第6話 ☆貴女は皆の小人さん☆


「めんしゃい」


「良いんだよ、チィヒーロ。もう城には連れていかないから。厨房も、嫌なら来なくて良い」


 ベッドの上に正座して、頭を埋める小人さん。

 ようは土下座なのだが、身体が小さいので蹲っているようにしか見えない。


「父ちゃんが悪かったんだ。チィヒーロが、そんなに城を嫌ってるとは思ってなかった。良く考えれば殺されかけた場所だものな。嫌っても仕方無い事だ」


 おろおろとベッドの周りをグルグルするドラゴ。

 千尋は土下座しながら、半分当たりで半分外れと頭に思い浮かべていた。


 嫌なのはファティマを殺そうとした国王夫妻。城が嫌な訳ではないが、城に行けば、あの二人がいる。

 そう思っただけで吐き気が込み上げるのだ。


 だが説明も出来ない。したが最後、優しい父親は職場を棄て、千尋を連れて逃げるだろう。

 追われるかもしれない。ドラゴが罰せられるかもしれない。ナーヤやサーシャだって、きっと無事では済まない。

 自分も一生、髪を隠して暮らさねばならないだろう。


 アタシが我慢すれば済む。


 四面楚歌な現実。


 精神は大人でも、未成熟な身体は正直だ。

 あの大広間で謁見した国王夫妻を思い出しただけで、胃液が上がってくる。


「....う"ーーーっ」


「チィヒーロっ???」


 完全に体調を崩し、千尋は床についてしまった。




 小人さんの不調は瞬く間に人々へ伝わり、多くの人が御見舞いに訪れる。


 今日も誰かが玄関のノッカーを鳴らした。


 ナーヤが出ると、そこには孤児院のザックが立っている。両手に溢れる品々を持って。

 通用口の門番と既に顔馴染みな彼は、男爵家で御菓子の指南を受けていると知られており、通いの使用人同様、フリーパスで城に入れるのだ。


「ザックかい。それは?」


「うちの畑で採れた初プラムなんだ。甘酸っぱくて美味しいから、食いしん坊の小人さんが元気になるかなって」


「ありがとうな」 


「他は街の皆から。小人さん印の御菓子が男爵令嬢の力添えって皆知ってて、感謝してて。持ってってくれって」


 差し出された籠には、焼きたてのパンや果物、野菜、中にはカンテラ式の器に入ったスープまである。

 品物にこもった人々の気持ちを感じとって、ナーヤは鼻の奥がツンとなり、思わず目頭を抑えた。


 御嬢様....こんなにも皆が心配しております。


「誰か来たのか?」


 奥からナーヤに尋ねる声がする。

 怪訝そうにザックが中を窺うと、そこには複数人の男性らがソファーに座っていた。


「孤児院と街の人々からの御見舞いです。そういえばザックはまだ試してなかったな」


「試す?」


 疲れ果てたような笑みで、ナーヤはザックに頷いた。




「御嬢? 入っても?」


「....? ザック?? サーシャ、開けて」


「はい、御嬢様」


 ザックの目の前で扉が開き、中に入るとそこには力なく横になった小人さんがいた。

 あからさまに窶れ、憔悴が色濃く、ふにゃりと笑う顔も生気が薄い。


「なんで....?? こないだまで、あんなに元気だったじゃんっ」


「お静かに」


「あっ....」


 優しく窘められ、慌ててザックは口を抑えた。


「御飯がね...食べられないんだ」


「食べられない?」


「食べても吐いちゃうの.....あは、死にかかっても食べてたのになぁ」


「へ?」


 真っ青なザックを一瞥し、諦めたかのような眼差しで千尋は窓の外を見た。


 謁見から五日。まともに食事も取れず、食べても全て戻してしまう。

 酷い倦怠感と衰弱で腕を上げるのも億劫だし、時々熱も出る。幼いこの身体はみるみる弱っていった。


 現代医学の栄えた地球育ちな千尋は、この症状を知っている。


 自家中毒だ。


 精神的な理由からくる症状で、酷い嘔吐や発熱などが繰り返し起こる。

 対処法としては精神的ストレスを取り除き、経口補水液やブドウ糖、点滴などで水分、糖分を補給して、安静にする事。


 そのどれもが行えない今の千尋は、悪化の一途を辿っている。ストレスの巣窟である城の近くにいるのだ。おさまる訳がない。


 辛うじて口に出来るのは蜂蜜果実水。


 少し食塩を混ぜたその疑似補水液で、今の千尋の命をつないでいた。スプーンに一匙ずつサーシャが飲ませてくれる。


 死ぬのかなぁ。幸運に恵まれたと思ったのになぁ。


 衰弱死すらはね除けたのに、こんな事になるとは。存外、自分も脆いのだなと、千尋は自嘲気味に笑う。


 黄昏る千尋が、ふと気がつくと、ベッドの横にザックが来ていた。

 これ以上ない真摯な眼差しで、泣きそうな顔をして千尋を見つめている。


「何か出来ないか? 俺に....まだ、何も恩返し出来てないっ、何かないか?」


 なにか..... 


「うどん....食べたいな」


「え?」


「病気になるとね。うどん食べたくなるの。くたくたに柔らかく煮たヤツ。といた卵入れて」


「なんだソレっ、作るよっ、教えてっ」


「小麦粉に、塩を入れた水を....ボソボソになるくらいまで入れて...練って.... うんと柔らかくなるまで練って.... 紐みたいに細く切って...スープで茹でるの。くたくたになるまで柔らかく.....」


 そこまで話して、千尋はうとうとと眠りにつく。


 サーシャとザックは、そっと部屋から抜け出した。


「聞きましたね?」


「ああ」


「作れますか?」


「やってみる」


 サーシャに大きく頷き、ザックは厨房を借りに階下へ降りていった。


「ナーヤさん、厨房借りるよっ、食材もっ」


 そう言いながら厨房へ向かうザックに、ソファーで座っていた男性達が驚愕の眼を向ける。


「会えたのか?」


「? ああ」


「話も?」


「したよ。うどんってのが食べたいって」


 途端、大きな音をたてて彼らが立ち上がった。


 そこに居たのはロメール王弟殿下、ハロルド騎士団長、厨房見習いのアドリス。

 何とか千尋に食事をさせようと、あの手この手で密談中だった。

 ドラゴも必死に頑張っていたが、彼には厨房の仕事がある。仕事中は泣く泣くアドリスに交代してもらっていた。

 千尋は、彼等を見るだけで吐き戻してしまうので、話すら出来なかったのだ。

 手探りに滋養のある物や消化に良い物など、試行錯誤で知恵を絞り作っていたが、どれもダメだった。


 そこに一条の光。


 ザックは十歳くらいの子供だ。小人さんとも顔見知りだし、試してみようと部屋におくったが。

 まさか、会えて話して食べたいモノまで聞き出してくるとは。


 男性陣は王宮関係者。それらを見ると国王夫妻を思い出して、千尋の症状は酷くなる。

 しかし、ザックは王宮と何の関係もない平民だ。国王を思い出す訳もなく、症状も出ない。


「うどん....? とは何だ? 作れるのか?」


「分かんね。でも作る。大まかな作り方は聞いた」


 軽くロメール達を見渡し、ザックは勝手知ったる動きで厨房に入る。

 慣れ親しんだ場所だ。何処に何があるかは熟知していた。

 ザックは手早く材料を取り出して、千尋から聞いた説明を脳裏に描く。


 柔らかく.... うんと柔らかくなるまで練る。


 アドリスがやってきて手伝いを申し出るが、それを拒否し、ザックはただひたすら生地を捏ねた。

 しかし、子供の体力は知れている。結局、途中からアドリスに代わってもらい、ザックは非力な身体を呪った。


「これってパスタなのか? もう十分出来てる気がするが?」


 アドリスの言葉に、ザックは考え込む。


 違う。生地に卵も入れてないし、繋ぎなしでパスタにはならない。

 あの小人さんがパスタの作り方を知らない訳はない。繋ぎなしで柔らかく..... 柔らかい事が重要なんだ、きっと。


「もっと。うんと柔らかくなるまで練らなきゃいけないんだ」


「よっしゃっ」


 二人は協力して捏ね続け、生地は寝かせた方が良いとのアドリスの勧めで三十分ほど寝かせてみた。


「これで良いのかな?」


「わからんが、たぶん?」


 そこには艶々もちもちの生地がある。

 ぷるんとしたそれに打ち粉をし、慣れた手つきでアドリスが伸ばして切ってくれた。

 料理人見習いの彼には楽な仕事みたいで、手出しも出来ないザックは悔しさに歯噛みする。


「これを茹でたら麺の出来上がりだ。次は?」


 言われてザックは続きを思い出した。


「くたくたになるまでスープで煮て、といた卵を入れるとか」


「スープ? 今からか? あちゃー」


 軽く額に手をあて、アドリスは眉を寄せる。


 そうか。スープは作るのに時間がかかるんだった。うどんにばかり気を取られて忘れてた。俺の失態だ。


 血の気を下げるザックの肩をナーヤが叩く。


「これが有りますよ」


 微笑むナーヤの手にはカンテラ式の器に入ったスープ。街の人からの差し入れに入っていたものだ。


 またもや、人の善意に助けられた。


 ザックは拝むようにソレを受け取り、うどんをくたくたに煮て、といた卵で仕上げる。


「出来た....これで」


 少しは小人さんが元気になるだろうか。


 ふわふわな卵が絡んだ麺は匙で切れる程に柔らかく煮込んである。

 それを持ち、ザックは千尋の部屋へ向かった。




「マジで.....?」


 千尋は目の前に差し出された器をガン見する。

 確かに、うどんだ。くたくたに煮て卵が絡んだ、懐かしい食べ物。


 サーシャが匙を取り、少し冷ましてから千尋の口へ運ぶ。ほんの少し。

 それを口にして、千尋は眼を細めた。

 舌で潰せるほど柔らかいうどん。少し塩気が強いが、今の自分には丁度良い。


 洋風卵とじうどんかな。


 本来のうどんとは似て非なるモノだが、その麺は間違いなく、うどんである。

 思わず涙を滲ませ、千尋はサーシャを急かすように口を開いた。


 扉の影から様子を窺っていた男性三人が、顔を見合わせて破顔する。

 千尋に気取られぬよう成りを潜めていたのに、嬉しさの余りアドリスが声をかけてしまった。


「美味いか?」


「馬鹿っ!」


「あっ」


 だが、時既に遅し。小人さんは男性らに気づいてしまう。

 しかし、予想に反して彼女は吐き戻しはせず、満面の笑みで笑った。


「...んまぃ」


 男性陣は眼を見開き、その笑顔を凝視する。

 久々に見る小人さんの屈託ない笑顔。


 そしてアドリスは、いつかどこかで聞いた懐かしい台詞に心が温かくなる。


 美味いか?


 んまぃ


 泣きながらスープを頬張っていた、ボロボロの小人さん。


 あれから数ヶ月。大きくなったよなぁ。


 懐かしさに眼を細めるアドリスを見て、千尋も胸が温かくなっていた。


 自分は何て馬鹿だったのだろう。ここは敵地じゃない。沢山の仲間がいる。

 こんなに親身になって心配してくれる人達に囲まれてて弱気になる理由なんてないじゃないか。

 いよいよとなったら、一人で逃げれば良い。それなら皆を巻き込まずに済む。

 アタシが来る前の元のお城に戻るだけだ。


 敵は国王夫妻だけ。


 すっかり吹っ切れた小人さんは症状も治まり、みるみる元気を取り戻していった。


 謂われなき理由で、唯一敵認定されている国王夫妻に合掌。


 しばらく後に、平民でも仮親になれるかと文官に尋ねるアドリスが、ドラゴに〆られるのを料理人らが目撃するのだが、それも御愛嬌。


 今日も怨みを込め、お城に向かって拳を振り上げる、元気な小人さんである。

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