第12話 敵意の籠った眼差し

 セキレイの学生寮は、騒然となった。

 バンブスガルテンでカレンを襲撃した黒幕はサクラコであると、セキレイの学生達は考えていた。カレンの実績やクラス分けテストの成績に嫉妬したサクラコが、カレンを亡き者にしようとした、と。


 にもかかわらず、ふたたびサクラコはカレンにお茶会の招待状を手渡した。

 それをカレンから聞いた彼女の側近たちも、戸惑いを隠せなかった。

 

 話を聞いたセキレイの学生達は、


「なんと大胆な。いったい、どういうつもりだ!」


「セキレイが、小領地だからと侮っているのでは?」


 口々にそう叫んだ。 


 そんな喧騒をよそに、カレンは学生寮のラウンジの椅子に腰かけた。側に立つアレクサンダー、ウィリアム、フレイア、クランの四人の側近たちは、心配そうに彼女を見ている。


 側近たちが見守るなか、カレンは、サクラコから渡された木製の箱の中の招待状を取り出した。

 招待状を手に取った彼女は、ぱちぱちと瞬きをした。そして頬に手を当て招待状をじっと見詰めている。


 何か違和感があるような、そんなそぶりを見せた。


 しかし、結局、その理由は分からなかったようだ。彼女は考えることをやめ、リボンを解いて招待状を開封した。


「……来週、レネン宮殿でのお茶会に招待したいので、都合の良い日を教えてくださいとありますね」


 決して事務的なものではなく、文章からサクラコの気持ちが伝わってくる招待状だった。そして、カレン達の予定にも配慮した内容になっている。

 カレンは口元を押さえた。そして、じっと何かを考え込んでいる。


「どうされました?」


 側仕のフレイアがカレンに尋ねた。藍色の瞳が心配そうにカレンを見詰めている。


 その声にカレンは、はっと我に返って周囲を見回した。


「い、いえ。何でもありません」


 そう言ってカレンは作り笑いを浮かべた。それを見たフレイアとアレクサンダーは顔を見合わせている。


「それで、今回はどういたしますか?」


 クランが尋ねと、カレンは目を閉じた。何やら思考を整理しているようだった。

 やがて、ゆっくりと目を開いてアレクサンダーとフレイアの方に顔を向けた。


「アレクサンダー、それからフレイア。ふたりはレネン宮殿へ行って、サクラコ様にお断りのお返事をお願い。私の方からも、お詫びのお手紙を書きます」


「「かしこまりました」」


 それからカレンは、クランの方に顔を向ける。


「クラン、今からレネン宮殿へ行って、サクラコ様に面会依頼を」


「かしこまりました」


 その日のうちに、サクラコへの面会依頼に返事があった。

 明日の午後からならば、面会できると。

 

 明日は、休日で授業はお休みである。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 つぎの日、サクラコからのお茶会のお誘いを断るため、アレクサンダーとフレイアはカレンの書いたお詫び状を携えてレネン宮殿を訪れた。


 アレクサンダー達がやって来たと聞いたサクラコは落ち着かない様子。しきりにルナをもふもふしていた。


 そして、サクラコの部屋にアレクサンダーとフレイアが入ってきた。


「お初にお目にかかります。わたくしは、カレン様の側仕でフレイア・ロンドと申します。以後、よろしくお願いいたします」


 まずは、フレイアが一歩前に進み出てカーテシーで挨拶する。


「ようこそ、いらっしゃいました。フレイア、それからアレクサンダーさま。どうぞこちらへ」


 フレイアの挨拶が終わるのを待って、サクラコはふたりに席を勧めた。


 ふたりは、感じの悪い視線をサクラコに向けながら無言で席につく。


「?」


 なぜか、フレイアはサクラコに嫌悪感を抱いているような表情をしている。

 アレクサンダーに至っては、昨日と同じように殺気を込めたような視線を向けていた。

 瞬きして首を傾げるサクラコ。


 ほどなくレベッカが、ふたりの前にお茶とお菓子を差し出した。


 サクラコはにこやかに「どうぞ、召し上がれ」と言って、お菓子を口にして見せる。

 けれども、ふたりは出されたお茶とお菓子に手を付けない。


 サクラコは、その様子に気付き少し俯いた。


 しかし、すぐに笑顔になり、


「お茶会の件でいらしたのでしょう?」


 とふたりに尋ねる。


「はい」


 アレクサンダーが頷いてそう答えた。


「それで、そちらのご都合の方はどうかしら?」


 ふたりを交互に見て尋ねるサクラコ。

 なおも、ふたりは彼女を鋭い視線をサクラコに向けている。


 やがて、フレイアが目を閉じて口を開いた。


「大変申し訳ございませんが、お茶会はまた別の機会にと……」


 それは、お断りの口上だった。


 一瞬、サクラコは静止してふたりを見た。

 断られたこともショックだった。それ以上に、ふたりの視線や表情が気になった。

 やはり、どこか敵意を抱いているような表情をしている。


「……そう。残念ね」


 肩を落として、悲し気に俯くサクラコ。

 慰めるように、彼女の膝の上でまあるくなっていたルナが顔を上げてニィと鳴いた。


「カレン様から、サクラコ様にお詫びのお手紙を預かっております」


 アレクサンダーは、持っていたお詫び状を差し出した。


「ランファ」


 サクラコが目配せすると、ランファはアレクサンダーから手紙を受け取った。

 そして異常がないか確認をしてから、彼女はサクラコにカレンの手紙を差し出した。


 手紙を受け取ったサクラコは、リボンを解いて手紙に目を通す。

 当たり障りのないお断りの返事だった。

 大きくため息を吐いて、アレクサンダー達の方に視線を向ける。


「……ひとつ、うかがってもいいかしら?」


 サクラコは、笑みを浮かべて尋ねた。


「私どもに、お答えできることなら」


 アレクサンダーも笑みを浮かべている。けれどもその漆黒の目は笑っていない。


「アレクサンダー。こちらにお越しになったときから、わたしにそのような殺気を向けておられるのは何故? フレイアもです。初めて会った貴女にまで、そのような敵意の籠った眼差しを向けられる理由が、わたしには分かりません」


 少し驚いたように目を見開いてから、フレイアは視線を逸らした。

 そして「白々しい」と小声で呟く。


 それをサクラコは聞き逃さなかった。


「どういうことかしら?」


 凍り付くような王族スマイルをフレイアとアレクサンダーに向ける。


「それは、サクラコ様がよくご存じなのでは?」


 サクラコを睨みながら、アレクサンダーはそう言った。


 胸に手を当てて笑みを貼り付けたまま、サクラコはこてりと首を傾げる。


「説明して下さる?」

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