43:デス・トリブラス戦、前日

 あれから三週間後。私が思っていたより上級冒険者たちのケガは早く治ってくれた。

 いつも冒険者ギルドに到着すると討伐前の作戦立てをするのだが、今日からはそこに上級冒険者も加わっている。


「今日から一週間は、戦闘の感覚を取り戻してもらう期間とする。一週間後の今日、デス・トリブラスに挑む」

「一週間と短い期間だが、冒険者の中でも優秀な人たちだ。感覚を取り戻すのも早いと考えている」

「この一週間でデス・トリブラスに備えるように」


 三兄弟が冒険者へ順に言葉を述べていくと、返事をすることに慣れていない冒険者たちは、私たちにつられたのか小さく返事をした。


「えぇ、もう死にたくないのに」

「それは分かっている。もちろんこの一週間で作戦を立てていく」

「げっ」


 冒険者の誰かが小声で言ったことが、リッカルドには丸聞こえだったらしい。


「今日は初日だ。いきなり上級ダンジョンに行くのは危険だろう。初級や中級にした方がいい」


 気をつかってディスモンドは提案するが、「それじゃあ換金額が足りない」と冒険者は文句を言う。


「それを話してなかったな。俺たち騎士団は毎月給与があるから、モンスターを討伐しても換金額の一割しかもらっていない。残りはギルドに寄付して、君たちの治療費や食事代にしてもらっていた」


 言われてみれば、というような顔をする冒険者たち。

 ケガをしても、普通は自分たちで布などを買って手当てをする。それだけの大ケガとなると莫大ばくだいな治療費になるだろうが、どこから出ていると思っていたのだろうか。


「つまりだな、今日からも一割は騎士団が、九割は冒険者たちで平等分配してくれ」

「え~平等分配か~」

「デス・トリブラスを倒すまでの一週間だけだ。それまでの辛抱だ」


 もしここにいる冒険者たちが初級や中級の人ならば、平等分配と知ったとたんに討伐をサボるだろう。だが、私は知っている。上級冒険者はみんな、戦うことに一種のプライドを持っている。


「……もし『サボる』というようなことがあれば、多額の報酬が見込めるデス・トリブラス戦に連れて行かないことにする」


 リッカルドの重く低い声で告げられ、冒険者たちの顔が引き締まった。

 そんなことを言わなくても、しっかり戦ってくれると思うけど。


 冒険者たちが騎士団の洗礼を受けているようで、私は心の中で少しだけ笑っていた。






 デス・トリブラス戦前日。三兄弟の見立てどおり、冒険者たちは凄まじい速度で元の戦闘感覚を取り戻した。

 討伐が終わり、食堂を一時間だけ貸し切って、明日に向けての作戦会議をする。


 増援初日から上級ダンジョンの討伐のリーダーをした、ディスモンドを中心に行われている。


「今日はデス・トリブラスの潜伏場所の手前まで行ったな。そこまではここにいる騎士の三分の一と上級冒険者だけで行けたが、前回の討伐のときはどうだったか?」


 ここでサム兄が発言する。上級冒険者の中では一番うまい弓使いだからであろう。


「正直、この前は手前まで来るのにも苦労しました。モンスターが多く、無駄に体力を減らされました」

「今日はどうだったか?」

「今日は人数が倍になったので、体力は温存できました」


 父以外にサム兄が敬語を使っているのを見たことがなかったので、違和感を覚えつつ話を聞いていく。


「それなら安心だ。明日はその倍だから、しっかり体力を温存してデス・トリブラスに挑めるな」


 ということは、明日は増援の騎士全員と、上級冒険者全員でやっていくっていうことだよね。


 私はスッと手を挙げた。


「どうした、クリスタル」

「明日は、今日まで初級と中級のダンジョンに行っていた騎士も、デス・トリブラス戦に行くということですよね。明日のその二つのダンジョンは誰が討伐するんですか」


 我ながらなかなかよいところを突けたと思った。……が。


「そこは大丈夫だ。我々がこの一カ月で根気よく討伐した結果、モンスターがもともとの強さに戻っているらしい。明日からは冒険者たちに引き渡しても大丈夫だろう」


 ディスモンドには、私の思考の先を行かれていた。何か悔しい。


「デス・トリブラス戦のことだけではなく、そういうことも考える必要がある。なかなかいい質問だったな」


 遠回しにディスモンドから褒められたついでに兄や姉をちらりと見ると、三人とも同じように目を見張っている。

 そう、怖がらずにちゃんと自分の意見を言えるようになったよ。


「我々の話に戻るが、明日の隊形は変更なしでいいか?」


 私も含めたみんながうなずき合う。ディスモンドが全員の顔をなめるように見ていくが、何か言いたそうな顔をしている人はいなさそうだ。


「分かった、変更なしでいく。デス・トリブラスまでは、前衛は剣使いで後衛は弓使いだ。奇襲対策で、我々騎士団の遊撃隊で後衛の弓使いを囲って守るようにする」


 この隊形は、初日に私たちが実戦で使っていたものをもとに編み出したものである。そのあとに細かいところを修正したものを、明日実践する予定だ。


「デス・トリブラス戦は、近距離攻撃ができないから、まずは弓使いが攻撃する。弱点を突いてひるんだスキに、剣使いが一斉攻撃だ」


 ちなみに、私は無駄に体力があるので、弓でも双剣でも攻撃することになっている。


「今夜はみんな武器の手入れをしっかりしてから、十分に休むこと。騎士は初めてデス・トリブラスと対峙たいじすることになるが、怖気づくな。一回戦った冒険者たちを信じること」

「「「「はいっ!」」」 


 ディスモンドが私たち団員に鼓舞すると、腹からはっきり出された返事がそろう。

 今度は顔を冒険者たちに向ける。


「明日は冒険者と俺で引っ張ることになる。このように俺たちは初めてデス・トリブラスと戦う。だから、一回戦ったことのある冒険者たちを頼りにしている。君たちの動きを見て団員に指示をすることになるから、よろしく頼む」

「了解しました」


 敬語で返すサム兄に私はいちいち反応してしまう。


 作戦会議が終わると、私はまた別行動をとった。冒険者時代に慣らしをしていた庭に赴く。


 巻藁まきわらに向けて一発、弓を放った。ねらい通りのところに矢は刺さった。

 よかった。ここでもちゃんとコントロールできてる。


 そこでふと視線をギルドの建物の方に移すと、こちらを見る人影が三つ。


「ねぇ、あれクリスタルじゃない!?」


 その声を聞いたとたん、私の皮膚という皮膚全体に鳥肌が立った。

 夕日で逆光になっているため顔までは見えないが、あのシルエット……。


「ジェシカ……?」


 あの声を忘れるわけがない。


「あれが、クリスタルなのか」


 ディエゴの声だ。


「うまいといううわさは本当だったんだな」


 その声はイアンだ。

 ディエゴとイアンはぼそぼそとしゃべっているが、私の地獄耳が鮮明に言葉を捉えてしまっている。


 全身から血の気が引くのが分かる。


 あぁ、ここに一カ月通ったけど、私はまだ克服できてなかったんだ。

 逃げたい。逃げたい。


 私は無造作に道具をつかむと、恐怖のままに走りだした。気づいたときには騎士団寮の前にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る