30:初めての長剣、騎士としての自覚
長剣と双剣を買ってもらったあと、私はそのままサヴァルモンテ亭に帰った。最初はオズワルドが弓と道具を持つと言ったものの、明日はこれで寮に行かなければならないからと断った。
とはいえ、サヴァルモンテ亭の前まで送ってくれた。
「ただ今帰りました」
「おかえり、クリスタル……って、なんだ、その武器に包まれた体は」
エラの絶妙な表現に、お客さんたちがこちらを振り向いてきた。
腰には双剣を差し、背中には長剣を背負い、手には弓とその道具を持っているという姿である。
「私、双剣使いになることにしました」
「えっ、弓はどうするんだ!?」
「弓も続けながら、ですよ」
「ていうことは、弓使いでもあり双剣使いでもあるってことか?」
「はい、まぁ双剣を使うには普通の剣の技術も必要らしいので、正確には弓使いでもあり剣士でもあり双剣使いでもある、ということですね」
水道の水を出したまま固まっているエラ。私が気づいて「エラさん、水、水!」と声をかけると、エラは我に返って水を止める。
「それはどういう経緯で……?」
聞かれるとは思っていたが、仕事中のことでありオズワルドのスパイ行為中のときなので、どこまで言ってよいのか分からないが、言えるところまで言ってみる。
「おととい王都を私服警備してるときに、子供さらいの男たちがいて、一緒のところを
「お、オズワルドって、騎士団長の騎士団長の三男だよな!?」
「そうです、そのオズワルドさんです。そのときの私の素早さとか、そのときに貸してくれた短剣の使い方がよかったらしくて、『双剣使いの才能あるよ!』って言ってくださったんです」
お客さんからどよめきが起こる。やっぱりそんなにすごいことなのかな?
「ホントか! すごいなクリスタル!」
「両立できるか不安ではありますが……」
「それなら練習はもっと大変になるだろう。ここの手伝いはいいから、騎士の方に集中しな」
思っていたとおり、エラは騎士の仕事に専念しろと言ってくれた。
「そうしてもらえるとありがたいのですが、忙しい時間にエラさん一人で大丈夫ですか」
「なに、そもそもあたしはクリスタルが騎士になったときから、手伝いはいいって言ってたはずだ。気にするな」
改めて、私はいい人に助けてもらったと実感した。恩人という言葉では表現しきれないくらいの恩人だ。
「ここで働けばここに来るお客さんを救える。騎士として働けばウォーフレムの民を救える。あたしが言いたいのはそういうことだ」
エラの言葉が胸に突き刺さった、と思ったらゆっくりと溶けて染み渡っていった。
私は前者に助けてもらった。でも、私がここにたどり着くことがなければ、助からずに野垂れ死んでいたかもしれない。私はそれを後者に変える人なんだと自覚した。
「分かりました、ありがとうございます。ですが、お仕事が休みのときは手伝いに入りますので」
「無理すんなよー、クリスタルちゃん」
「もちろん」
お客さんから心配されてしまったが、無理をするつもりはない。
私は荷物を置きにいったあと、エラが作った料理をお客さんに運び始めた。
一週間後、素振りがまともにできるようになってきたため、実際に物を斬る練習に入ることができた。
今日は弓の訓練が終わって騎士たちは寮に戻っているが、私だけオズワルドと延長稽古である。
「訓練時間外なのにありがとうございます」
「いいよいいよ〜。言い出しっぺは僕だから〜」
長剣を右手に握った私の目の前に、
「まずは細いのからね〜。じゃあお手本見せるね」
オズワルドは腰からすっと剣を抜くと、剣でつんつんと筒に触れる。
「ここから、んーだいたいこれくらいの角度かな」
オズワルドが切っ先で、斬る方向を示す。斜め四十五度くらいである。
「これが難しいんだけど、力いっぱいにかけると切れないし、弱すぎても切れないんだ〜。やってみるね」
目つきが初対面のときのように変わった。剣が筒と垂直になるように構え、剣が動いたと思ったときには、
スパンッ!
藁の筒が上下に分割されていた。切られた上部が吹っ飛んでポスッと地面に落ちる。
「だいたい宣言どおりだね。これは練習して力加減を覚えなきゃいけないけど。クリスタルちゃんやってみる?」
もちろんやらない選択肢はない。
教わっていた構えをすると「うん、構えは大丈夫」と言ってくれたので安心。
筒を指さして、斬るところを指示してもらった。
「あとはクリスタルちゃん、素振りだと思ってやってみて〜」
私はその言葉でようやく分かった。「ただ剣を振るんじゃなくて、どこをどれくらいの角度や力加減で斬るかを想像して。いつもだよ〜」と言っていた理由を。
力加減はやってみないと分からないので、今は最初の二つだけでいいとは言われたが。
「やります」
剣を振り上げ、素振りよりは少し力をこめて剣を振り下ろした。
剣は藁の筒に刺さってしまった。
「あっ……」
「へへっ、最初から斬れる人なんてそうそういないからね〜」
「む、難しいです……」
「僕もそうだったよ〜。だから心配しないで」
その言葉だけで救われるような思いだった。記憶にはないが聞いた話によると、父は始めたてなのに成功を求める人らしい。
兄たちや姉は、始めたてのころからいくつもの成功を重ねていたのだろう。しかし、私はそうではなかった。
私の実力は、父のもとを離れてから開花した。
「今クリスタルちゃんは、剣は見習いと同じだからね〜。見習いを卒業できるまでは僕がちゃんと見るからね〜」
「はい、よろしくお願いします」
「いい返事!」
リッカルドもオズワルドも後輩騎士に慕われるタイプだと感じた。
リッカルドはアメとムチを使いこなし、アドバイスは的確な短い言葉で伝えている。オズワルドは褒めて伸ばすのがうまく、アドバイスは
今私は、完全にオズワルドのおだてに乗せられていた。しかし、それに気づいても嫌な気分にならないのもオズワルドのおかげであった。彼が素直だからである。
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