公爵令嬢にTS転生したけど、とりあえず好きに生きるわ

もりゅ

第1話:公爵令嬢も楽じゃない

『それでは、貴方のもう一つの人生に、幸あらんことを。』


 耳当たりの良い声と共に、俺の意識は覚醒した。


 若干ボーっとしてる所はあるが、一先ず状況確認だ。


 天蓋…?


 いつの間にか俺はブルジョワジーの仲間入りを果たしたか?


 むむっ、しかし今まで此処で暮らしていないという認識はできるのに、前の暮らしが思い出せない。

 それにこいつらは誰だ?


 こんな造りの良い顔の人達と知り合いだったか?


 あぁ、もしかしてここ天国?


 俺、死んだか?


「旦那様っ! お目覚めになられました!」


「何っ! おぉ、リース! 私の宝物リース! やっと戻ってきてくれたんだねえええ! …うぐっ…君が居なくなってしまったら私と妻はどうしようかと…」


「ぅ、うぅん…、お父様…私は一体…?」


 はぁっ!? お父様ぁ!? 何でこんな言葉が自然と出てきてんだ?


 俺ぁ今さっきまで道で拾った金髪のイケメンと楽しく飲んでたはずじゃ…そうだよ、今の今まで宴会してたんだよ。


 イケ…メン? あいつの顔が未だ思い出せ無えな…。


 うーん、所で、俺の声こんな甲高かったっけ?


 胸中の戸惑いが盛大に顔に出てしまっていたのか、俺の周りに集まっている古臭いメイドの格好をした女の人達や燕尾服に変な色の蝶ネクタイをした執事風のお兄さんやおっさんが

「お労しや…」

 なんて言って目元を覆ったりぬぐったりしている。


 何じゃこりゃ?


「あぁ、リース…、あの馬車の事故が思い出せないんだね…。

 君は鍵の掛けられてなかった馬車から投げ出されてね…、頭と体を大層強く打ち付けて、もう三日も眠ったままだったんだよ。

 …あぁ! 僕のリース! 何処にも傷なんて残っていないのに医者が『お嬢様はもう目を覚まさないかもしれない』 なんて言ったんだよ。

 思わず飛び掛ってしまいそうになったさ! …本当によく、目を覚ましてくれたね。ありがとう…!」


「あぁ、お嬢様…御労しや…。

 はっ! そこのあなたっ!奥様をすぐにお呼びしてっ! ──…、お目覚めになったと聞けば飛び起きるはずですっ!

 いいから起こして来なさいっ!」


 そういうことだったのか。通りでね、人が多いわけだよ。


 そんでもって思い出したよ。


 さっきまで俺はイケメンと飲んでて、そいつに突然と転生がどうとかいう話題を振られたんだよな。


 最近中世ヨーロッパを舞台にした姫と騎士のラノベやら転生物なんて呼ばれてるラノベを読んでいたから、中世風の世界で聖騎士に転生とかなんて面白そうだなぁ、なんて話しながらあいつと笑い合ってたんだ。


 んでもって、気付いたらこれと。


 ふぅむ、まさか本当に転生する側に回る日が来るとはね…。いや、この場合転移になるのか。


 まぁ…中々面白いじゃねえか! あのイケメン実は神様だったり!?


 なぁんてね、まぁどうでもいい事だが。


 ふと、今生の俺の容姿が気になって

「すみません、鏡を持ってきてくださいませんか?」

 と自然と出てくるまるでお嬢様みたいな口調で、横手にいる女性使用人に声を掛けた。


 一瞬驚いたような表情をしてしかしすぐに

「畏まりました。少々お待ちください」

 なんて言ってその両サイドの男性使用人を連れて小走りに出て行った。


 程なくして戻ってきたは良いが、姿見をわざわざ持ってきてくれたみたいだ。


 妙な罪悪感に包まれた俺は

「わざわざこんなに重いもの…。申し訳なかったですね」

 なんて苦笑いしながら謝ったら、また目を剥いて見てきた。

「いえ…」

 と一言言った後俯いちゃってるし…。

 え、何?

 俺の笑顔ってそんなひどいの?


 そりゃあの時の俺はまぁ、ひどい顔してたんだろうって思い出すけどさ。


 今生の俺はそれなりにイケメンじゃないの?


 あの時の金髪イケメンだって、一宿一飯のお礼にどうたらこうたらって言ってたしね。


 恐る恐る自分の姿が写っているはずの姿見を確認した。


 そこには、薄い茶色の艶やかな髪を腰上辺りまで伸ばしている…どう見ても美少女が居た。


 その髪は、毛先がやや波打っておりよく手入れされているのだろう、光沢を放っている。


 少女の顔は薄く細い眉にぱっちりとした二重、鼻はそれで息が出来るのかと思うほど小さな、けれど低くも無いかわいらしい形、唇はグロスでも塗ってるんじゃないかってくらいつやつやしており、形もぷっくりとしてかわいらしい。


 どのパーツをとっても一級品で揃えられ、配置も完璧に整っていた。目元には若干の疲れが見て取れる。


 それが、段々と驚愕の色に染められていき、細く、肌理キメの細かな白く細い手指でペタペタと頬や唇を触っている。

 そんなのをどこか冷静に観察しながら自分の視線を落とすと、そこには姿見で美少女の顔を触ってた美しい手指が写る。


 そして、俺は満を持して叫ぶのだ。


「なんじゃこりゃあああっ!?」


「っ!? リースッ?!! おい、リース!? 医者だああ! 医者を呼べええぇぇ───……。」


 ・


 ・・


 ・・・


 ・・・・


 あれから二日経ち、俺も落ち着いてきた。


 あの後、再び気絶した俺を見たお母様も失神。屋敷は阿鼻叫喚に包まれたらしい。


 何を勘違いしたのか、二人してポックリ逝ったと思ったお父様は

「私は日々生きる希望がこの場で二つも失った! 後の政務はクローズに任せよ! 私はここで首を吊る!」

 と豪語し、使用人が止めるのを無視したあげく、屋敷の木の枝に括り付けた縄を首に掛けて飛び降りた。


 しかし、残念な事に最近お父様はメタボが進行していた為枝が耐え切れず、その勢いのまま メキャメキャッ! という音と共に圧し折れたらしい。


 着地の際に腰を打ち付けてしまったらしく、お父様は現在療養しながら政務をこなしている。

 といっても、指示を出しているだけで実際に実務をこなしているのはお兄様なんだが。


 起き上がりこそ俺もまた自分の姿に驚いたが、二度目と言う事で存外早く立ち直る事ができた。


 実際、この話を聞いて爆笑してしまい、それにより自分に対する驚愕なぞ吹き飛んでしまった、というのも半分くらいある。


 そうして、一頻り大笑いをし終えた頃、横から声が掛かった。


「もう、お嬢様は…。

 淑女たるもの、そんな大口を開けて笑うものでは御座いませんよ。…まぁ、そんな顔も天使なのですが…。

 コッホン! とにかく、お目を覚まされてからのお嬢様はどこかおかしゅうございます。

 まだ安静を続けてくださいませんと!」


 この目の前で小言を言いつつ顔を顰めているのは、輝く金色の髪を肩辺りで切り揃え、切れ長の目に高い鼻、小さく尖らせた唇がチャーミングな、スラリとした美人。


 街を行けば十中八九振り返るであろうスレンダーでグラマラスな美女だ。


 俺は間違いなく振り返るね。


 いや、下手したらちょっとその後目で追ってしまうかもね。


 そんなメイド服を華麗に着こなしているこの美女は、俺付きの侍女のアセーラである。


「ごめんなさい。…くふっ、ふふっ、でも本当に面白いんですもの。

 お父様には申し訳ないけれど、後でお見舞いに行きますから、許してください。」


 そう言いつつ、俺は肩を諌めた。


 俺が今居るこの世界だが、もう皆さんも雰囲気から分かる通り、現代の地球ではない。雰囲気としては地球で言う中世ヨーロッパ辺りだろうか。


 因みに俺が居るこの国は、ランドグリス王国という、結構大きな国だ。


 三公爵家を筆頭にして、五爵の階位持ちの貴族により治められている国だ。


 そんな俺の名は、エアリース=サクリファス。なんと三公爵家の内の一つなのだ。


 前世では確かとてもとても平凡だったようなおぼろげな記憶があるが、随分と出世させて頂いたものである。


 この国で公爵家が頭が上がらない家柄はそうあるものではない。王家と、副王のような事を勤めている大公家くらいのものだ。


 しかも家徳が上というだけで一概に頭が上がらない訳でもないのだ。なんという権力…脳汁が出てくるものだ。


 まぁ、サクリファス家自体はお兄様が継ぐので、俺自身は精々婚前遊びを楽しんだ後、政略結婚させられるか何かだろう。


 だがまぁ、所詮は貴族の体裁のための結婚。しようがしまいが、自由さは大して変わらないだろうさ。


 気をつけるべきは初夜とかだよな…。俺はそれを否定するつもりはないが、おれ自身ホモではない。男に掘られるのは御免被りたい。


 二日前のお父様の狼狽振りから分かるように、俺は正直、かなり甘やかされている。


 当然今なお床に伏せているお母様もだ。外務に出ていたため、お兄様はあの時あの場には居なかったが、もちろんお兄様も俺には甘甘だ。


 それゆえか、二度目の目覚めでこの体の主の以前の記憶を薄っすらと思い出したが、それはもう傍若無人な振る舞いで、まるで自分こそがこの家の主かのような我侭ぶりを発揮していた。


 家族以外の使用人達からは、それはもう嫌われている事だろう。


 あれは、ひどい。


 だから、使用人から愛想を尽かされて自滅するのを防ぐため、己の小市民ぶりを発揮する事にしたのだ。


 起きてからは、自らをニューエアリースと名乗り、周りの人様への態度を改めた。これで、俺の滅亡フラグは圧し折れたに違いない。

 メキャメキャッとな!






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 私は、お嬢様付きの侍女をしております、アセーラと申します。


 あの凄惨な事故から帰って来られて、お嬢様は変わってしまわれました。


 いつもかわいらしいお願いをされて、近侍や侍女、使用人達を嬉しく楽しく困らせてくれていたのに、突然何もお願いをしてくれなくなってしまったのです。


 思えば、お嬢様が「鏡を持ってきてくださいませんか?」なんて聞いたことあったでしょうか。いつもなら「鏡がほしいのー、お願い!」と有無を言わせず取って来いとお願いしてくださったのに…。


 ですが、うれしい変化もあったのです。


 私達侍女を見る目が、とても艶やかな目を合わせたら鼻血を噴出して倒れこんでしまいそうな色のある目に変わったのです。


 その変化はお目覚めになられてからすぐに始まり、姿見を持ってきた使用人達が一撃で心をやられてしまいました。


 私ももっとみてほしいと思う反面、それ以上見られたら私、お嬢様といえどどうにかしてしまいそうで、気が気ではありません。


 その視線に気付いたのか、奥様のスキンシップ具合も日に日に上がっているように感じます。


 若様に至ってはそれを自分に向けさせようと、とても家族に対するものではない目でお嬢様を見ておられます。


 このままでは私の…、いえ失礼致しました。私達のお嬢様が危険です。私達がしっかりと身辺お守りして差し上げなければ。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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