り、駆け出そうとしたその手首が強く掴まれグイっと引き上げられる。


「なかなかに舐められたものですね」

「っ…」


 宙づり状態になった私の顔に自分の顔を近づけ、ドS軍師が悪魔の笑みを作る。


「女、先ほども言いましたよね、残念ながら相手をお間違いになられたようだと」


 手が剣に掛かりキラリと刃を覗かせる。


(あーこれマジ怒り?でもまぁ、ここはまた2号が笑い出して止める展開パターンかな…)


 緊張感が台無しになるほどに全てがチョロかったはずだ。

 とすれば、こんな展開ならさっさと2号が止めるはず。

 ちらりと、2号を見たが2号は何事もないという様に私の口に入れた牛串を美味しそうにパクパク食べている。


(あれ?止めない??)


「我々に代金押し付けた挙句、我が主へ愚行を働いたこと、あの世で後悔させてあげましょう」


 ドS軍師の瞳がゆらりと揺らぐ。


(これってマズぃっかもっっ)


 剣が光る。


(っ!切られる!)



―――― 刹那。


 私は風を一瞬感じたかと思ったら、誰かの腕の中に居た。

 それはすぐに解る。



「大丈夫?姉さま」



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