第12話 ☆秘密の小人さん☆ ~前編~


「あのこは....いたんだ」


 然して多くもない記憶の中に、その子はいた。


 淡い金髪がふわふわした可愛らしい赤ん坊。


「ほんとなんだ......」


 半べそをかきながら窓の縁に凭れる男の子。


「ファティマ.... どこに行っちゃったの?」


 驚異的な赤子の記憶力。


 彼の名はテオドール。千尋の双子の兄である。

 国王に良く似た濃い金髪の子供は、その年齢に不似合いな苦悶を瞳に揺らめかせていた。


 シリル達は油断していた。まさか、新生児から二歳までの幼少期に、ほんの十数回会っただけの赤ん坊が、相手を覚えているなどとは夢にも思わなかったのだ。

 だから御互いが入れ替わる時に二人を一緒に放置してしまった。


 そのほんの数分の逢瀬。


 それをテオドールは覚えていた。


「ほんとに、あの子はいたんだ」


 誰も信じてくれない、彼だけの小さな秘密。


 それが後日、真実であったのだと明るみに出るのは、冬の新年パーティー。


 それまでテオドールは、この悩みを抱えて悶々とするはずだった。




「ファティマ.....?」


 でも彼は見つけた。


 薄れゆく記憶の中で朧気になりつつあった、懐かしい顔を。自分に良く似た女の子を。


「え?」


 振り返った彼女は、間違いなく記憶の少女だった。大きくはなっていたが、その面影は変わらない。


 ここから、ファティマを忘れまいと凍りついていた、テオドールの心の針が動き出す。




「ファティマ? ファティマだよね? やっぱり、ゆめなんかじゃなかったっ」


「へあ? どちらさま?」


「テオだよ、僕はテオ。テオドール」


「てお....」


 千尋はしばし考え込み、ファティマの記憶を地引き網のように辿っていく。

 そして、ずーっと小さい頃からたまに逢う赤ん坊を思い出した。


 確かに呼ばれてたね、テオドール様とか......


 そこで小人さんは、ひゅっと息を呑む。


 第二王子とも呼ばれていた..... 側妃の子だ。


 同い年なせいだろう、たまに二人で遊んでいた記憶がある。


 覚えてるっての? 凄い記憶力だね?


 自分の事は棚上げな千尋だった。


「やっぱり、お城にいたんだ。みんな、ゆめだとか言ってたけど、ゆめじゃなかった」


 喜色満面で千尋に近寄ってくるテオドールを据えた眼差しで見つめ、小人さんはジリジリと後退る。

 それに気づいたテオドールが、ピタリと歩みを止めた。その顔には一抹の不安が浮かぶ。


「えと.... おぼえてない? ぼく、小さいときから、たまに君と遊んでたんだよ?」


 さすが王族。歳の割には良く口が回るね。


 だから、自分を棚上げするなと、ナーヤなら突っ込みそうな事を考えながら、千尋はギリっと奥歯を噛み締めた。


 そこへ空気を読まないドルフェンが現れる。


「チヒロ様、御菓子の納品は終わりましたよ..... って。殿下? 何故ここに?」


「チィヒーロ?」


「はい。ジョルジェ男爵様の御令嬢です。料理人の」


 何でもない事のように話すドルフェン。


「え? ファティマが男爵の娘? お城にいたよね?」


「ファティマ?」


「ファティマだよ? シリル達がよんでたもん」


 やめて....


 千尋の脳裏に国王夫妻や、シリル、乳母、その他多くの王宮関係者らが浮かび、ぶわっと溢れだした。


「それは一体どういう....」


 怪訝そうなドルフェンが王子に尋ねようとした時、後ろで何か音がした。


 そこには膝をつく小人さん。


 涙目で瞠目し、ひゅーひゅーと苦しそうに胸を押さえている。


「チヒロ様っ??!!」


 ドルフェンが慌てて駆け寄ると、千尋は小さく呟いた。


「帰る.... お家...」


荒い息の下で、千尋は絞り出すように呟いた。


「はいっ、はいっ、畏まりましたっ!!」


 さっとドルフェンは千尋を抱き上げると、テオドールに軽く頭をさげる。


「御前、失礼いたします」


「あっ、まってっ!」


 言うが早いか、ドルフェンは駆け足で男爵邸に向かい、置き去りにされたテオドールは、後ろで自分を呼ぶ側仕えらの声も聞こえてはいなかった。


「ファティマ.....」


 テオドールの呟きは、誰の耳にも拾われない。




「チィヒーロっっ?? 何があったのですか? キグリス殿っ!!」


 千尋が倒れたと聞き、すっ飛んできたドラゴは、寝かされた娘に駆け寄り、心配そうな顔でドルフェンを見る。


「わからないのです。気づいたら苦しそうにしておられて..... あ、傍にテオドール殿下がおられました」


 男爵家三人の眼が、カッと見開かれた。


 また、王家かっ!!


 忌々しげに歯噛みする三人に、千尋のか細い声が聞こえる。


「お父ちゃ。お城やだ....」


 力無く伸ばされた小さな手を握り締め、ドラゴはその手を自分の頬にそえると、何度も小さく頷いた。


「うん、うん、もう行かなくて良い。王弟以外の王族は近寄らないと約束して下さったのに.....っっ」


 ドラゴの顔には陰が落ち、落ち窪んだ双眸に仄暗い光が浮かんでいた。




「料理長を辞める???」


「はい、出来るだけ早く後任を決めるか迎えるかしてください」


 憮然と人事の文官に吐き捨て、ドラゴは足早に執務室から出ていく。

 それを茫然と見送りながら、人事担当の文官は慌てて王弟の元へ駆け出した。




「ドラゴが料理長を辞める??」


「はい、そのように申しております」


「馬鹿な」


 一体、何が起きた? 


「取り敢えずドラゴから話を聞いてみる。その件は一旦、保留にしておけ」


「畏まりました」


 直ぐ様、王弟は部屋を飛び出し、厨房へ向かう。


 その途中、少し離れた場所で揉めている人々がいた。無視して通り過ぎようと思ったが、その中に小さな金髪の影が見える。


 あれは.....?


 仕方無しに舌打ちし、ロメールは騒いでいる側仕えらに近寄った。


「テオドール殿下。こんな所で、どうなさいましたか?」


「ああ、王弟殿下。良い所に」


 あからさまな安堵を浮かべる側仕えらを軽く睨み付け、余計な口を塞ぎ、ロメールはテオドールの前にしゃがみこんだ。


「何かございましたか?」


 国王譲りな見事な金髪。残念な事に瞳は鳶色だが、今の国王陛下の御子らの中で金髪を所持しているのは、テオドールだけである。


 半泣きで鼻をすする幼子は、しどろもどろな口調で必死にロメールへ説明した。


「ファティマが....いたの。ひっく、いたんだよ、ほんとうに」


「ファティマ?」


 訝るロメールが、視線で側仕えらに説明を求める。


「あ.... 殿下の夢のお話です」


「ゆめじゃないったらっ!!」


 あ"ーっっ! と泣き出したテオドールを侍女に預け、ロメールは詳しく話を聞いた。


「殿下が御小さい頃から仰る、空想のお友達です」


 そう前置きして、側仕えらは語る。


 何でも、昔から、ファティマという女の子がいるような事を時々言っていたのだとか。


 これをファティマにあげるの。


 ファティマはいつくるの?


 きょう、ファティマとあそんだの。


 等々。側仕えらも、子供にありがちな微笑ましい空想だと思い、否定もしなかったらしい。

 ところが何時の頃からか、そのお友達が見えなくなったらしく、テオドールは情緒不安定になった。


 ファティマはどこ?


 ファティマがいない。


 ファティマにあいたい。


 ここにきて、ようやく側仕えらは、それは空想のお友達です。夢なんです、大きくなると見えなくなるのですよと説明を始めたのだが、テオドールは納得しない。


 夢じゃない、ファティマはいた、ファティマにあいたいとギャン泣きで、しばらくは大変だったらしい。


 ここ最近は落ち着き、その女の子の話もしなくなったので、ああ、やっと夢のお友達を卒業したのだなと思っていた矢先、この騒ぎになったとか。


 ロメールは侍女に抱かれてグスグスと泣くテオドールからも話を聞く。


「ファティマはフワフワな金髪なの。僕のかみより、もっとキレイな。眼もキレイ。僕と顔がにてるの。すっごくにてるの」


 そこでロメールの心臓が大きく脈打った。


 似てる? そういえば、殿下も生まれたばかりの頃は薄い金髪だった。


 そう、チィヒーロのような.....


 そこまで考えて、ロメールはテオドールを見る。


 今でこそ濃い金髪に男の子らしい面差しがあるが、言われて見れば、昔の殿下はチィヒーロと良く似ていた。


 まさか? いや、有り得るのか?


 ずっといた殿下のお友達。そして消えた。


「その女の子がいなくなったと殿下が言い出したのはいつ頃だ?」


「えっ? .....と、確か半年ほど前かと」


 チィヒーロが拾われた頃と一致する。


 こんな所にチィヒーロの手がかりがあった。やはりチィヒーロは王宮で秘密裏に育てられていたのだ。


 誰が? 何のために? 


「至急国王陛下に謁見の申し入れを。テオドール殿下も共にっ」


 絡まり拗れた糸の解れをロメールは見つけた。


 必ずほどいてみせる。待ってろよ、チィヒーロ。


 ほくそ笑む彼の顔には邪気しか浮かんでいなかった。

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