第64話 「徹底的にな」

 遺跡の内部へ入る。

中は砂が入り込んでおり、床も殆ど見えない。


 露出している地上一階部分の周りの砂はどけてあるので、この砂は最初から入り込んでいたのだろう。


「一階でこれなら、地下はどうなってるやら」


「砂で埋まってるんじゃないの~?」


「それは無いんじゃないかしら。だって地下に窓なんてないでしょうから」


 地下への入口が砂で埋まってるか、壁が一部壊れて砂が入り込んでいたとしても、地下が全て砂で埋まる事はない、とティータさんは予想してるみたいだ。


「でも…建物の中まで砂の上を歩くのは嫌だなぁ。ジュン、魔法で何とか出来ない?」


「え?」


「アイシス、いくらジュン君が魔帝だからって魔法で何でも出来るわけじゃ…」


「そうですね、やってみます」


「え?出来るの?」


 収納魔法で収納…は後々面倒だし。

風で吹き飛ばす…のは遺跡にも影響が出そうだし、眼に砂が入りそうだ。


「というわけで、この魔法で」


「これは…サンドゴーレムか。なるほど」


「砂でゴーレムを作って自分で歩いて外に出て貰う。合理的ですわね」


 これなら魔法で砂が勝手に集まって外に出る。

砂の一粒に至るまで外に出せる筈だ。


 二メートルくらいのサンドゴーレムを数十体。

これで一階にある全ての砂を外に出せた筈だ。


「さ、これで砂は取り除けた筈ですよ」


「凄い…流石は魔帝…」


「まだ成人前なのに、魔力操作も精密。範囲も途轍もなく広い…」


 宮廷魔導士からも紅天騎士団からも、皆口々にボクを絶賛してくれる。

これぐらいなら他の人も出来ると思うんだけどな。


「こ、これは一体、何事だ!」


「周囲を警戒……エ、エメラルダ殿?」


「ああ、待たせたなストラウド殿。今戻った」


「はい…そ、それより、今、砂が一人でに動き出したのは、エメラルダ殿の魔法で?」


「いいや。私ではない。彼…魔帝の魔法だよ」


「なんと!その少年が魔帝…」


 ファーブルネス帝国の筆頭宮廷魔導士キース・ストラウド…戦場で見た時より老け込んでる気がする。


 帝国から派遣されたのは彼を長として二十人弱。

半数の十名は宮廷魔導士、もう半数は騎士。

三人ほど、学者のような人が居る。


「初めまして、帝国筆頭宮廷魔道士のキース・ストラウドです。今日は宜しくお願いしますぞ、魔帝殿」


「こちらこそ、宜しくお願いします」


「それから…白天騎士団の方々まで御一緒か」


「ええ。例の一騎打ちの際にお会いしましたね」


 あの時、キース・ストラウドはあの場から何とか脱出。

生き残った帝国兵を率いて帝都に帰還したそうだ。


「そして…剣帝殿も御一緒か」


「…はい?」


「…?。アヴェリー殿下は息災ですか?あの方は、その…少し特殊な育ち故に、大変でしょう?」


「え?何の話?」


 あ、目の前の人物が誰か解ってないな、アイシスさん。

いや、帝国の筆頭宮廷魔道士なのは解ってても、日記に書いてた内容を忘れてるな。


 アヴェリー殿下の事はアイシスさん達には話してないし。


「…ストラウド殿。アヴェリー殿下は今、我がグラウバーン家預かりになっています。殿下の側仕えのメイド二人と一緒に」


「何と、そうでしたか。アヴェリー殿下はお変わりありませんか?」


「ええ、まぁ。ララさんとリリさんが居なければ、どうなってたか、わかりませんね」


「ああ…やはり」


 ボクの言葉に、帝国の人の何人かは納得顔だ。

ミゲルさん達が知らなかったように、アヴェリー殿下の事は一部の人しか知らないらしい。

正直、よく隠せてたなと思う。


「それで、魔帝殿。先程の、砂が独りでに動き出したのは一体?」


「ああ、アレはサンドゴーレムを作っただけです。遺跡内にある砂を外に出す為に」


「何と…この広い範囲から?」


「ストラウド殿は確か土属性の魔法が得意なのだろう?同じ事が出来るのではないか?」


「御冗談を、エメラルダ殿。サンドゴーレムを作る事は出来ても、こんな範囲から砂を集めるなんて出来ませんな。しかも範囲を遺跡の形に合わせて指定するなんて器用な真似…人間技とは思えませんな」


 …そうなのか。帝国の筆頭宮廷魔道士が出来ないなら、他の誰にも…いや、エメラルダ様なら出来るんじゃ?


「私もやろうと思えば出来るが…恐ろしく神経を使いそうだ。建物の形に合わせて範囲を指定するなんて、面倒くさくてかなわん」


「…クリムゾン団長もですか?」


「わたくしは土属性の魔法は不得手ですので、出来ませんわ」


「…そう、ですか」


「ですが、火魔法に置き換えて例えるなら…壁と天井は燃やさず床だけを燃やす、になるでしょうか?それならば出来なくはありませんけど、とても疲れそうですわ」


 ううん…そうなのか。何気なくやっちゃったけど、失敗だったかな…


「やはり歳に似合わず優秀ですのね。そう言えば紅天騎士団に入る話は考えて頂けまして?」


「いや、宮廷魔道士になるべきだろう。宮廷魔道士の方が自由が利く。私が推薦してやろう」


「いいえ。ジュン君は白天騎士団が貰います」


「それは無理だろう…ジュン、どうした?」


「え?」


「何か意外だったか?驚いた顔をしていたが」


「ああ、いえ…皆さん、褒めてくれるんだな、とおもいまして」


「うん?当然だろう。褒める所しかないじゃないか」


「いえ…初等学院の時、上級生は年下のボクが魔法の扱いが上手いのは生意気に見えたようで。よく絡まれたもので」


 それが嫌で、あまり目立たないようにしてたし、波風立てないように学院では過ごしていた。

御蔭で暫くは平穏だったけど、飛び級したらまた絡まれた。


「ああ…だからジュンって、自分を誇示したりしないし、歳の割に謙虚なんだ」


「それは悪い事では無いが、君は自分を過小評価しているな。過大評価もいかんが、自分を正当に評価出来るようになりたまえよ」


「そうですわ。どうせ、その絡んで来た者達は大した実力もなく、只の妬みで絡んでいたのでしょう?そういう輩は大人にも居ますが、相手にする必要はありませんわ」


「ネーナに同意するのは癪だけど…その通りよ、ジュン君。何せ君は魔帝だもの。ガイン様御自慢のね」


「…ありがとうございます」


 この場に居る人は嫉妬からボクに絡む人は居ないみたいだ。素直に嬉しい。


「…さて、それでは。これからの計画を話し合いましょう。宜しいかな?」


「ああ、すまないストラウド殿」


「いえいえ。では、あちらの部屋で」


 案内された部屋が、チェザーレさんが言っていた、ストラウド殿達が掃除をした部屋だろう。

そこにあったのは机にクローゼット。そしてベッドと絨毯。

どれも古くてボロボロ。


 窓が無い部屋なので砂が入ってはいなかったようだが、それでも形が残ってるのは奇跡と言えるのかもしれない。


「察するに…寝室か」


「ですわね。家具が一人分しか無いようですけど」


「ええ。どうやら此処は何者かの自宅兼研究所だったようです。他の部屋も軽く調べて見ましたが、何らかの研究の機材などがありました」


「何の研究をしてたのかはわからないと?」


「大半の部屋が砂で埋まってましたので。ですが、今なら調べられるでしょう」


「この部屋は調べ終わったのですか?」


「ええ。怪しい物は何も」


「そうでしょうか?」


「え?」


「ジュン君、何か見つけたの?」


 ラティスさんの問いには答えず、絨毯を捲くって見せる。

そして、床をコンコンと叩いて行く。


「あ…そこだけ音が違う」


「地下へ降りる為の隠し階段ですね」


「これは…申し訳無い。迂闊でした」


「よくわかったね、ジュン」


「ボクも探査魔法は使えますから」


 尤も、この絨毯は探査魔法を阻害する効果があるようだ。

逆に言えば、それは絨毯の下に秘密があるという事。


「なるほど、通りで。地下があるのはわかってるのに、地下へ続く道が見つからない筈です。魔法に頼り過ぎていたようです。お恥ずかしい」


「いや、我々のような人種は魔法に絶対の信頼を置いているものだからな。ストラウド殿だけがそうではない」


「それで、どうします?早速地下に降りますか?」


「いや…先ずは一階部分を調べよう。徹底的にな」


「…ですな。先程、我々が軽く調べたと言いましたが探査魔法で調べただけですからな」


 そうして全員で一階を調べた結果。わかった事は二つ。


 一つ、この自宅兼研究所に住んでいたのは一人だけ。


 二つ、研究内容は食用植物の品種改良。


「以上だが…諸君らの意見は?」


「地下を作る理由がわかりませんわね」


「ですな。表向きは植物の品種改良をしてると見せかけ、地下で別の…人に言えない研究をしていたと考えるのが妥当でしょう」


「うん。私も同意見だ。どうやらアイシスの勘は当たっていたようだぞ」


「…は、はぁ。良かったです…」


 最近得たばかりの【第六感強化】の御蔭なのか。

アイシスさんの勘は冴えているようだ。


「さて…では本命の地下に向かおうではないか」

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