scene.46 フェリシアは目を開ける
手紙の返事がなくなり20日が経った。
20日……こんな事は今までで初めてです。
「どうかいたしましたかフェリシア」
「お母様…いえ……今日もお手紙はない……のですね」
通路をせかせかと走る姿を見られてしまった……
はしたないことを……
「そうですね……ですが、半年前に戻っただけのことではありませんか。気にする程の事ではありません。それよりも、所作は普段から気をつけなさい」
「申し訳ございません、お母様」
半年前に戻っただけの事……そう、そうですね。
手紙の返事などそもそも来たことがなかったじゃないですか。昔に戻っただけ、オーランド様は昔に………
いいえ、そんなはずはない。
あの日、あの夜、王城のバルコニーで踊ったダンスを、優しく笑ったオーランド様を、私を気遣ってくださったオーランド様を、私は覚えている。
碌に踊れもしないダンスを恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、それでも私の為に頑張って踊ってくれたあの顔を、私に掛けてくださった言葉を、私は一度たりとも忘れたりはしていない。
人が変わる切っ掛けなんて些細なものだといいますし、ましてや男子は3日会わざれば刮目して見よとまで言われるくらいなのでしょう?オーランド様が昔のような自分を善しとするとは到底思えない。
毎日書く手紙、
毎日届く手紙、
それらを読めばそんな事は誰でもわかる。
彼は間違いなく変わった。
私が王都を離れた後はシャーロット王女の相談役として1人で相手をするようにもなったと。
学園に入学するまでまだまだ時間があるにも関わらず、冒険者ギルドに登録したと。
たった2ヶ月で<腰(ルンバーリ)>にまでランクをあげたと、私はまだ冒険者ギルドへの登録をしていないからわからないけれど、お父様は『異常な速さ』だと仰っていました。冒険者ギルドは国から独立した機関でありグリフィア家だからといって手心を加えてランクを上げるような事はしない。どれほどの魔物を倒せばこれほどの速度でランクアップが認められるのか、どれほどの危険に身を置けばこのようなことが可能なのか甚だ疑問だ、血反吐を吐くような環境に身を置かなければ9歳の子供が2ヶ月で下級冒険者の最上位にあがれるわけがない、流石はドレイク様のお子だと驚かれておられました。
それにもかかわらず、オーランド様はそれを誇るでも自慢するでもなくただの報告の1つとしてさらりと手紙に書かれておりました。
『そういえば先日<腰>にランクがあがったので、次はダンジョンに向けて頑張るつもりです。それよりも、最近変わった子供が――』
どのような苦労をしているか、日々どのようなことに不満を感じているか、どれだけ頑張ったのか、彼の手紙には一度たりともそのような事は書かれていなかった。お父様から冒険者ランクの話を聞いて何度か質問をしたことがある。大丈夫なのか、無理はしていないか、怪我はしていないか、
『どうという事はございません。仮に私が無理をしていたとしても、この努力は将来必ずや私とフェリシア様が王女殿下を支える為の礎になるのです。心配は無用です。どうか私の事など考えず、フェリシア様は御自身の道を邁進してください』
心配は要らない。心配をかけたくない。
裏を返せばそれは……どのような環境に身を置いているのか、それを言えば私が心配してしまうという事なのですか?
そんな彼が昔に戻った?
いいえ、お母様。
それは有り得ない事です。
近々ダンジョン攻略に着手すると最後の手紙には書かれていた。下級ダンジョン<ディカイ>にパーティーメンバーと2人で挑戦すると。
『心配は要りません。私1人でも攻略が出来るほど簡単なダンジョンです、面白いものがドロップしたらフェリシア様にお送り致しますね。ダンジョン攻略の準備等で忙しくなるため、5日程手紙を書く時間がとれなくなるかもしれないことを先に謝罪しておきます。我が婚約者、敬愛なるフェリシアへ―』
ダンジョンの準備がどういったものかは存じませんが、あの手紙を受け取ってから20日が経った
いえ、そんなはずはない。
そんなはずが無いとわかっている。
1人でも攻略が出来ると書いてあった。
嘘ではないはずです。
でも本当に?ダンジョンに入った事は無いとも書かれておりましたが、では何故1人でも大丈夫だと?
小さな矛盾は大きな棘となって私の胸に突き刺さる
心配は無用……
心配をしないでと前置きまでして書いたのは何故?
本当は?本当はどうなの?
手紙を書けないほどの怪我をしたの?
いいえいいえ、それならグリフィアから早馬が来る。
お父様の下へ連絡が来るはず……
だからそんなはずは無い。
では何が?
わからない……調べるには王都は遠い……
誰か……教えてくれないでしょうか……
「……私は……何を腑抜けたことを」
わからないなら自分から行けばいい。
1人でも王都に行けばいい。
直接会いに行けば良い、ただそれだけの事じゃない。
1人で不安になっていて何の意味があるというのか。
私は戦う事が好きではない。野蛮だと思わないし嫌いというほどでもない。
ただ、自分が剣を持ち魔術を使い魔物と対峙する事を考えた時、恐怖で身が竦む
お兄様もお姉様も私を仕方が無いやつだと苦笑していたけど、こればかりはどうしようもない。
だけど、ようやくわかった。
私にもリンドヴルムの血が流れている。
龍殺しの英雄の血が流れている。
頭の中で何かがカチリと音を立てて切り替わった気がする
魔物が何だというのか、戦いがなんだというのか、今そんなものはどうでもいい
オーランド様が心配なら1人でも会いに行けばいいだけだった
私が私の婚約者に会いに行くのにお母様や他の者の顔色を窺う必要なんてない。
一体今まで何が怖かったのか、
何処に恐れる要素があるというのか、
まるでわからなくなった
「さて、行きますか」
頭の中で何かが切り替わってからは一瞬だった
お父様の言葉もお母様の言葉も、道中にいるであろう賊や魔物もだから何だというのかという気持ちになった。勉強やお稽古など後で帳尻を合わせればいい。心配事を抱えたまま気もそぞろに居る方がどうかしていた。
王都まで寝ずに行けば早馬で4日というところでしょう
「お待ちくださいオーランド様……今、フェリシアが向かいます」
フェリシア=リンドヴルムは家族の制止を振り切って豪速で屋敷から飛び出した。
その後ろから慌てて準備をした護衛や使用人が必死の形相で追いかけていた。
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