第15話 ☆小人さんの、ありがとう☆


「お父ちゃん、すこぅし話してもい?」


 穏やかな水面のように凪いだ瞳で、千尋はドラゴを見つめた。

 微かに不穏な揺らぎを含むその眼差しに、ドラゴの心臓が早鐘を打つ。

 しかし、彼に否やはない。可愛い愛娘を膝に乗せ、ドラゴは深くソファーに腰かけた。


「どうかしたのか?」


 モジャモジャで熊みたいな容貌なのに、ドラゴが千尋を見つめる瞳は優しい。

 これ以上ないくらい、脆い壊れ物のように千尋を大切にしてくれる。

 小人さんは横抱きにされたまま、ぎゅっとドラゴの胸元を掴んだ。


「あんなぁ.... アタシね....」


 彼女は改めて、アドリスやドラゴ達に出逢う前からの話をする。

 転生うんぬんは削り、王宮でファティマと呼ばれ大切に育てられていたこと。

 いきなり放棄され閉じ込められたこと。

 命の危険を感じて部屋を脱出し、アドリスに拾われたこと。


 あとはドラゴも知るとおりだ。


 はあはあと息を荒くし、辿々しく言葉を詰まらせながら話す幼子の頭を優しく撫でて、ドラゴは、うんうんと何度も頷く。


「辛かったな。良く頑張った。もう思い出さなくても良いんだ。偉いぞ。お前は、父ちゃんの所に神様がくださったんだよ。だから、そんな辛い事になっちまった。ごめんなぁ」


 神様が、お父ちゃんに?


 思わず千尋は惚けた。


 確かに、あの悲惨な状況がなくば、千尋がドラゴの元に訪れる事はなかっただろう。

 逆説的ではあるが、あの苦しみがあったからこそ、千尋はドラゴに拾われる事が出来たのだ。


 そう思うと、あの酷い思い出が少し和らぐ。


 本当に神様の掌の上だとしたら、殴り飛ばしてやりたいが。もう少しやりようは無かったのか。


 ぶーたれる千尋の視界に、複雑そうな顔のドラゴが映った。難しい顔のまま、ドラゴは千尋に視線を振る。


「その話によると、第八王女という事だが..... 第八王女はおられるぞ? チィヒーロ」


 ドラゴの言葉は爆弾発言だった。




「じゃあ、アタシはいったい誰なの?」


 自分の記憶とドラゴの説明を照らし合わせると、明らかな矛盾が浮かび上がる。

 御父様だと言われていた国王陛下。ならば、その横に添うていた王妃が産みの母だと思っていた。

 しかし正妃の産んだ第八王女は王宮にいるという。名前もファティマではない。


 そこで千尋は、先ほどの王弟の話を思い出した。


 彼は何と言った? ファティマをテオドールの双子の妹と言ってはいなかったか?


 いきなりの事態に狼狽え、聞き流してしまっていたが、テオドールの妹という事は双子のはずだ。


 側妃の産んだのは双子? アタシは側妃の子??


 噛み合わない。何かがおかしい。


 アタシの知らない何かがある。


「ナーヤ、王宮に先触れを。王弟殿下に会えるか聞いてきて」


「は? あ、かしこまりました」


「チィヒーロ?」


 怪訝そうな顔でドラゴが千尋を見た。


「ロメールから話を聞こう。昨日は途中で中断しちゃったから」


 ドラゴは眼を見開く。千尋の瞳からは曖昧だったミルクティー色が消え、爛々と輝く金色の光彩が浮かんでいた。




「よく来たね」


 ロメールに先触れを出すと、彼からはすぐに承知の答えが返ってくる。

 馳せ参じた男爵親子は、ロメールの執務室に通され、対面でソファーに腰掛けた。


「そちらが認識しているアタシの情報を知りたい」


 少し驚いたような顔でロメールは頷き、話しても構わない範囲で千尋に説明をする。


 生まれたばかりの千尋の存在をシリル達が隠蔽した事。乳母を脅迫して、王宮で秘密裏に育てていた事。何が起きたのか知らないが、千尋を放棄して王宮から消えた事。


「ここらまでが、こちらで判明している事だ。未だに調査中ではあるが、関係者の殆どが行方不明になっていて難航しているかな」


 千尋は唖然とする。


 なんてこった。国王らはアタシの存在そのものを知らなかったのか。


「私以外は君に近寄らない約束だからね。すぐにでも逢いたいとごねたが、止めているよ。取り敢えず聞いてみてからだと」


 苦笑いするロメール。


 それを追い返してしまったのはアタシ達か。ろくに話も聞かないで。


 シリル達が何者で何をしようとしていたのかは分からない。

 だが、全ての元凶は彼女らだった。


 千尋は静かに眼を閉じた。


 ここはせいぜい中世後期の文明だ。幾人もの人力で全てが動く穴だらけの時代。

 人間の一人や二人、簡単に隠せるし亡き者にも出来る。地球世界の中世だって似たような感じだった。

 キッチリした科学捜査や医学的技術もない、行き当たりばったりでも犯罪が成功してしまう。

 日本で言えば戦国時代あたりか。何でも隠蔽し、闇から闇に葬れる。屁理屈で断罪も出来る。

 欲しければ奪うし、邪魔なら殺す。人の命が薄く軽い、そんな時代。地球ではそうだった。


 地球の中世と比べたら、まだマシだろう。


 少なくともフロンティアは強硬手段に出なかった。なにくれと千尋の意思を尊重してくれた。

 その気になれば、千尋はとうに拉致られて、王宮に閉じ込められていただろう。


 この時代の王とは、そういう力のある者だ。


 千尋は知らない。その強硬を目の前のロメールが止めていてくれた事を。


 ロメールは、ある意味、千尋を良く理解していた。


 何も考えていないが、常に考えて動く。猪突猛進だが、細部にまで眼を配り慎重。

 非常に豊富な知識があるのに、びっくりするぐらい常識を知らない。


 あまりに矛盾の塊な子供。


 だが、これだけは分かる。


 彼女は自由であるのが当たり前なのだ。


 何処へ行こうと、何をしようと自由。それが阻害されるとは思っていない。

 その考えは、この世界で異質だった。

 身分や地位は認識している。悪い事や危ない事も。だけど、その根本にあるのは、だから?と言う疑問符。


 だから? それがどうしたの?


 言葉にするのは難しいが、彼女のその奔放すぎる自由さは異質だった。

 まるで何のしがらみもない世界から来たような。身分も地位も何もかも。


 そこまで考えて、ロメールは口角をあげる。


 そういえば、料理人らや騎士団が、彼女の事を妖精とか天使とかいってたな。

 これだけ自由気ままだと、信じてしまいたくなる。


 とにかく、彼女は自由でないと生きて行けない生き物だ。ロメールは、そう思っていた。


 当たらずとも遠からず。千尋の前世を知らずとも、その本質を看破する、聡いロメールである。


 しばしの沈黙のあと、千尋は眼をあけた。


「状況は理解出来たよ。でも、許せる訳がない」


 うん、わかる。


 ロメールは小さく頷いた。


「だけど、ありがとうと伝えてくれる?」


「え?」


 千尋は隣に座っていたドラゴによじ登る。


 んっしょ、んっしょとよじ登った千尋は、ドラゴの膝に座り、にかっと破顔した。


「お父ちゃんにアタシを届けてくれて。アタシ、幸せだよ。そう伝えてね」


 な....んっ


 ロメールは絶句する。


 ドラゴの見開いた眼に、みるみる涙が盛り上がった。


「ああ、ああ、そうだなっ」


 ドラゴは千尋を抱き締めて、同じようにロメールを見つめる。


「私からも御礼を申し上げたい。こんな可愛らしい娘を下さって感謝する。チィヒーロは私の宝だ」


「お父ちゃんに逢えて良かったぁ。アタシ、すっごい幸せ者だよ?」


「私だってだ。こんな天使は何処にもいない」


 目の前で展開される極甘親子劇場。いつか、何処かで見たような?


 ロメールは細く長い溜め息をつき、肺の中の澱んだ空気を全て吐き出した。

 なんてこった。小人さんは自己完結で話を終わらせてしまった。

 これからどうするかも、どうして欲しいかもなく、小気味良いくらい王家をスッパリ切り捨てた。


 この先、兄上は地獄だな。自業自得とまでは言えないが、悲惨すぎるだろう?


 知らないでいてくれて、ありがとうと彼女は言ったのだ。王女でなくて良かった。ドラゴの娘になれて良かったと。


 どんだけ皮肉を利かせてるんだよ。


 まあ、でも、小人さんらしい。


 行き場の無くなってしまった怒りを昇華させ、感謝の言葉にすり替えた。


 今が幸せだから良い。そう言われてしまっては、こちらは何も言えない。

 その幸せを壊す事も、阻害する事も出来ない。これまでの小人さんの悲惨な苦労を知っているのなら出来る訳がない。


 あー、王手来たわ、兄上。


 御手上げとばかりに両手を挙げて、ロメールは承諾の意を示した。


「国王陛下には私から伝えておこう。幸せにな? まあ、周囲がうるさくなるかもしれないが、そなたなら平気だろう? ドラゴもいるしな」


 シニカルに眉を上げるロメールを見て、小人さんは顔に満面の笑みを浮かべる。


 こうして粗方の話はつき、王宮で野太い号泣が聞こえたとか、なんとか。


 ドラゴが辞めるという話もなくなり、厨房の面々もニッコリ。小人さんが元気になって、騎士団も護衛蜜蜂達もニッコリ。


 ある一部を除いて、笑顔で溢れる王宮で、今日も小人さんは元気です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る