第8話 勇者、惑う

 ついに、難攻不落の扉を越えて魔王が待つ部屋へとやってきた!

 

「ここまで長かった。ううっ、馬鹿馬鹿しいトラップを乗り越えて、ようやくここまで来たんだなぁ」

 何故か感慨深いものが込み上げてくる。

 そこへ、魔王らしき存在が語りかけてきた。



「敵の前だというのに、随分と隙だらけじゃないか、勇者」

「っ!? 魔王か?」


「ああ、そうだよ。僕が西の大陸を支配する魔王だ……」

 静寂に満たされる場に響き渡る足音。

 足音は影を伴い近づいてくる。

 その影の姿が俺の瞳に映った時、俺は間の抜けた声を上げた。


「あれ? なんで、部下が?」

「ふふ、部下とは仮の姿。本当の僕は、この城の主である魔王なんだよ」

「なに!?」

「驚いたようだね。さて、問答は今までに十分行った。いまさら語ることなんてないだろう……………さぁ、殺し合おう!!」



 部下は靄の中から剣を取り出し、俺に切りかかってきた!

 慌てて剣を抜き、彼の刃に応える。

「クッ! 部下、いったい何のつもりだ!?」

「何のつもり何も、僕は魔王。君は勇者。殺し合うのが必然だろ」

「馬鹿を言うな。お前が魔王なわけが……あ、わかったぞ。これも何かのトラップだな?」

「あははは、もう扉は開いているんだよ。だから、ここに勇者がいるんじゃないか。これはトラップじゃない。現実……現実の殺し合いなのさ!」


 再び、部下が剣を振るう。

 俺は彼の剣を弾き、大きく後方へ飛んだ。


「くそ、何が起こっている? 部下が魔王? そんなはず……だって、魔王は、魔王は、あのチミッ子魔王だろうが!!」

「チミッ子? ああ、あの人形のことか」

「人形?」

「そうさ、君をからかうために産み出された人形。アレは偽の魔王ってわけ」

「チミッ子が、人形? そ、そんなわけあるはずがっ」

「あるよ。だいたい、その人形を切り捨てた君じゃないか。勇者」

「え?」



 部下が剣先を俺の背後に向けた。

 俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、胴が真っ二つに切断され、床に内臓をぶちまけたチミッ子魔王が倒れていた。


「チミッ子!?」

「何を驚いているんだい? 勇者が殺したのに?」

「俺が? そんな、そんな覚えはっ!?」

「ふふ、勇者に覚えはなくとも、君の手に持っている剣は覚えているみたいだよ」

「え?」


 剣の刃先へ、ジワリと瞳を動かす。

 やいばはぬらりとした真っ赤な血を纏っている。


「この血は……チミッ子の?」

「アハハハハハ、そうだよ! 君が殺したんだ」

「違う、そんなわけがない! 俺がこんなっ?」

「どうしてそんなに取り乱すんだい? いいじゃないか。人間と魔族は殺し合う仲。当然の結末。さぁ、僕と勇者の関係にも決着をつけようよ!」



 部下が殺意の籠る刃を俺にぶつけてくる。

 俺は刃を叩き伏せて、代わりに彼の首元を剣で薙ごうとした。

 だがっ。


「クソッ」

「あれ、どうして剣を止めるの? そのまま切り伏せれば、僕の首は胴と離れていたのに」

 そう言って、部下は首元で止まった剣を強く握りしめ、自身の首へ深く当てていく。

「ほら、あとは勇者が剣を横に引くだけで、僕は死ぬ」

「やめろ……」


 部下はさらに深く剣を首に当てる。彼の首から血が滲み出てくる。


「さぁ、どうしたの、勇者? 君の目的は魔王との対決。そして、殺害じゃなかったの?」

「やめろ、やめろ、やめろっ」

「ほらほらほら、見て。勇者の剣が僕の首を深く深く抉っていくよ~」

「やめろ、やめろっ、やめろぉぉぉぉぉぉーー!」



 城に木霊する叫び声。

 一瞬、意識が遠のき、次に眩い光が目に染みた。

 そして、あいつらの声が聞こえてくる。


「あ~あ、途中で目を覚めちゃった」

「うむ、またもや勇者の負けじゃな」


「え?」

 俺は荒ぶる息を交えながら何度かまばたきをして、ちらつく光を追い出す。

 目が光になじんだところで、自分が横たわっていることに気づいた。

 俺は半身を起こして、辺りを見回す。

 すると、俺のすぐそばに部下とチミッ子魔王が立っていた。


「はぁはぁ、あれ? 一体、なにが、どうして?」

「あれ、記憶が飛んでる?」

「いや、夢と現実がごっちゃなっとるんじゃろ」

「夢?」


 そう、チミッ子魔王に問いかけると、彼女は傍に置いてある香炉を指差した。

「お主はその悪夢の香炉というトラップに挑戦したのじゃ。悪夢に打ち勝つことができたら、トラップ解除だったんじゃが。その様子だと無理じゃったようじゃな」

「夢? あれが全部、夢?」


 俺は香炉に顔を向ける。

 全てこの香炉による夢だと言われても、いまだ現実感がない。

 半ば惚ける俺に対して、部下が俺を案じる声を上げた。



「大丈夫~? この香炉って相当強烈だったみたいだね~」

「本当に、あれは夢だった……?」

「そだよ~。この香炉は勇者が一番恐れていることを夢にする香炉なんだ。その様子だとよっぽど怖い夢だったんだね」

「俺が、恐れる、夢?」

「う~ん、このトラップはちょっときつすぎたかな。今日はもう、早めに休んだ方がよさそうだね。靄が出るから、町でゆっくり休むといいよ」


 靄が現れ、俺を包み始める。

 その靄に包まれながら、俺は自分が最も恐れる夢について考えていた。


(あの夢が俺にとっての恐怖なら……俺はこの二人と戦うことを恐れているのか? どうして? 俺は勇者。魔王を退治するために、ここまで訪れたというのに…………)

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