第3話 選択した世界

 オレと爺さんは拝殿の中に入り、その奥へと進んでいく。


 拝殿の奥には、祭壇が設けられていた。

 その祭壇には、円い鏡のようなものが三つ置かれている。


 その鏡のようなものには、お城、川、湖、街、行き交う人々、祈る人々、そして戦争……、知らない世界の光景が映し出されていた。


 爺さんは杖を立てて祭壇の前にどっかりと座ると、見上げるようにしてオレの方に視線を向けた。


「ほっほっほ。ここに人が訪れるのは、一三〇年ぶりぢゃ」


 ……。


 一三〇年!?

 何言ってんだ? この爺さん。


 ありえない数字にオレが眉をひそめていると、爺さんは微笑みを浮かべながら杖の先で床を突いてカツンと鳴らした。


「いつまでそうしておる。ほれ」


 杖の先でオレの足下を指して、座るよう促した。

 オレは爺さんに促されるまま、その場に胡坐をかいて座った。


「ワシは一〇八年、お主のようなニンゲンが来るのを待っておった」


 ……待て。


 さっき、一三〇年て言わなかったか?

 アレか? 認知症なのか?


「かぁーっつ!」


「うおっ!?」


 オレは驚いて、思わず後に仰け反った。

 爺さんが長く垂れ下がった眉毛の奥から眼をむいて、オレを睨んでいる。


「な、何だよ? ビックリすんじゃねーか」


「お主、今、ワシがボケておると思っていたであろう?」


 !?

 な、なんで分かった?

 もしかして、顔に出てたか?


「お主のようなヤツが考えていることなど、ワシにはまるっとお見通しぢゃ! アホめ」


 な、なんだよ!? この爺さん。超能力者なのか?

 はっ、やはり仙人?


「フン。超能力者? 仙人? お主には、ワシがそのような矮小な存在に見えるのか。コチラのニンゲンの眼というのは、まさに節穴ぢゃな。……一二五年前にやって来たニンゲンも、確かそんなコトを言っておった」


 ……今度は、一二五年になりやがった。


「つまらんコトを気にする男ぢゃのう。だから、好いた女子にフラれるんぢゃ」


「はっ!? それは関係ないだろ! ってか、何で爺さんが知ってるんだよ?」


 オレが食って掛かるようにそう言うと、爺さんは年寄らしからぬ勢いですくっと立ち上がり、祭壇の方へと歩き出した。


 ……シカトされたっ!?


 そして祭壇に置いてある三つの鏡を、ひとつひとつオレの前に並べていく。


「さて。すべてを捨てて何もかも失い、この神社に辿り着いた『持たざる者』、受験番号02021番よ。ワシは、今宵、お主を素敵&スペクタクルなテーマパークに招待しよう‼」


 両腕を広げ高く上げて天を仰ぎ、声高らかに爺さんはそう言った。


 ……アヤシすぎるだろ。ってか、「持たざる者」って何だよ? そして、何でオレの受験番号まで知ってんだよ!? さらに、傷口を抉りやがって……。


 「左からノベリストンアロウ、アポリス、ライレアと呼ばれておる。お主が行きたい異世界を選ぶのぢゃ」


 杖の先でひとつひとつ鏡を指しながら、最後に信じ難い言葉を放った。


「は? 異世界?」


「そうぢゃ。異世界ぢゃ。フォフォフォ、行ってみたいであろう?」


 オレが知っている異世界への行き方といえば、たいてい「転生」である。

 よくあるのが交通事故とかで、いっぺん死んで異世界で生を受けるパターン。


 じょ、冗談じゃない。

 何で、こんなところで死ななきゃならんのだ!


 オレは、サーッと青ざめた。

 まさか、ここでオカシな爺に殺されるのではないか。

 爺さんだと思って油断した。


 そう考えて、少し身構えた。

 全力で抵抗するつもりだ。三年間の司法試験の勉強ですっかり身体は鈍ってしまったが、爺さんにやられる程じゃない。返り討ちにしてやる。


 オレは、斜に構え軽くファイティング・ポーズをとっていた。


「む? 何か勘違いしておるようぢゃが、転生ではないぞ」


「じゃ、どうやって異世界へ行くんだよ?」


 ファイティングポーズをとりながらオレがそう言うと、爺さんは祭壇のさらに奥に見える扉を杖の先で指した。


「ほれ。あそこに扉があるぢゃろ? あの扉から異世界へと『渡る』のぢゃ」


 ……なんだソレ?

 なんだか、それはそれで微妙に風情に欠けるな。


 ファイティングポーズを解いて、ホッと胸をなでおろした。そして一気に脱力した。

 とりあえず、ここであの爺さんと生死をかけた戦闘するような事態は起きないらしい。


「それで、どの世界へ行きたいのぢゃ? 早う選べ」


「ちょ、ちょっと待て。その前に聞きたいことがある」


「うん?」


「異世界に行けるというのは、オレもやぶさかじゃあない。が、こっちの世界へ帰って来ることはできるのか?」


 最重要ポイントだろう。

 異世界へ行ったはいいが、戻ってこれないというのは困る。

 別にオレは、いまの世界に絶望もしていない。司法試験に落ちて、さくらにもフラれはしたが、こちらの世界の生活も気に入っている。


「フム。向こうの世界で天寿を全うしたり死んだりすれば、こちらの世界に帰って来ることになる。他の場合もあるがの」


 ……どうやら、こちらの世界に戻ることはできるらしい。


「そう、硬くならんでも良い。アレぢゃ、SLRPGみたいなモンぢゃよ。やり直しも可能ぢゃ」


 こんな爺さんがSLRPGを知っているのも驚きだが、やり直しだと?


「もうひとつ聞きたい。こちらの世界に戻って来たはいいが、『浦島太郎』になったりはしないのか?」


 ここも重要なポイントだ。

 なんとか戻って来ても、こっちの世界の時間も進んでいて、この神社を出たらオレは爺さんになっているとか……。そういうのは、どうかご勘弁願いたい。


「そこは、心配いらん。ほれ、今何時ぢゃ?」


「ん? ああ」


 オレはポシェットからスマホを取り出して、時間を確認してみた。


「……二〇時二一分だな」


「今、異世界に渡り、向こうで天寿を全うしても、同じ時間に戻ってくることができるぞい」


 ほう。それならば問題ないか……。


「ほれ、ほれ。早う選べ」


 爺さんにせかされて、とりあえずオレは鏡のひとつを指さした。


「んじゃ、ここにする」


 右の鏡だ。確か、ライレアとか言ったか?


「ふーむ。残念ぢゃが、そこはダメぢゃ。先約が入っておる」


 ……。先約? しょうがねぇな。


 二択になった。


「……なら、こっちで」


 こんどは、中央の鏡を指さした。


「うーむ。そこは、今、諸事情により閉鎖しておる。すまんのう」


「おい。爺さん。これ、最初から選択肢なんてねーじゃねーか!」


 結局、オレは左の鏡に映る異世界へと渡ることになった。



 ――ノベリストンアロウ

 創世神エイベルムによって創造された「ディヴェルト」(世界)のひとつ。

 そこは、魔物、魔獣、魔王の類は存在しない剣と魔法の異世界。



 そんな世界でオレは、たくさんの出会いと別れを繰り返すことになる。

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