scene.34 ダンジョン攻略する前に



「よーし!頑張ったなリリィ!」


「えへへ」


 リリィが俺の専属側仕えになってから3ヵ月ほどが経った日

 彼女は遂に<腰(ルンバーリ)>へとランクアップした。


 まだまだ俺もリリィも下級冒険者ではあるが、下級冒険者の中で最上ランクである<腰>になれば一番簡単なダンジョンに入ることが出来るようになる。長かった……いや、俺はとっくに行ける様になっていたんだけど、本当に長かった……


「おめでとうございますわリリィ」


「ありがとうマリア!」


 俺がリリィを褒めるのと一緒になって賛辞を送っている女子がいる。

 もちろん、マリア=カラドリアだ。


 マリアはあれ以来うちに入り浸っている。

鎧(プリドウェン)も短剣(マルミアドワーズ)もあげないと言っているにも関わらず、再びお母様に貢物を開始し、何をしにきてるのか知らないがグリフィア邸に入り浸り、どうせ護衛でついて来てるからという言うことでマデリンもタダで貸してくれることになった。

 タダより高いものは無いと聞いたことがあるので何か裏があるのは間違いないのだが、あの日マリアと俺でした取引通り、あれ以来マリアは一度たりとも鎧と短剣のことを話さなくなった。欲しいとも、譲れとも、見せてとも、本当に何も言わなくなった。質問しても『もうそんなものどうでもいいじゃないですの』とスイスイとかわされるようになったが……稽古の邪魔は一切しなくなったので、まあいいかなと思って放置している。

 


「ま、これで次はダンジョン攻略に切り替えていけるな」


「うん!こんなに早く<腰(ルンバーリ)>にランクアップするなんて思わなかったです!ありがとうございますオーリー!」


 リリィの教育は少しずつ進んでいき、今では言葉遣いもちょこっとずつマシになってきた。

元気溌剌なのは相変わらずだし、まだまだ礼儀作法には難ありだが問題ないだろう。どうせ側仕えとしての仕事なんてさせてないし、これからもさせるつもりもない。他の貴族連中にバレたらシャーロット達が言っていたように馬鹿にされるだろうが、俺は自分の事は自分でやる。椅子だって自分で引くし扉も自分で開く、着替えも風呂も1人で出来る。前世ではそれが普通だったし、いつか1人暮らしをしたときに不要な癖がついているなんてのは避けたいからな。



「頑張ったのはリリィだから俺に礼をする必要はない。それよりもどうすっか…さっそく行ってみようと思うが……うーん……そうだな、数日やるからリリィもダンジョンや魔物の情報を自分で集めてみろ」


「う、うん」


 リリィは俺の言葉を即座に肯定するようになったが、これはありがたいようで非常に困る。

 どうみてもよくわからないという顔で頷かれても不安しか残らないからな……この癖は矯正しよう…


「理由はわかるか?」


「わからないけど、オーリーがそう言うならしたほうがいいはずです!」


「そうなるのがダメなんだよ…」


「おほほほほ!」


 いつもいつも会話の最中に合いの手を入れるように笑っているマリアだが、マリアは俺の言葉の意味がわかってそうだな。頭の回転速いからなー…こいつ…


「んじゃマリアが説明してやれ」


 意外な事にマリアはリリィとも仲がいいし、2人で話す事も増えた。

マデリンと一緒にリリィの面倒を見ている姿は見ていて微笑ましいが、ゲームのマリアを知っている俺からすると酷い違和感だ……側仕えに優しく接している姿に違和感しかない。側仕えどころか殆ど全ての人間を路傍の石ころ程度にしか見ていないヒロインだったはずが…


「ええ、ええ!いいですのリリィ?オーリーはあなたに言う事を聞くだけのお人形になって欲しいわけじゃなくてよ?リリィもよく考えて返事をしなくてはなりませんわ」


「でも、オーリーは賢いです」


「それはそうですけど……では、ダンジョンの中でオーリーが間違った事をしてしまったらどうするのです?」


「それはダンジョンが悪いと思います!」


「おほほほほ!そうね!その通りですわー!」


「アホかッ!!!代わりに説明すんのかと思って聞いてたら何言ってんだ!教育は真面目にやれ!」

 

 マリアとリリィは楽しそうに笑い出した。

 こいつらはダメかもしれん…


「じょ、冗談じゃないですの…もうオーリーったら……ゴホン。いいですこと?リリィ」


「う、うん」


「オーリーだって間違える事はありますの。それが普通の生活であれダンジョンの中であれ、間違えることはありますのよ?」


「そうなの?あっいや……そうなのですか?」


「あるある、今現在もこの状況が間違ってるような気がしてるしな」


「おほほほ!」


 なにわろとんねん……と言う思いを込めてマリアを睨んだ。


「そんなに見詰められたら照れてしまいますわオーリー……コホン………つ、つまりですね、リリィがダンジョンについての知識を持っていなければ、オーリー1人の知識に頼る事になりますの。それはとても危険なことですの」


「なんで?ですか?」


「それはそうでしょう?1人しか知らない情報なら、たとえそれが間違っていても他の誰もそれを間違いだと指摘できないではないですか」


「うーん?」


 代わりに説明してくれているマリアには悪いが、説明交代だな。


「あー例えばな、マデリンが魔物だとしよう」


「マデリンが魔物……うん」


「そんで、俺はマデリンのことを人間だと思っている。もし何も知らずに俺がマデリンに近付いていったらどうする?」


「挨拶をします」


「偉いぞリリィってちがああああう!!想像力を膨らませろ!!」


 挨拶が出来るのは偉いがそうじゃない。


「う、うん!」


「じゃあほらマリア、俺とお前がパーティーだったとして、んでダンジョンに潜ったとしよう」


「素敵ですわ!」


 うるさい!


「そんで、マリアはマデリンが魔物だと知っている。俺は普通の人だと思っている。そんな俺がマデリンに近付いたら、マリアならどうする?」


「当然止めますわね。オーリーが無防備に魔物に近付くようなことは許しませんわ」


「うむ。流石はマリアだ、話の意図をよくわかっている」


「おほほほほ!」


「今の話の場合、マリアはダンジョンや魔物についてよく知っている人間で、俺は何も知らない人間だな。知識や情報ってのは独占する事に価値がある場合や、共有する事に意味があるものの二種類があるんだが……いや……難しいか。とにかく、リリィは俺が間違えた時にしっかりと指摘が出来るように俺と同等か、俺以上の知識を身につけてもらわないと困るんだ。でないと俺が間違えてうっかり死んだり、リリィがうっかり死んじゃうことだってありえるんだからな?」


「オ、オーリーより?」

 

 顔が青ざめている。

 まだ勉強を始めて3ヵ月だもんな。そうだよな、覚える事多すぎて大変だよな

 そこにきて更にダンジョンや魔物のことまで覚えるなんて頭が破裂しちゃうよな……


「そうだ、そうしなければ2人で最強になることは不可能だ」


 だが、強くなる為の勉強ができないならリリィはそこまでだ。


「わかった!オーリーよりもダンジョンの勉強をします!」


 ま、そんな心配がいらないって事くらい知っている。

 赤い瞳に闘志を滾らせている姿をみればリリィの本気度がよくわかるからな。

 強くなる為だといえば糞に塗れることすら厭わない女が勉強をサボるわけがない


「心配しなくても初級ダンジョン………そうだな、とりあえず<ディカイ>についての勉強ならそれほど大変じゃないだろう」


「<オシュネー>にも向かいますの?」


「そこはリリィの進行度次第だが、どうせいずれは全てのダンジョンを制覇するから何も問題はない」


「でぃかいって所の勉強をすればいいの?」


「そうだ、初心者用ダンジョン、下級ダンジョンって呼ばれてるところが<ディカイ>と<オシュネー>だが、最初は<ディカイ>の勉強だけでいい。いいか?焦って勉強をする必要はないからな?付け焼刃の知識は逆に危険になる、どうせダンジョンなんて周回しまくるんだからちょっとずつ覚えればいい。」


「う、うん」


「まずリリィが覚えるのは基本的なことだけでいい。宝箱や罠の種類、出現する魔物の種類、こんなもんでいい。その他のダンジョンの歩き方は実地訓練で覚えるのが一番だ」


 俺だってゲームで何十周、何百周と攻略したが、現実世界のダンジョンは初めてなんだ……

 大丈夫、いけるはずだ。何も問題はないのはわかっているが、油断だけはしないつもりだ。



 そしてそのためにも俺は、リリィが勉強をしている間に魔物との戦闘経験を少しでも積む必要がある………なんせまだこの世界で魔物と戦ったことがないからな



 だが、大丈夫。大丈夫だ。あのリリィですら王都周辺にいる魔物は簡単に倒せたと言っていた。リリィと手合わせをしても俺の勝率は100%だ。つまり俺だってどうとでもなるはずだ。そのために今まで魔術の修錬とグレゴリーとマデリンを相手に剣術を磨いてきたんだ。スライム1匹を倒すためだけにここまで鍛え上げたんだ、きっといけるはずだ。


 しかし、そう考える心とは別に戦闘童貞というのは早く捨てなくてはならない。

 無駄な緊張のせいでダンジョン内で要らぬ怪我をするなど絶対に避けたいからな。



「リリィはわかりましたけれど、オーリーはその間なにをするのかしら?今まで通りこちらで鍛錬かしら?」


 なんて考えていると首を傾げたマリアが質問を投げかけてきた。


 なんて聡い奴だ……

 なんて言おう……まだ魔物を倒した事がないって言うの恥ずかしいんだが…

 屋敷で稽古するといえば騙せるが、明日ここに来たときに俺が居なければマリアはキレるだろう、めんどくせぇ!


「俺はそうだな……まあなんだ、ちょっと王都郊外にでもいこうかなと思ってるよ」


「わかりましたわ!何時に行くのか決めますわよ!」


「なんで一緒に行くことになってんだよ!」


 だから言いたくなかったんだよ。


「おほほほ!邪魔はいたしませんわ!」


 まだ何をするとも言ってないのに……なんでこいつはこんなに自信満々なんだ…いる事だけで邪魔になるとか考えないんだろうか?最近は居るだけでは邪魔にはならんが……


「まあ……好きにすればいいが、何時に行くかは決めてないし決めるつもりもない」



 日が昇る前に1人でいこーっと


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