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 空行く暗黒街である空賊島は、必要に迫られれば自力で航行する事も可能で、その際の船橋は島を構成するかつての飛行船の残骸のうち、以前は『蒼空丸』と呼ばれていた貨客船に置かれている。

 ここはまた空賊島を管理する利用者、つまり空賊や島の住民たちの代表で構成される評議会組織、通称『愚人会議』の事務局等も置かれており、言うなれば『管理棟』の役割を果たしていた。 

 蒼空丸がまだ貨客船として大空を飛び回っていた頃には、船長以下上級乗務員たちの食堂ガンルームであった部屋は、今は応接室兼小会議室に成っており、舷窓から入る陽光だけが照明となっている薄暗い室内には、今、二人の男が年季の入った重厚な木のテーブルをはさんで座っている。

 一人は、黒地にくすんだ銀色の細い縦じまが入った瀟洒なスーツに身を包んだ痩身長躯のまほらま人中年男。

 短く刈り込んだ黒い髪、金縁の眼鏡の下の目は爬虫類の様な冷たさを持ち、鋭くこけた頬はしっかと鬚が剃られている。

 その背後には三人の屈強な目つきの悪い黒服の男達。上着の前合わせは開かれておりその陰から大型自動拳銃の銃握があえて覗かせてあった。

 対面に座るのは、ゴーグルを載せ記章を取り去った濃緑色の軍帽を被り、その下からに五分の三ほどの量が白髪に成った短い金髪を覗かせた老人。

 しかし、老人とは言えその風貌体躯は頑強その物といった風で、襟元に毛皮をあしらったこげ茶色の革製フライトジャケットと濃緑色の軍用シャツの下には、衰えの見えない筋肉質の体を秘めており、面相もしっかりとした造りの鼻、頑丈そうな顎と言った具合に中々に油断ならない雰囲気を醸し出していた。

 飛行服姿の老人は、眼鏡のまほらま人が指し出した名刺をその青い瞳を持つ鋭いが聊か垂れ気味の目で邪魔くさそうに眺めた後、飛行船乗り独特の小声でも良く通る低い声で。


「で、イジバ・ムツト、さんとお読みするのかな?紅龍会なんていう大組織の若衆筆頭さんが、わたしら空賊風情に何のご用事で?」


 イジバは小さいヒステリックな引きつり笑いをしばらくやってから。


「空賊風情とはご謙遜を。空賊の元祖にして全球の空賊を束ねる『空賊王』ジョユス・オトゥナー様がそんなこと言っちゃいけませんよ」

「べつに空賊を束ねてる訳じゃありませんよ、私は単にこの島を管理する組合組織の代表ってだけで、空賊王なんて御大層な名前も、新聞屋が勝手につけたに過ぎない」

「そう言う事にしときましょ、で、肝心な要件ですが、あんたらの身内のアゲハ空賊団の連中のガラ《身柄》をウチに引き渡してもらえませんかね?」


 ジョユスは何も言わず、眉毛をすこし潜めて見せるだけの反応をしめす。

 その尊大な態度に、少々の不快感を持った物のイジバは構わず続ける。


「奴らはウチのシノギを台無しにしたばかりでなく、舎弟を何十人も弾きやがった。こりゃぁもうオトシマエを付けなきゃならねぇのは当然の事でしょ?なんせウチの業界は面にクソを塗ったくられるてことを極端に嫌う所なんでね。今回の事はクソどころじゃねぇ、下痢便にゲロと精液を混ぜたもんを鼻の穴にまで詰め込まれたみたいなもんですよ。居場所を教えてもらうだけでも結構です。始末はウチでつけますんで。当然、対価を何も支払わないっては申しません、ウチの組から定期的に何らかのお仕事を斡旋させてもらいます。そんなところでどうですか?」


 イジバの名刺を意味なく裏返したりしつつ、黙って最後まで彼の話を聞いていたジョユスだったが、話が終わると相手の顔を見ることなく。


「イジバさん、あんた、何か勘違いしておいでのようですなぁ」

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