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アキツ諸侯連邦帝国新領、首都拓洋は、この日も南国の陽光を受け、どのビルも大理石の石張りや漆喰の壁を白く、美しく輝かせていた。
この街に二つある大規模な歓楽街のうちの一つ、塵遠街の一隅にカオ・タオモウの構える店は有る。
白大理石の外壁を持つ、復古調な外観の重厚な二階建て。その二階の事務所で主のカオは、空調が良く利いているはずなのに額に弾の汗を噴出させ、でっぷりと太った体を包む高級リネンの白いシャツをびっしょりと濡らせていた。
足は、リズミカルに貧乏ゆすりを繰り返し、視線は目の前の黒電話に釘付けだ。
彼は近くにある『帝国南方開発銀行』の支店に店員三人を走らせコケモモの壺に掛けた保険金を引き出しに向かわせていた。
銀行が営業を開始するのは午前9時ちょうど、入金が確認できるのはもう間もなくだ。
思えば、商工会のパーティーで知り合った宝飾商の女から、穀物相場の先物取引の話を持ち掛けられた時にもう少し怪しむべきだった。
だが、その時は美味しそうなもうけ話と女の体に目がくらみ、ついつい手を出してしまった。
最初のうちは結構な利益が出て、店の借金はだいぶ返せたが、戦争が終わり軍向けの需要が冷え込むと途端に損が膨らみアレヨアレヨと言うまに大赤字、最初に拵えた借金のお陰で銀行はおろか同業者友人知人にすら借金が出来ず、ふと舞い込んだ融資の話に夢中で飛びついたのが運の尽き。
当然返せるはずもなく、間もなくやって来たのは紅龍会の若衆筆頭のイジバ。
会の事務所に呼び出され、明らかにその筋の連中を解る男達に囲まれつつ、トカゲの様な風体のイジバから突きつけられたのが抜き身の短剣とオークションの参加申込書。
「カオさん、あんたの前にある選択肢は立った二つ。一つはその命でウチに対する不義理を償う事、もう一つはあんたの商売を生かして何とか金を捻り出す事。答えはもう出てるだろ?おおぅ?」
無論、カオは書類を手に取った。
それにしても、全球でも有数の古美術品専門のオークション。一応噂は聞いていたが、本当に侠門の息がかかっているとは正直驚きだ。
あとは会の指示通りに動き、競り落とした壺を携え白鷺丸に乗り込んで帝国本領へ、そこで予定通り空賊の襲撃を受けて壺は奪われ保険金は無事支払われることに。
『しかし、あのアゲハとか言う女空賊。少しガキっぽかったが中々にいい女だった。白鷺丸から離れた後、帝国航空軍の丙飛戦に沈められたとイジバから聞いたが、勿体無い話だ。』
などと思いにふけっていると、目の前の電話がけたたましく鳴り響く。
素早く受話器を取ると向こうから店員の緊張した声が。
『旦那様、25万圓、確かに入金されておりました。全額引き出し今から車に乗せる所です』
思わず生唾を飲み込む。これで自分の命も店も失わずに済む。
「すぐに戻ってこい、あと1時間もしたらイジバの所の奴等が金を取りに来る」
電話を切った時、店の外に車が止まる音がしたので、窓からそっと覗いてみるとあずき色に塗られた一台の『トノダ凱歌30型』の屋根が見えた。
1台で家一軒買えるほどの高級車。まさかイジバか?早すぎないか?
さらにどっと噴き出す冷や汗をシャツの裾で拭いつつさらに観察していると、中から3人の人物が降りて来た。
1人はしゃもじの様に先が広がった尻尾を生やす十代終わりごろくらいのガキ。鳥打帽に立て襟のシャツに黒いズボン。荷物持ちの小物といった風情。
もう1人は白いカンカン帽を被り、麻か綿の生成りのスーツを寸分の隙も無く着こなした青年。帽子の脇から溢れた麦の穂色の髪や背の高さから見て西方人種だろう。
そして残りのもう1人、その青年に手を引かれ後部座席から姿を現したのは、百合の花をあしらったつば広の帽子を被り、首元を赤いリボンを付けたチョーカーで飾り、白いレースを襟や袖、裾にあしらった薄桃色のワンピースに身を包んだ少女。
ふと、帽子をずらせ上げて店を見上げた時に見えた顔にカオはハッと息を呑む。
憂いを湛えた青い瞳、思わず触れたくなるような白い肌の頬、小さく整った鼻に淡い紅がさされた肉感的な唇。
掛け値なしの美少女だ。2階の窓からでもそんなことすぐにわかる。
カオの舐めまわすような視線に気づいたのか窓を凝視する少女、しかし彼女は帽子を取り、明るい赤い髪と灰色の山羊角を見せながら、実に優雅な所作で腰を折り黙礼を返して来た。
・・・・・・。物に出来ないか?
そんな欲望が胸中から沸き上がって来た時、内線電話が鳴る。取ると下の店を任せている番頭が出て。
『旦那様、お客が店を品を見たいと参りましたが、如何致しましょう?』
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