第11話

「はぁ…痛い…」


 いつもの様に一頻り殴られて、やっと解放してくれた後、床に落ちた窓拭き用の布を拾いながらため息をついた。

 今日はこれからエリーゼさん達は買い物に出るし、家の人たちは仕事や学校に出ていていない。

 男のお手伝いさんは水を汲みにもう出ている。


(少しだけゆっくりできる‥‥)


 ホッとするように息を吐く。

 そんな僕の背に隙間風が当たる。

 窓を見る。


(姉さまも今頃頑張っているのかな?)


 外でそよぐ風に揺れ動く葉を見ながら、ふとそんな事を思う。

 最近は姉さまも頑張っているから僕も頑張ろうと思うようにしていた。

 あれから昼間はやっぱり姉さまには会ったことがない。


(そういえば、姉さまは何処で働いているんだろう?)


 屋敷の中に姉さまの気配を感じない。

 外で働いているのだろうか?


(朝起きたらいないし、遠くに働きに出ているのかな?)


 そんな事を思いながら窓に近づく。

 窓の外を見上げる。


(姉さまに早く会いたいな…)


 裏庭の木の葉の揺れるのを姉さまを思いながら眺め上げる。

 そんなリオの深緑の目に何かチラッと映る。


(?鳥‥?)


 揺れ動く葉の隙間に何かチラッと見えた。

 だがそれきりで葉が生い茂っていて見えない。

 僕はそれが何だか気になって、屋敷に人の気配がない事を確認してから思い切って窓から裏庭へ出ると木の下へと向かった。

 そしてその木を見上げて驚く。


(姉さま?!)


 姉さまが高い木の枝の上でぐっすりと眠っていたのだ。


(なんでこんなところに?!‥‥あ…)


 すぐに理由を理解する。

 ここなら確かに見つからないと何故だかそうハッキリ思えた。

 あの姉さまとソファの下に隠れた時と同じ感覚。

 その瞬間僕は決意した。


(姉さまと同じ場所にいたい!)


 そして僕は木を登り始めた。

 だけど、思った様に木を登れない。

 何度も尻もちを着いた。

 気持ちがへこたれそうになった時、姉さまが起きた気配を感じた。

 でもやっぱり姉さまは何も言わない。

 ソファの下でしがみ付いた手を見る。

 ギュっと手を握りしめる。


(絶対登る!登って、そして姉さまって呼ぶんだ!)


 「一緒に居たい」と言うんだ!と、心に誓うと、がむしゃらに木に抱き着き何度も落ちても登ることを諦めなかった。




 それからどれぐらい経っただろう?

 必死だったから全く解らない。

 そんな僕の横で何か影が降りて行った。


(! 姉さまっ)


 あっという間に姉さまが何処かへ行ってしまった。

 その後ろ姿を呆然と見つめる。


(僕が、全然登れなかったから呆れられたんだ…)


 そう思うととてもショックだった。

 そんなショックに打ちひしがれている僕の耳に玄関のドアが開く音がした。

(早く戻らないと!)

 僕は急いで家の中へ戻ると窓を拭き始めた。


 その日は木登りもしたせいか、夜はいつもよりボロボロで屋根裏部屋に入ったまでの記憶しかない。

 目を覚ましたらドアの前の床に寝転がっていた。

 姉の姿はもちろんなく、僕は姉に失望されたと思い、絶望で全てが真っ黒に見えた。



 だけど、同じ場所に姉さまの姿を見つけて心も体も一気に高揚した。

 もうその場で思いっきり飛び跳ねたくなった。

 こんなに飛び跳ねたくなるような気持ちも初めてだ。

 姉さまは僕にまだ期待してくれているんだ。

 そう思うと嬉しくて嬉しくて、必死に木にしがみ付いていた。

 もちろんそうじゃない、隠れ場所に一番いい場所というだけなのだが、リオは思いっきり勘違いをした。

 姉さまは今日は起きている。

 でもやっぱり何も言わない。

 やっぱり期待してくれてるんだ!

 まさかリディアのリオリセットが逆に相手を喜ばせていたなどリディアは知る由もがな。

 リオは完全に舞い上がっていた。

 そしてリオのチートな身体能力が全開モードとなったのだ。


 あっという間に木を登るコツを覚えていく。

 そしてどんどんと高い木を登っていき、とうとう姉さまの枝に手が掛かる。


(やった!)


 顔を上げると姉さまの驚いた表情で見開いていた目とバッチリと合った。

 僕は嬉しさの余り自然と声を出していた。


「姉さ――――っ」


刹那。

 姉さまは僕の腕を掴み引き上げたと思ったら、姉さまの腕の中に抱きしめられ、口を塞がれた。

 僕は驚きの余り息をするのも忘れて固まる中、窓を開く音を聞いて理解する。


(姉さま…助けてくれたんだ…)


 その事実に感動し、さらには姉さまの腕に抱かれている、それがどれほどの衝撃的過ぎるほどの感動か、言葉では現しきれない程の歓喜がリオの体を突き抜けていた。

 感動に浸っていると、パッと離され華麗に木から降り、またどこかへあっという間に消えてしまう。


(どうして?)


 木に登れたのに、助けてくれたのに、姉さまはどうしてどこかに行ってしまったのだろうか?とリオは必死に考える。


(そうか!)


 そんなリオの中にある一つの答えを導き出した。


(姉さまは僕に教えてくれてるんだ!)


―――― この世界での生き方を!


(昨日もあの後エリーゼさんが帰ってきた…守ってくれていたんだ!)


いんや、リディアは自分の身を守っていただけだ。


 姉さまは何も言わない。

――リセットしているからね。

 姉さまは僕が何しても許しくれる。

――リセットしているからね。

 姉さまはいつも僕を見ようとしない。

――リセットしているからね。


(それはきっと、僕に姉さまの背を見て自分で習えと言ってくれているんだ!)


 リオは都合よく見事なまでの見当違いな答えを出した。


(姉さま!見てて!僕がんばるから!!)




 そして、リオのカルガモの子供状態が始まったのだ。


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