第10話 聖女襲撃事件②――カレン視点

 黒装束たちは私とアレクサンダーに痛めつけられたとはいえ、致命傷は受けていないようです。

 剣や魔法による攻撃に備えて、防具を身に着けていたからでしょうか。

 この暗がりでは判りません。


 彼らは、よろよろと立ち上がりました。


 それを見て剣を脇構えにしたアレクサンダーは、彼らの動きをじっと見ています。


 すると、ふたりの黒装束が、つぎつぎとアレクサンダーの足下に魔力弾を撃ち始めました。

 土や小石、落ち葉などが舞い上がりアレクサンダーに降りかかっています。


 アレクサンダーがそれらを避けて前に踏み込む姿勢をとったときでした。五人は、一斉に私に向かって突撃してきました。


 こちらに向かってくる彼らの身体が、風船のように膨れ上がっていきます。


「カレン様っ、防御壁を!」


 慌てて駆け寄ろうとしたアレクサンダーの叫び声がしました。


 私は咄嗟に防御壁を展開しました。


 ボン、ボン、ボボッ、ボンッ。


 自爆攻撃!?


 黒装束たちが、次々と破裂していきます。私たちの目の前で、色々なモノを飛び散らせています。

 それは、まるで火属性の魔力弾が爆ぜるような光景でした。


 落下物が防御壁に当たり、ゴツ、ガン、カンと様々な音を立てています。

 そして防御壁に降り注いだ深紅の液体が、目の前を流れ落ちていきました。


 黒装束達の自爆攻撃により、私は魔力と体力を大きく消耗していました。なんとか周囲を見回して安全を確認すると、防御壁を解除してその場にぺたんと座り込んでしまいました。


「カレン様っ」


 ウィリアムたちが、心配そうに私に駆け寄りました。


「……ありがとう。大丈夫です。それよりも、皆、お怪我はありませんか?」


 私は顔を上げて三人を順に見ていきます。三人とも怪我はないようです。


 アレクサンダーは?


 目を大きく見開いて振り返りました。


 すると、私たちから少し離れたところにアレクサンダーがいました。

 あの攻撃の余波を受けて吹き飛ばされたのか、回避できたのかはここからでは判りません。

 けれども、肩を抑えてうずくまっています。


「アレクサンダー!? いやっ、アレクサンダー!」


 私は慌てて立ち上がり、彼の方へ駆け寄りました。


「ぐっ、……痛っ。か、かすり傷です」


 と彼は言いますが、肩からたくさん血を流しているではありませんか!


「診せて」


 すぐさま傷の具合を確かめました。


 何かの破片のようなモノが、彼の肩に深く刺さっています。黒装束の者が身に着けていた道具の破片でしょうか。彼らが破裂したさいに、飛んできたモノかもしれません。


「うぐっ……」


 私はアレクサンダーの肩に刺さっているモノを取り除きました。そして肩の傷口に洗浄魔法をかけ、つぎに治癒魔法をかけて傷を癒し始めました。


「だ、駄目です。カレン様! それ以上は、魔力暴走してしまいます」


 彼は痛みに顔を歪めながら、止めようとしています。もちろん、私は止める気なんてありません。


「平気よ。まだ、いけるんだから……」


 額に脂汗を滲ませながら、治癒魔法をかけ続けて治療しました。


 彼の身体には、他にも切り傷など小さな傷もありました。

 けれども、この傷だけは塞がなくてはなりません。


 ようやく血が止まり傷が塞がったことを確認した私は、ほっと胸をなでおろしました。安心したからでしょうか。身体の力が抜けて、糸の切れた操り人形のようになってしまいました。


「えへへへ、良かった。アレクサンダー……」


 アレクサンダーに身を委ねるように寄りかかり、笑みを浮かべて彼の顔を見ていました。


 バンブスガルテンでの襲撃をやり過ごした私たちは、どうにか無事に学生寮に戻ることができました。


 全員、肉体的にも精神的にも疲労困憊です。私もフレイアとクランに支えられながら、なんとか歩くことができました。アレクサンダーに至っては、ボロボロです。

 疲労困憊している私たちの姿を見て、ロビーにいた学生たちが駆け寄ってきました。


「カレン様、そのお姿は一体どうされたのですか!?」


 皆、口々に心配そうな表情で尋ねてきます。


「サクラコ様のお誘いで、お茶会に参加した筈なのですけれどね。サクラコ様がお見えになるどころか、黒ずくめの者達に襲撃されました」


 私の代わりにフレイアが答えてくれました。これでも彼女は怒りを抑え、努めて冷静に話したつもりなのでしょう。

 それでもその様子から、彼女の感情は皆に伝わってしまったようです。


「御自らお茶会のお誘いを出しておきながら、お見えにならなかったのですか!?」


「まさか、サクラコ様がカレン様を害そうとなされたのでは!?」


「カレン様の実績や成績に嫉妬して、襲撃を企てたのではありませんか?」


 皆、目を剝いて、サクラコ様を非難するような言葉を口にしています。


「滅多なことを言ってはなりません。サクラコ様が、刺客を差し向けたという証拠はないのですよ」


 椅子に座った私は、顔を上げて周囲にいる学生たちを見回しながらそう言い聞かせました。このような憶測が広まりヘンなかたちでサクラコ様の耳に入ると、どのようなお咎めがあるか分かりません。

 サクラコ様が襲撃の黒幕だとすると、ご自身の名前を使って私たちを誘い出したくらいです。何か裏があるのかもしれません。下手に騒ぎ立てた挙句、逆にこちらが「王族を侮辱した」などと陥れられる可能性もあります。


「今日、起きたことは、とくに他領の学生たちには口外しないように。いいですね」


 と皆に念を押しました。皆は納得していないような表情をして私の方を見ながら、黙って頷いていました。


 今の私には、サクラコ様を信じる材料も疑う材料も足りません。ただし、警戒は必要でしょう。

 そのうえで襲撃が誰の手によるものなのか、調べてみる必要があります。けれども今日は疲れました。明日、フレイアに指示しておきましょう。



 ところが、なぜか「セキレイの聖女カレンは、サクラコの嫉妬を買い襲撃された」との噂が、王立学院の学生を中心に広がってしまったのでした。

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