第44話 「確認は必要ですよ?」

「おお!我が自慢の娘よ!よく無事に帰った!」


「え?」


 誰、このおじさん。

貴族っぽいけど、知らない人だ。

隣の女性は奥さんかな?


「(この方はアイシスの父君、ノア・ニルヴァーナ様です)」


「え」


 アイシスさんの…父君?

このおじさんが?…見えないなぁ。


「どうした?まさか父の顔を忘れたか?」


「いえ…只今戻りました、父う…御父様」


「なっ…」「えっ…」


「え?」


 何か間違えた?

アイシスさんのご両親が驚愕に満ちた顔してる…


「ど、どーしたんだアイシス!いつもパパだったじゃないか!御父様なんて呼び方お前に似合わないぞ!」


「あっ、もしかして照れてるのか?周りに同僚が居るからって!いつも通りでいいんだぞ!ほら、ママって呼んで!」


「え、えー…」


 ボクの姿をしたアイシスさんが頭を抱えてる…これはどう判断すればいいんだろう?


「どうしたの?何故本部に入らない…あら?ジュン君?」


「あ、バーラント団長…ご無事…でっ!?」


「ジュン君ー!お久しぶりー!あぁー久しぶりのジュン君!背も伸びて逞しくなったのに美少年のままー!たまらなーい!クンカクンカ!」


「あっ、ちょっと団長!ズルい!」


 バーラント団長がアイシスさん(ボク)に抱きついたのを皮切り。白天騎士団の皆さんが次々と抱きついている。


 自分が抱きつかれる姿を見るのって複雑だなぁ。


「ちょ、待って、変なとこ触らないで!あっ!誰だお尻触ったの!」


 え?お尻触ったの?痴漢でしょ、それ。

いや、この場合は痴女か…それにしても、だ。


「……」


 ノルンが黙ってる。その上、こっち見てる。

いつもならボクがあんな風にされたら怒るんだが。

やっぱり、ノルンはボクとアイシスさんが入れ替わってる事を知ってる?


「…アイシス?」


「あ、はい」


「お前は混ざらないのか?」


「へ?」


「ジュン殿とは仲良くしているんだろう?普段のお前なら誰よりも真っ先に抱きついているだろうに」


「あれほどの美少年なら尚更な。ショタコンのお前じゃなくても抱きつきたくなる。あんな風に」


 …三年近くアイシスさんとして生きて何となく察して来たけど。アイシスさんが年下好きなのは周知の事実らしい。


「…そんな事より。本部に入りませんか、団長」


「そうですよ、お客様を外で立たせておくわけにはいきませんよ」


「え?ええ、そうね」


 ティータさんのフォローもあって、ようやく本部に。

団長と部隊長は陛下に報告に行った。

その間は自由にしてていいと許可が出たのだけど…


「いやぁ〜それにしても!お前の御蔭で我が家は一気に子爵家!上級貴族の仲間入りだ!」


「流石は私の娘だ。鼻が高いぞ」


 アイシスさんの御両親が離してくれない。

アイシスさん(ボク)もダイナさん達に囲まれてるし…どうしたものか……ん?


「失礼します。アイシス様、少し宜しいでしょうか?」


「あ、はい」


「ジュン様が内密にお話したい事があるので、落ち着ける場所に案内して欲しいそうです」


 と、ノルンが二人切りになる切っ掛けをくれた。

やっぱりノルンは知ってるな。


「わかりました、行きましょう…う?」


「アイシス」


「は、はい?」


 アイシスさんの母君が両肩を掴んで真剣な顔で見つめてくる…な、なんでしょう?


「彼はお前に会いに来たと言っていた。つまりお前に惚れてる可能性が高い。だからいいか?いつもみたいにおかしな行動はするな?グラウバーン家ならこれ以上ない結婚相手だ。決して逃がすなよ!」


「……はい」


 どうやらボクはアイシスさんの母君にロックオンされたらしい。ちょっと気が早すぎません?


「それじゃ私達の部屋を使うといいわ。行きましょ、アイシス」


「あっ、何でティータも行くの?」


「ティータだけズルーい。あたしも行くー!」


「仕方無いでしょ、私とアイシスは同室なんだから。少し部屋を片付けたら戻って来るわよ」


 と、いうのは恐らく建前。

本当の所はボクを部屋まで案内しようとしてくれてるのだ。


「此処です、どうぞ」


 ティータさんに案内された部屋は二人部屋。

二人分の家具と机があるだけのシンプルな部屋。


 そこにボクとアイシスさん。

それにティータさんにノルンの四人が居る。

セバスチャンとメリーアンは廊下で待つようにアイシスさんが指示してた。

メリーアンは不満そうにしてたが、察するにあの二人は事情を知らないんだろう。


「何だか変な感じですね」


「だね…自分が目の前に居るって、変な感じ」


「それで…ノルンは知ってるって事でいい?」


「はい…ようやく…ようやく会えました、ジュン様…お久しぶりです…」


 ノルンが涙を浮かべてボクを見る。

ノルンももう十四歳だけど、あまり変わってないなぁ。

背は伸びたけど。


「で、ティータも事情を知ってるって事だよね?」


「ええ、そうよ。全く…貴女のせいでジュンさんが戦争に行く羽目になったのよ?反省してるの?」


「う…それはそうだけど…」


「それはいいんですよ、気にしないでください」


 こう言ったら誤解されそうだから言わないけど、ボクが戦争に行って良かったと思う。

アイシスさんが戦争に行けば活躍出来たのは間違いないと思う。

でも仲間を回復魔法で救う事は出来なかった筈だ。

これは決して自惚れてるわけじゃなく、純然たる事実だ。


「じゃあ、早く元に戻ってください。ノルンは早く本当のジュン様にお会いしたいです」


「あ、うん…じゃ、じゃあノルンは目を瞑ってて。ティータさんも」


「え?どうしてでしょうか?」


「どうしてって…見られながらキスするのは恥ずかしいし」


「は?キス?」


 あ、もしかしてキスが解除条件だって知らなかった?

アイシスさんは眼をそらした。

ノルンは…眼がすわってる。凄い怖い。


「もしかして、アビリティの使用条件がキスなんですか?」


「は、はい…」


「…アイシスさん!あなたという人は!」


「ま、待った!何故私だけ責める?合意の上なら問題無いじゃないか!」


「ノルンが居るのにジュン様が望んであなたとキスするはずないじゃないですか!」


「まぁ…実際無理矢理だったわね。そう言えばその件のお仕置き、戦争が始まったせいて有耶無耶になったままね」


「ティータ!?裏切り者ー!」


「いいから早くしなさい。今回は目を瞑ってあげる。二つの意味で」


 本音を言うと目を瞑るより部屋から出て欲しいけど…仕方無い。


「じゃ、じゃあいきますよ、アイシスさん。一応、アビリティの解除を念じてくださいね」


「う、うん。わかってる…」


 自分の顔にキスするって…何かやだなぁ…嬉しくない。


「…あ、ジュンだ」


「アイシスさん…」


 目を開けると目の前にアイシスさんの顔が。

呆気ないけど、どうやら元に戻る事に成功したようだ。


「えっと…アイシスなのね?」


「うん。戻ったよ。あぁ〜何か調子良い!自分の身体に戻ったからかな!」


 アイシスさんは身体の調子を確かめるようにストレッチをしてる。

ボクも同じように確かめる…うん、問題は無いな。


「ジュン様?ジュン様なんですよね?」


「うん。心配かけてごめんね、ノル、ン!?」


「あー!こらぁ!」


 ノルンにいきなりキスされた…いつかのアイシスさんみたく。何故…?


「ど、どうしたの、ノルン…大胆だね」


「口直しです。あんな淫乱な人とのキスはさぞ不本意だったでしょう?」


「おい、こら。誰が淫乱だ。不本意?ジュンがそんな事思うわけないだろ」


「黙りなさい、ビッチ」


「ビッ!?いい度胸だ、このドジっ子駄メイド!」


「誰が駄メイドですか!やはりあなたとは決着を着ける必要があるみたいですね…御覚悟を、きゃっ」


「良いだろう!瞬殺して、あたっ」


「はい、そこまで」


「此処で暴れないで欲しいわね。私の部屋でもあるんだから」


 ノルンはやっぱり変わってないなあ。

でもアイシスさん相手に喧嘩を挑むのは無謀だ。

ノルンは強いけど流石にアイシスさんには負ける。


「邪魔するなよティータ。あいつは今倒しておかないと、後々面倒な事に…」


「ジュンさんの前で?嫌われるんじゃない?そんな事より…ジュンさん、ステータスはどうなってますか?」


「あ、はい。今、確認を…」


「あっ、駄目!ジュン、今は駄目!」


「はい?」


 アイシスさんが必死に止めてくる…何故?

ちょっと前に見た時は問題は無かったが。

いや、異常事態は相変わらずだったけど。


「何言ってるの?アイシス」


「ステータスがどうなってるのか、確認は必要ですよ?」


「そ、それはそうなんだけど…」


「…あなた、何を隠してるんです?まさかアレ以上にとんでもない事やらかしてるんじゃ…」


「アレ以上?」


 何?何かあるの?あからさまに何か拙い事を隠してるみたいだけど…


「アイシス?ステータスを見たらバレる事なんていつまでも隠し通せるものじゃないわよ?」


「そうです。大人しく白状しなさい。自分から白状したなら、ノルンも少しは手加減出来るかもしれません」


「う、うぅ…」


「失礼。宜しいでしょうか?」


「あ、うん!どーぞ!」


 ノックに反応したアイシスさんはこれ幸いとばかりに応える。

ノックをして入って来たのはセバスチャンだ。


「アイシス様。陛下がお呼びだそうです。ジュン様もご一緒に」


「陛下が?」


「ボクも?」


「はい。陛下は今、バーラント団長達と謁見の最中ですが、ジュン様がアイシス様と会っているとお聞きになり、自分も剣帝と魔帝に会ってみたいとの事で」


 なるほど…なら仕方ないか。

元に戻るっていう最低限の目的は達成してるし。


「なら仕方ないね!陛下をお待たせするわけに行かないし!さぁ行こう!すぐ行こう!今行こう!」


 …やっぱり、凄く怪しい。何を隠しているんだか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る