02:アーチャー家追放、甦る悪夢

「どうした」


 重く低い声で、私の方を向かずに口だけ動かす父。本革のイスに深く腰かける父は、目線を少し上の方にずらした。


「お父さま……私、冒険者をやめました」


 服の布がこすれる音、ガタッとイスを引く音、私はとっさに体を強ばらせた。


「な……なんだと」


 弓で鍛えられた上半身が、私の目の前に迫る。


「なぜだ、なぜやめたんだ」


 ……ちゃんと言うしかない。もしここでうそをついても、きっと数日後にはうわさで父の耳にも入ってしまうだろう。


「できる限り頑張ったのですが、昨日、パーティのリーダーから追放されてしまいました。『他のパーティに入っても迷惑になるだけだから、冒険者をやめた方がいい』と言われて……」


 言葉が続かなくなり、沈黙が流れる。数十分前に止まったばかりの涙がまたあふれてくる。


「そうか」


 だが私は知っている。父は冷たく感情的な人だ。


「お前……弓の名門・アーチャー家に泥を塗ったな」

「申し訳ございません!」

「小さい頃からお前だけが低能で、せっかく上級ギルドに入ったと思ったら、つ、追放だと!?」


 ガシッ


 胸ぐらをつかまれた。その拳がふるふると震えている。


「私は、あの時の武術大会で、やっとお前の才能が目覚めたのだと思った! 私の子どもである以上、実力がないわけがないからな!」


 拳が強く胸に押しこまれ、真後ろに突き飛ばされた。まだ治りきっていないアザと床が直撃し、思わず声をあげてしまう。


「やっぱりお前では無理だったのか。他の三人の評判はよく耳にしたが、お前のだけは入ってこなかった。そこでもう分かってはいたがな」


 金縛りにかかったのか、体を動かすことができない。ジリジリと父は近づいてくる。


「ああ、こんな娘を上級パーティに入れてしまった自分が情けない。むしろ、こんな娘に振り回されたメンバーのことを思うと、同情すらわいてくる」


 目を見開いたまま、かろうじて動く指先だけを震わせていると、父は両手を腰に当て、ディエゴたちと同じ冷たい目で見下して言い放った。


「アーチャー家の名誉を汚すヤツは、この家にいる資格はない。クリスタル、お前を追放する」


 お手伝いさんにドアを開けさせ、父は下ろしていた私の荷物を廊下に放り投げた。

 嫌な金属音と何かが折れるような音がする。


「早く出ていけ」


 足を踏み鳴らして急かす父。私は「あぁ……」と嗚咽おえつを漏らしながら、って体を廊下に出した。

 この姿は限りなく滑稽こっけいで、無様であった。


 父によってドアが思いっきり閉められ、投げられた荷物とともに廊下に一人ぼっちになる。

 再び荷物を背負うと、止めどない感情があふれ出し、涙を拭って家から飛び出した。


 悔しいというか、情けないというか、たくさんの思いが心の中でごちゃ混ぜになっている。


 私はただひたすらに、王都の方へと逃げるように駆けていった。






 走りながら、私はこんなことになってしまったあの悪夢を思い出していた。


 あれはつい半年前、父に無理矢理参加させられた、冒険者の中の武術大会のことだ。

 本来そういう大会には実力がなければ出られないが、アーチャー家は優秀な家系ということで、私を父の権力で出させることができたのである。


「わ、私なんかが武術大会に⁉︎ そんなのむ――」

「無理とは言わせない。冒険者になって一年以上は経ったんだ。そろそろ出てもよい頃だろう」

「いえ、私なんかが出てよいものでは……」

「出るからには、アーチャー家の名にかけて一番をとること。よいな?」


 確かに兄や姉も、冒険者になってから一年で武術大会に出ていた。父の命令に逆らうことはできない。


「は、はい。分かりました」

「いつもはダメなお前でも、大会でうまくいけば上級パーティに入れるかもしれないからな。これで成功させるしかないんだ」

「はい」

「アーチャー家の名に傷をつけることのないようにな」

「はい」


 頭が締めつけられそうだった。何がなんでも父を怒らせないように……、そう考えるのが精一杯。


 武術大会に向けて、討伐のすきま時間に集中して練習した。一般的な的にでさえ当てられるかというところだが、ダメ元で最難関の距離と的でやってみた。

 ……もちろん、当てられるはずもないのだが。

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