第3話
「ん…、はぁ、すっかり寝てしまいました」
木の上でうんと伸びをする。
あの思い立った日から、私は相手の目に映らないように逃げまくった。
仕事もせず、ただただ義理家族の目に出来うる限り映らないように隠れ逃げる。
お陰で、ターゲットは私ではなくなった。
用事の時もいない私に業を煮やし、髪や靴磨き諸々の雑用を誰かにやらせなければ用意が出来ないため、本来のお手伝いさん達に頼むようになった。
殴ったり蹴ったり罵ったりという事が殆どできなくなり、うっ憤はエリーゼ含めお手伝いさんや、学校や職場、友達間のどこかでいじめのターゲットを作ったらしい。
「ターゲットになった哀れな子羊よ、自ら生きるすべを得ることを心より祈り申す」
十字架を胸に描きながら「なむー」と唱える。
適当な性格もここでも見事に出ていた。
「さてと、そろそろ頃合いね」
食事の真っただ中に、皆の前に姿を現す。
食事中にちょっかいは出しにくいし、気づくのが遅れたり、殴るのにもすぐに行動に起こしにくいからだ。
とはいえ、慎重に気づかれないように床に転がった固いパンをさっと胸にしまうと、さっさと立ち去る。
「ちょ、待ちなさ―――」
一番懸念してたのは、食料が無くなる事だった。
この固いパンでも今の私にとっては大事な食糧。
仕事もしないで姿も見せなくなった私に、食料を与えなくなることを凄く心配していたのだが、毎日固いパンが床に転がっていた。
ただちょっと前とは少し変わったことがあった。
それは固いパンが床に置かれるのは朝ではなく夕食時になった事。
そしてもう一つ、義理妹の近くに転がっている事だ。
何とか私を捕まえて殴りたいのだろう。
その執着が固いパンを置き続けてくれるのだ。
(義妹よ、その執着をここを去る時まで是非とも貫き通すのよっ)
心の中で願いつつ、ひょひょいと部屋から外へ逃げる。
「ふぅ、今回は上手く逃げ切れたわね」
たまに掴まり殴られ蹴られるが、前よりも数段回数は減った。
お陰で最近は痣もかなり減ってきた。
部屋に持ち帰ると、固いパンを千切りこっそり盗んだミルクに浸す。
「あとは…」
ベットの下に手を当てる。
この部屋唯一の隠せる場所はベットの下だけだ。
そこには色々必需品を隠してある。
ベットの下に手を当てた所で下が騒がしくなり、念のためサッとミルクの皿ごとベットの下に隠し、ろうそくの灯を消しその蝋燭もベットの下に隠す。
そして布団の中に身を隠す。
しばらくすると派手な音とともに何か部屋に投げ込まれ、また派手な音を立てて戸が閉まる。
階段を下りていく音を聞き届けてから、布団から顔を出す。
何が投げ込まれたのかとドアの方を見る。
「!」
そこには黒い影があり、ビクッと身体を震わせたら、その黒い影もビクッと体を震わせた。
とりあえず、このままでは埒が明かないと思い、ベットの下から蝋燭と石を取り出す。
蝋燭に火打石で火をつける。
そして、恐る恐るドアの方を見る。
「ぁ…」
そこにはシルバーの髪と小麦肌のやせ細ったボロボロでこ汚い男の子が蹲っていた。
それを見て思い出す。
(これって、確か攻略男子じゃなかったっけ?)
思い出せない頭でそれに近いイメージを探す。
(確か~あれ?この子ってヤンデレキャラだった気が…)
何となく思い出した中で、一つの結論を出す。
(ヤンデレかぁ‥‥)
「‥‥」
(めんどくさいな…)
この世界で平和に幸せなまくら生活ができるようにすることが今の目的だ。
それにヤンデレは必要なかった。
この乙女ゲームで平和に生きるためには、魔法を使えるようになった時点で「逃亡」か「大団円」。
聖女になるというグッドエンドの結末はどれも似たり寄ったりだったはず。
高額な上に似たような結末にも怒りに震えた思い出が脳裏に蘇る。
それぞれの性格や事情は違えど、民のためにと真面目に聖女の仕事に努め、攻略したキャラにかいがいしく尽くし、そんな主人公を溺愛するパターンのオンパレードだった。
(グッドエンドが金太郎飴ってどうよ!ああ、思い出してもムカつく…けど、それより)
そんな面倒はごめんだ。
聖女の仕事?攻略男子にかいがいしく尽くす?
(んな面倒、絶対嫌だ!私はぐーたら生活を所望す!!)
一般庶民に紛れ込んで、魔法さえ手に入ればそれで簡単に稼げるものを編み出し、後は乙女ゲームは無理でも本と酒は手に入るはず、それでぐーたら生活を手に入れる!
大体、乙女ゲーム内とはいえ、今現時点ではリアル男子なのだ。
リアル男子は前世で懲り懲りだ、面倒でしかないという認識である。できれば熨斗をつけて送り返したい。
てなわけで、今の私の目標はコレだ。
―――― つまみ片手に酒飲みながらまったりぐーたら生活!
(できればポテチをリアル再現し、ビール的なものが手に入ったら最高だけれど…)
あと冷暖房的な魔法をゲットすれば更にGOODだ。
そう、ただただぐーたら平和に暮らしたい。
(あの、前世でのエアコンガンガン、ポテチ喰いつつ片手にビールで乙女ゲームやっているような、なまくらで平和なぐーたら生活を所望す!)
「ぅっぅっ…」
ガタガタ震える攻略男子1号を見る。
「‥‥」
(てことは…)
リディアの中の計算機が高速回転する。
そして、速攻で結論を出した。
―――― フラグを立ててはならない!!
(まずはですよ、まずは一番最高パターンは魔法を使えるようになってから逃亡、ですよねー)
とにもかくにも攻略男子と関わらないで魔法を使える時点で逃亡がベストだ。
主人公に転生しながらもよくある悪役令嬢転生ものと同じ攻略という結論に至っていた。
そんなリディアの口元がにぃーっと上がる。
(何てったって主役様、お花畑思考でもエンドを迎えられる天下の主役様なのですよ!)
悪役令嬢の場合だと、死刑とか嫌な印象から頑張って改善していくという方法をとらなくてはいけない。
だが、リディアが転生したのは腐っても鯛な主役様だ。
この乙女ゲームの場合、死刑もなけりゃ、改善する必要もない。
(ならば逃亡も余裕!)
ふっふっふっと聖女の顔で悪女の不敵な笑みを浮かべる。
もう一度がくがく震え蹲る男の子を見下ろすと、一つ頭を頷かせる。
(ちゅーことで、無視を決め込もう、うん)
さっくり結論に至り、さっさと平常運転に戻るとベットの下から先ほど中断したミルクに入れたパンの皿と、さっき取り出しかけた包みを取り出す。
聖女なら”大丈夫?”と駆け寄る所をまるごとすっ飛ばし、目の前にいる男の子をいないものと決めつけた。
どうみてもやはり転送ミスだよ神さんよぉと言いたくなるほどのゲス思考、ゲス対応である。
窓の近くにある空き箱を引っ繰り返した机の傍に座ると、包みを開く。
そこには燻製の肉達がコロコロと転がる。
義理家族の忘れ去られた髪飾りなどの宝石を盗んで金に換えて買った代物だ。
聖女の欠片もない。やることがとことんゲスなリディアだった。
(私の両親の有り金全部掻っ攫ったのですから、これでも足りないぐらいというものですよ)
悪びれもせず罪悪感の一つも持たずに、獲物を得た喜びを噛み締めるようにふふんと鼻を鳴らす。
そして、さっき中断した固いパンの残りを千切りミルクに浸していくと、先に浸していたパンを手に取り口に含む。
(味はしないけど時間が経っていい感じに柔らかくなっているわね)
その味のしないパンに味を求めて燻製の肉を頬張る。
(安い肉だけに固いけど、やっぱり肉ね、美味しいわ、日持ちするのも利点ね!)
一切れの燻製肉を砲張りつつ、残りのミルクに浸したパンも食べる。
グー――ッ
不意に鳴り響く音に思わず振り向く。
そこにはドアの前で涎を垂らしそうになりながら、こちらを見ている痩せ細った男の子がいた。
”あなたも食べる?”
と、聖女主人公らしいことを言うつもりは毛頭ない。
フラグを立てる気はないのだ。
(いけないいけない、思わず見てしまいました)
頭を横に振る。
(リセ―ット!)
頭の中で時を戻し男の子を消去する。
てことで、何事もなかったようにまた食事を始めるとことんゲスなリディアであった。
食事を終え一切れだけ食べた燻製肉をしまうとベットの下にまた隠す、そして更にベットの下から義理家族から盗んだ本を取り出すと読み出す。
今は少しでも知識が欲しい。
義理家族が興味が無くなった本や教科書を拝借しては読み耽っていた。
その本にクッキーの絵を見つける。そこで、ふと思い出す。
(そういや、超格安の固いクッキーを手に入れていたのを忘れてたわ)
ちょっとまだ物足りないお腹に丁度いいと思い、またもベットの下からクッキーを取り出すと空き箱の机に布を敷きその上にクッキーをガサッっと広げる。
そして徐に一つ手に取るとパリポリと音を鳴らし食べながら、また本に読みふける。
どれぐらい読みふけっただろう。
バリバリ‥‥ッ
不意に咀嚼音が聞こえ思わず本から眼を離すと、あの男の子がクッキーを貪り食っていた。
私と目が合った少年は怯え恐縮する。
「‥‥」
一瞬どうしようかと真っ白になる。
完全男の子を消去していたからだ。
が、リディアは切り替えが早かった。
(リセーット!)
一瞬で男の子を抹消すると、また何事もなかったように本を読み耽り出した。
男の子はその反応にキョトンとし、そしておずおずとさらにもう一枚クッキーを手に取る。
それを食べても無視する私に、無我夢中でクッキーを貪り食った。
本を読み終えた頃には、机のクッキーは一つ残らず無くなっていた。
男の子が怯えたように私を見上げる。
だが、もちろん私の心は決まっていた。
(リセーット!)
ぐーたら生活を実現させるためにも、絶対フラグは立てん!絶対ヤンデレにだけは好かれまい!と尽く無慈悲なリセットを繰り返す見た目は聖女、中身は悪女なリディアがそこにいた。
無視を決め込んだリディアは、何事もなかったように蝋燭を消し全てをベットの下に隠すと、そのまま布団に入る。
薄い布の様な毛布に包まり、寒さをしのぐように体を縮こませ目を瞑る。
(あのクッキーは破格の値段だから大量に買っておこうか…肉はしばらくお預けかな…)
食べられても平気なように計算しながら、うとうととすると、ミシっとベットが揺れた。
(おいおい、マジか?ベットまで来たの?!)
狭いベットだ。
少年の身体が背中に当たる。
屋根裏部屋の隙間風だらけの部屋だ。
寒さに負けたのだろう。
(ぅ、どうしたものか、いや、リセットだ!リセット!)
小さいからだが背中に当たる所がほのかに温かい。
冬の凍てつく寒さにこの温かさは中々に心地いい。
「‥‥」
(猫が潜ってきたようなもんだと思えばいいか…)
言っても少年だ。
フラグも立ててはないはずだと、無視を決め込み眠りについた。
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