返事を
昼過ぎに京都を発った私たちを乗せた新幹線が夕焼けの中を走っている。赤く燃える外の景色を眺めていると、前世の故郷を訪ねたときのことが思い出されて少し胸が苦しい。
私の乗る車両の座席は全て中学生が座っていて、みんな目をつぶって寝てしまっている。人が密集している空間でありながら、人の立てる音が聞こえないせいか、車両の中はどこか現実感が希薄だった。
京都駅で新幹線に乗ったばかりのころは、みんな今回の修学旅行の思い出を好きなように語り合っていた。中学生の体力は底なしではあるが、旅行というのは、やはり体力を消耗するらしい。二時間もすれば誰も彼も寝てしまっていた。
この車両のなかで未だに意識を残しているのは、私と、
「そろそろ、あの返事を聞かせてもらってもいいかな?」
目の前に座る山本陸斗くらいだった。
四人掛けの座席には私の班の四人が座っている。窓際が私と山本くん、それぞれ隣に陽菜と航平がいるが今は夢の中だ。起きる気配はまったくない。
「まだ修学旅行は終わってないよ」
「どのみち、今しか話す機会なんてなさそうだから」
山本くんの言うとおりでもあった。このまま地元に帰れば、私は彼に返事をしないままにしてしまうかもしれない。子供の寝息だけが木霊するこの車両の中は、彼に返事をするには丁度いい空間だった。
「わかった、返事をするね」
「うん、どうぞ」
「結論から言えば、私は山本くんと付き合うつもりはないよ」
山本くんの告白を拒絶する。私の言葉を聞いた彼の表情はとても複雑な悲しみに満ちていて、少なくとも中学生のできる顔ではなかった。
「……理由を、教えてくれるかな」
「理由を答える前に、私も一つ聞いていい?」
「うん?」
「私たちは補い合える、って山本くん言ったよね」
「言ったね」
「何を補うつもりなの?」
私も山本くんも、前世と今世で異なる性を生きている。今までも、きっとこれからも苦労することや、失敗することは多いだろう。
「そんなの決まってる、お互いの魂と身体だよ」
「それはわかってる」
「……僕らは内と外の性別が違う、お互いに必要なものを持ってないんだ」
「それで」
「僕らが恋人になれば、お互いにその背反性を打ち消し合えると思わないの?」
そういうと、山本くんはさらに具体例を出して説明を続けてきた。
「僕ら人間が磁石だとしよう、男がN極で女がS極だ。普通のカップルなら、なんら困ることはない。何もしなくても惹かれ合うからね」
「普通じゃない人は?」
「例えば僕は体がN極で魂がS極、桜田さんはその反対だ。体が魂のどちらかが、普通の人と引っ付いたとしても、必ずもう片方が反発してしまうんだ」
「言いたいことはわかるよ」
「僕らは大事なものが欠けている。それを埋めるためには、桜田さん、君だって僕みたいな相手しかいないんだ。そう思わないの?」
ここまで真剣な山本くんは見たことがなかった。きっと、これが彼の、もしくは、彼女の本心なのだろう。その本心には筋が通っているし、私も同じようなことを考えたことはあった。
「確かに、私たちには必要なものが欠けてるね」
「桜田さんも同じように考えてたんだね。じゃあどうして――――――――」
告白を断ったんだと聞かれる前に、私はこう言った。
「たとえ自分に欠けている部分があったとしても、私はそれを他人で埋めようなんて思わない」
それを聞いた山本くんは、ようやく納得したらしく「ああ、なるほどそういうことか」と小さく呟いた。
「君はやっぱり、男臭いね」
「そういう山本くんも、女性らしいね」
「桜田さんの今の台詞、すごく男子中学生っぽかったよ、中二病みたいで」
「ありがとう、山本くんの話もすごく女子中学生らしかったよ、ポエムみたい」
無害な毒のレッテルをお互いに張り合ってくつくつと静かに笑い合う。やはり、彼とは気が合うのだろう。こんな生まれ方でなければ、もっと良い友人になれていたに違いない。
「ねえ桜田さん、やっぱり付き合わない? すごく気が合うと思うんだ、僕ら」
「何度言われても断るよ」
山本くんから目を外して窓の外を見た。夕日が沈むには、まだもう少し時間がかかりそうだった。
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