第6話 勇者、恐れる
――魔王城
いつものように大広間にやってきた。
だが、空気が少し冷たい。
「また、気温が下がってるな。この城の気温調節はどうなってんだ?」
しばらく歩くと、部下がこたつに入って待っていた。
「よ、勇者。朗報だよ」
「朗報?」
「前回の女魔導士は勇者にコテンパンにのされて、魔法が使えなくなったって。魔法を使おうとすると勇者のことを思い出して体がすくむんだってさ」
「フン、ざまぁ……っと、いけないいけない。やりすぎてしまったみたいだな。悪いことをしたなぁ~」
「それと、北の勇者だけど。あいつもめっきり自信を無くして別人みたいにおとなしくなったってさ」
「ほぉ」
「でも、それだと可哀想だからさ、北のさらに北にある、強力な魔物が住む無人島に送りつけといてやったよ。戦う内に自信を取り戻せるといいね」
「え? なんでそんな世話を? いや、それ以前に、下手したら自信を取り戻すどころか死ぬんじゃ?」
「ソレハシカタナイヨ。ボクノコトヲ、クサレマゾクトカイウカラ……」
急に感情を消して片言になった。
言われてみれば、北の勇者は部下のことを腐れ魔族と表現していたな……根に持っていたのか。
部下はいつもの飄々とした態度に戻り、こたつに入るよう催促してくる。
「まぁ、そんなことは置いといて、寒いでしょ? こたつにどうぞ」
「また、こたつか。前と同じトラップじゃないだろうな?」
と、言いつつ、ぺろりとこたつの布団を上げる。
すると、向かい側から声が響いてきた。
「これ、寒いじゃろ。早く、閉じるのじゃ!」
「その声は、チミッ子魔王か」
「チミッ子言うな!」
チミッ子魔王は寝転がったまま左手で持った煎餅を振り上げ、俺に文句を返してきた。
「はぁ、またお前がいるのか。これだと扉を開ける意味がないというのに……」
「まぁまぁ、勇者。今日は人が多い方がいいから。ほら、猫もいるよ」
部下がそういうと、猫がこたつから出てきて、にゃ~と俺に座るように促す。
俺はそれに従い、こたつに入る。
猫は膝の上で丸くなり、眠り始めた。
「一体、なんなんだ。今回のトラップは?」
「今日はね、撮りためてた番組を三時間ほど一緒に見てくれたら扉が開く、というトラップ」
「それ、トラップって言うのか? そもそも番組とは?」
「そこにあるガラス板を見てちょうだい」
「ん?」
ちょうど、俺の真正面に当たるところに大きなガラス板があった。
何だろうと首をひねると、チミッ子魔王が左手に持った煎餅をパリンと食べながら説明をしてくる。
「もぐもぐ、こいつはテレビというやつじゃ。いろんな映像を映し出せる道具じゃな」
「へぇ、変わった道具。こんなものを魔族は持ってんだ?」
「もっとらんぞ。部下が別の世界から持ってきたのじゃ」
「は?」
「こやつは空間が操れて、色んな世界を行き来できるからの。そこから色んな面白そうな道具を持って帰ってくるのじゃ」
「それって、とんでもなく凄いことなんじゃ……それで、この映像を映し出す道具で何を?」
「ワシもよくわからんがみんなで見たいものがあると。部下、勇者も来たし、さっさと再生するのじゃ」
「わかりましたよ~、魔王様。では、ぽちっと」
部下はボタンがいっぱいついた黒い棒を取り出し、その中の一つのボタンを押した。
すると、てれびなるものに明かりが
その映像とは、水着を着た女性……。
「部下、エッチな映像なら一人で見た方がいいと思うぞ」
「こんな動画を一緒に見ようという部下がいるとは、魔王として情けないのじゃ」
「二人とも違うよ、黙って見てて」
――テレビ番組のナレーション
水着の女性が三人、砂浜で仲良くボール遊びをしている。
だが、傍においてあるバッグの影を見ていただきたい。
――おわかりいただけただろうか?
では、もう一度。
画面、右端。バッグの影。
そこには、あるはずのない目玉が恨めしそうに女性たちを見つめているではないか……。
――大広間
俺は部下に顔を向け、チミッ子魔王は起き上がりドンとこたつを叩く。
「まさか、これって……」
「怖い話ではないか!」
「ふふふ、心霊特集だよ。こういうのはみんなで見た方が盛り上がると思って。はい、お菓子と飲み物をたくさん用意したから、二人とも最後まで付き合ってね」
――三時間後……。
ありとあらゆる恐怖映像を見せられた。
トラップは解除され、魔王の部屋へと続く扉が開く……もっとも、魔王は俺の隣にいるが。
そのチミッ子魔王は番組の途中で俺の隣にべったりくっつき、猫を抱きしめていた。
俺も断る理由はないので黙ってそれを受け入れた……。
俺は開いた扉へ視線を向ける。
扉の先には、形があるはずのない闇が蠢いている。
蠢きは何故か、人の姿を形作る。
もちろん、気のせいだとわかっているが……無言でこたつに座り続ける俺へ、部下が話しかけてくる。
「どうしたの、勇者? 念願の扉が開いたんだよ。進まないの?」
「そ~だなぁ。進んでも魔王が居なければ、意味がないし……魔王が先に行かないと」
「な、なんじゃとっ!? それはあんまりじゃろ! むしろ、先に勇者が行け! ワシはその後から演出込みで現れてやるからの!」
「いやいや、それなら俺が演出込みで」
「いやいやいやいや、ワシこそ演出込みで」
俺と魔王は問答を続ける。そこに部下が口を挟む。
「もしかして、怖いの?」
「怖い? ははは、何を馬鹿なことをっ」
「あははは、そうなのじゃ。怖いの意味が分からんのじゃ」
「別にどうでもいいけどさ。そうだ、二人で一緒に行ってみては?」
「二人か……まぁ、別に何とも思っていないけど、それなら」
「そうじゃのぅ。どうせ、奥で戦うわけだし、途中まで一緒でも問題は、っ!?」
――カァ~! カァ~!
突然、カラスの鳴く声が城の外から響いてきた。
俺と魔王はびくりと体を跳ね上げ、声を止める。
すると、またもや部下が余計な言葉を淡々と差し入れる。
「あれ、おかしいな? もう、夜だというのに、どうしてカラスが鳴くんだろう…………?」
「おい、言い方!」
「それ、やめるのじゃ!」
「もう、二人とも怖がりだなぁ。それじゃあ、どうする勇者?」
「……トラップを解除すると扉が開くと分かっただけでも収穫だった。というわけで、今日は退こう」
「そう? それじゃ、バイバイ」
「ああ、またな……………………あれ、靄は?」
「え? トラップが解けてるから靄は現れないよ」
「な、なんだと? それじゃ、今から俺は一人で町まで…………う~ん、これは困ったなぁ。夜も深く、足元が危険だなぁ。どこか泊まれるところはないか?」
ちらりと、魔王に視線を向ける。魔王は……。
「そうじゃのぅ。部屋を用意するから、今日は泊っていけ。その代わり、勇者の監視が必要じゃなぁ。ワシが朝まで監視しておこう」
「アハハハ、別に戦う気はないが、見張られるのは仕方がない」
「話は決まりじゃな。猫も一緒に行こう」
俺と魔王は立ち上がり、魔王は猫をしっかりと抱きしめている。
そして、魔王に案内される形で部屋に向かおうとしたが、背後から部下が声を掛けてきた。
「あの、お二人とも」
「なんだっ? もう余計なことを言うな」
「そうじゃ、今回はこれでおしまいじゃ!」
「いや、そうじゃなくて、トイレに行きたいから、一緒に付き合ってくれないかな? その……一人じゃ、ちょっと……」
「お前も怖いのかよ!」
「お主も怖いのか!」
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