山本陸斗
「山本くん、前世って信じる?」
突拍子もない私の発言。かなり真面目なトーンで言ったので、大人どころか中学生が聞いても私のことを電波系かと疑うだろう。若しくは中二病か。陽菜に言っても、航平に言っても馬鹿にされて正気を疑われるはずだ。
けれど山本くんは、ニコリと笑ってからこう言ってきた。
「もしかして桜田さんも?」
「そうだって言ったら?」
「僕もそうだって言う」
お互いに愛想笑いをしながら、変な牽制をしあう。だが納得できた。山本陸斗という人間の異質さの理由がわかってほっとする。
相手の秘密がわかったところで、新しい推論が生まれたのでついでにそれもぶつけてみる。
「桜田さん、前世は男でしょ?」
「そういう山本くんも、前世は女だよね?」
私が言おうと思ったことを、山本くんも同時に考えていたらしい。
これ以上ないくらい、お互いに息が合っている。自分もそうだから相手の気持ちもわかる、なんていうレベルじゃない。もし私と山本くんが恋仲であれば、非常に気の合う間柄になれることだろう。
何が面白いというわけではないが、私も山本くんも静かに笑い合う。誰もいない教室は、私たちの一体感を高める良い材料になった。
「なるほど、道理で桜田さんから魅力を感じるはずだ」
「へえ、気持ち悪いとか思わないの?」
「全然、むしろ余計好きになった」
「それは異性として?」
「当然」
誇らしげに話す山本くんはとても男らしいが、どこか作り物めいた男らしさでもあった。
「桜田さん、僕らはお互いに補い合える存在だと思うんだ」
「へえ」
「君と友達になりたい」
そういうと彼は右手をこちらに差し出してきた。航平と同じで、竹刀を振ってできた豆のある、とても男性的な右手だった。
握手を求められてそれを断れるほど私は彼のことを嫌いにはなれないので、私は彼の右手を握り返した。
「ゴツゴツしてる」
「桜田さんの手は滑らかね」
相手の性別の特徴を言い合ってから、しばらく無言の状況が続いた。握手をしたまま動かずに、相手の出方を探る。
先に口を開いたのは山本くんだった。
「桜田さんってさ、隙だらけだよね」
そう言うや否や、山本くんは握った手を自分の方向に引き寄せて、私を抱き締めてきた。
握手した手はすでに解かれていて、左腕で肩を、右腕で私の頭を抱え込んできた。体格差があるため、私はすっぽりと彼の胸に嵌まってしまう。山本くんの学ランが顔に押し付けられて、制服特有の匂いや、その奥からは汗の匂いも感じる。
いきなりの行動に少し腹が立ったが、私は冷静にこう言った。
「もし山本くんの前世が女性じゃなかったら、私は君の股間を蹴りあげて、大声で叫んでたよ」
「この状態でも、まだ人を気遣うんだね」
抱き締める力が強くなった。少し息が苦しくなる。
「ん……そろそろ離して」
「ちょうどいいと思うんだ、僕らは」
「私の話聞いてる?」
「桜田さん、これは真面目な話なんだけど」
「……なに?」
「僕の恋人になって欲しい」
今まで何度か告白されたことはあったが、ここまで密着した状態で言われたのは初めてだ。
何と言うべきか迷って言い淀んでしまう。
「……ええと」
「返事は今じゃなくていい、航平のこともあるし、僕らは状況が特殊だから」
そういうと山本くんは私を抱き締めるのを止めて、解放してくれた。制服にシワがついてないか軽く確認してから、彼の目を見る。
とても真面目な表情で、普段の作り物みたいな男らしさとは真逆の、どこか女性らしさを感じさせる顔だった。
「改めて言うけれど、僕らはお互いに補い合える、ちょうどいい存在だ」
「それはまあ、わからなくもないけど」
「だから修学旅行が終わったら、返事を聞かせて欲しい」
「……わかった」
「ありがとう、じゃあ僕は部活に行くよ」
そういって山本くんは鞄を持って教室を出ていった。一人残された私は、どうするべきかと考えながら来週に控えた修学旅行に思いを馳せていた。
山本くんが私と同じ班なのはすでに決まっているのだ。
さて、修学旅行に話を戻そう。
学校の校庭からバスで出発した私たちは、30分ほどで地元の新幹線の駅に到着した。駅のホームに集められた私たち中学生は、新幹線が来るのを心待にしている最中である。
「美咲…………背中さすってくれ」
「はいはい」
「ありがとう……」
「バスの運転手がハズレだったね」
下手な運転手のバスに揺られたせいで、吐き気を堪える航平の背中を私はさすっていた。まったく、手の掛かる幼馴染だ。
そんな私たちを眺める陽菜と山本くんがヒソヒソとなにかを話している。
「完全に姉と弟って感じやな」
「見た目は兄と妹なのにね」
陽菜が私と航平をからかうのには完全に慣れたが、山本くんが私を見る目を直視できない。別に山本くんが悪いわけではないのだけれど。こればかりは仕方がない。
なんて考えていると、線路の続くトンネルの奥から新幹線がホームにゆっくりと現れた。
「ほら航平、新幹線来たよ」
「おう……」
新幹線に乗り込んで、二人掛けの座席が向かい合っている場所の一つが、私たちの班に与えられたシートだった。
「航平、荷物お願い」
「ああ、了解」
天井にある荷物置きに手が届かないので、航平に頼る。持ちつ持たれつの関係が心地よい。
その後、四人で自由時間になにをしようか議論しているうちに航平の体調もだいぶ戻ってきた。
「新幹線は大丈夫やねんな」
「ああ、揺れが少ないからな」
陽菜が聞いて航平が答えたところで、車両にいる担任の先生がお昼の合図を出した。各自、持参してきた昼食を取るようにとのことだ。腕時計を見ると時刻は12時、修学旅行のしおりの予定通りだ。
「航平、お願い」
「あいよ」
天井の荷物置きのカバンの中にお弁当が入っているので、私の分も取ってもらう。
座席に戻ってきたときの航平の両手には、使い捨ての容器に入ったお弁当が2つ握られていた。
「はいよ美咲」
「ありがと」
小さい方のお弁当を受けとると、陽菜が私のことをじっと見ていることに気がついた。私というよりは、私と航平のお弁当を見ているのだけれど。
「なあなあ山本くん」
「なに、佐久間さん?」
「美咲と航平くんのお弁当が同じに見えるんやけど」
「僕にもそう見えるよ」
陽菜はニヤニヤしながら、遠回しにこちらをからかってくる。そんな陽菜に返答したのは航平だった。
「そりゃ美咲に作って貰ったからな」
「ほー、愛妻弁当ですやん」
「航平のお母さんが忙しいから、ついでに作っただけ」
一応言い訳してみるが、陽菜のニヤケ顔は収まらなかった。こうなることを覚悟の上で弁当を拵えたので別に構わないが、山本くんから差し向けられる視線をどう解釈するべきかがわからなくて困惑してしまう。
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