19:不穏な予感、リッカルドからの手紙

「おーい、クリスタル! 起きろ、クリスタル」


 あれ、もう起きる時間? モーニングコールにしてはちょっと雑というか……。


「クリスタル起きろ、騎士団から手紙がきてるぞ」

「えぇっ!?」


『騎士団』という言葉に飛び起きる。いつも起きる時間より二十分くらい早く起こされたようだ。まぁ、いっか。

 エラから封筒を受け取り、テーブルに置いてあるペーパーナイフで開封した。


「ホントに騎士団からなんですね。……リッカルド?」

「リッカルド!?」

「あ、やっぱり知ってるんですね」

「そりゃ知ってるよ! 騎士団長の次男で弓使いだ。まさか知らないとでも言うのか――」

「名前は聞いたことがあったんですが、顔までは昨日まで知らなかったんです」


 ここでやっと昨日練習場であったことをエラに話した。昨日はエラが忙しくて話す暇がなかったのだ。


「それで、この手紙を?」

「そういうことだと思います」


 あの王国一の弓使いであるリッカルドに褒めてもらえるのは、そうそうないことらしい。


「中身、読んでみますね」


 私は整った字が並ぶ文章を読み進めていく。




クリスタルへ


 昨日は初対面なのに突然驚かせてすまなかった。

 改めて自己紹介をすると、俺は、ベーム騎士団迎撃隊長弓騎士のリッカルド・フォーゲル・ド・ベームだ。


 この手紙を書いた理由は、君を騎士団の仲間として迎え入れようと考えているからだ。まだ女性の騎士はいないが、君なら男性の中でも十分に能力を発揮できるだろう。

 君の発射は無駄がなく、見入るほどだった。今度は騎士団寮の庭で見せてほしい。


 明日、二十日の午後二時に、騎士団寮正面玄関で待っているよ。


敬意をこめて、

リッカルド・フォーゲル・ド・ベーム




「す、すごいぞクリスタル!」


 横から手紙をのぞき見していたエラが、興奮ぎみに私の肩を持って左右に揺らす。


「な、なんか、すごいことになっちゃいましたね……」


 まさか、こんなことになるなんて。


 弓が下手だからとパーティを追放され、お前みたいな奴は他のパーティも迷惑だと言われたので冒険者をやめ、家に帰ったらアーチャー家の恥だと追放された。


 それなのに、今となっては弓が上手いと言われたのだ。こんなにうれしいことはない。


 だが、嬉しさとともに不安がよぎる。武術大会での父を思い出してしまった。あの時と同じ状況。

『絶対に成功させなくてはならない』……。


「そんな心配そうな顔しなくてもいいだろ」

「えっ……?」

「気負いすぎるな。いつものクリスタルでいいんだ」


 いつもの私でいい。


「どこかの誰かみたいに、プレッシャーはかけないよ」


 頭をくしゃくしゃとなでられる。あぁ、確かにどこかの誰かはこういう時、「必ず命中だ。アーチャー家の恥になることは絶対にやるな」って言うだろうな。


「頑張ります」


 私はおびえた顔ではなく、にこやかな顔でそう言った。






 次の日、私は白いワンピースを着て、弓道具を持ってサヴァルモンテ亭のドアを開ける。


「エラさん、一人で大丈夫ですか?」

「なに、心配するな。クリスタルが来るまではずっと一人でやってたんだ」

「でも、私が手伝うようになってから席の数を増やしたんですよね?」

「……あ、そうだったな。でも大丈夫だ、半日くらいなら」


 本当に大丈夫かと怪訝けげんに思いつつも、エラの言葉を信じて騎士団寮に向かった。


 騎士団寮は王城の向かい側にあるとエラから聞いたが、まったくそっちの方は行ったことがない。


「ここら辺だよね……あっ」


 そこまで不安がる必要はなかった。訓練中であろう騎士たちのかけ声が聞こえてきたからだ。


「この大きな建物が騎士団寮だね」


 建物を囲う柵を伝いながら歩くと、大きく立派な門がそびえ立っていた。

 そばにある時計を見ると、午後一時五十五分。


「ちゃんと時間前に着けた……よかった……」


 騎士たちの勇ましい声を聞きながら門の前で待っていると、しばらくして鐘が鳴る。


 ゴーン、ゴーン


 鐘が鳴り終わると同時に、騎士団たちの声がぴたりと止んだ。金属がこすれ合う音と足音、訓練が終わったのかなと思ったその時。


「待たせて申し訳ない。クリスタル、だね」


 少し息がはずんでいるリッカルドが姿を現した。おとといとは違い、しっかり騎士の服を着ている。


「はい、五分くらい前に来たばかりなので大丈夫ですよ」

「今、そこの庭で見習いの相手をしていたから」


 見習いの相手……? 見た感じ、剣の練習をしていた感じだったけど。


「リッカルドさんって弓騎士じゃないんですか?」

「ああ、俺は一応剣も使えるよ。兄には負けるけれどね」

「すごいですね……!」


 弓は王国で一番うまくて、剣もできるなんて。さすがだね……。


「どうも。そろそろ中に入ろうか」

「そ、そうですね」


 私はリッカルドに連れられて、まずは応接室のような部屋に通された。






 二人がけのソファがテーブルを挟んで向かい合うように置いてあり、その片方には既に誰かが座っていた。

 ……まさか。


「ベーム騎士団団長のトレバー・フォーゲル・ド・ベームだ。まぁ、リッカルドの父でもあるな。よろしく」


 えっ、き、騎士団長!? いきなり騎士団長とお話しするの!


「クリスタルです。よろしくお願いします」


 とりあえずあいさつと握手を交わす。威厳という言葉だけでは片づけられないほどのオーラだ。


「急に呼びつけてすまなかった。それと、クリスタル君はサヴァルモンテ亭で働いているそうだけど、お店は大丈夫かな?」

「大丈夫……だと思います。何とかするらしいです」


 これは、大丈夫じゃないとしても大丈夫って言わないといけないやつ……!

 騎士団長はおもむろに紙をテーブルに置き、万年筆を持って私の方を向いた。


「さっそく質問するけれど、弓はいつから始めたのかな?」

「五歳になってすぐくらいです」

「そうか、それだと弓を始めたのは家族の影響かな」

「そう……ですね」


 家族の話題が振られ、明らかに顔が固まる私。どこまで話してよいのだろうか。


「父と兄と姉が弓をやっていたので、影響されて、ですね」

「なるほど。やっぱりそうか。となると……」


 意味ありげに深くうなずく騎士団長。


 もしかして、私がアーチャー家の子どもだってバレた? 

 いや、でも騎士団の人が冒険者ごときを意識してるわけが……、いやいや、お父さまの広い人脈の中にもしかしたら……。


 冷や汗が止まらない。質問攻めされることを覚悟した。

 騎士団長が口を開いた。

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