鉄の鎖

 

 目が覚めると新幹線の外は真っ暗になっていた。外から差し込む光がなく、新幹線の内部は人工的な光で満ちていた。アナウンスを聞くと、もうすぐ目的の駅に到着するらしい。ちょうどいいタイミングで起きることができて良かった。新幹線のホームに降り立ち、近くの路線に乗り継いで家まで帰る。

 最寄り駅に着いたあと、今日の晩御飯を考えていなかったのを思い出した。


「固いものが食べたいな」


 無性に、歯応えのある何かを食べたくなった。

 駅の側にあるパン屋に入ると、カゴに突き立てられているフランスパンが目についたのでそれを一つ購入した。冷蔵庫に残っている野菜とソーセージでポトフでも作ろうか、などと考えながら家まで歩く。



 それにしても、先ほどから腐った鉄のような不快な匂いがするのは何故だろうか。最初はどこかで工事でもやっているのかと思ったが違った。そもそも、歩いて場所を移動しているのに鉄の匂いは私を追いかけてくる。


 私が出掛けている間に、この町の匂いが変わってしまったように感じた。場所に関係なく時折感ずる不快な匂いを疑問に思いながらも歩きつづけマンションに到着した。

 エレベーターに乗るとその匂いはさらに強さを増した。本当に、一体どこから来た匂いだというのだ。


 フランスパンの入った紙袋を持ちながら、鍵を開けて家に入る。さすがに家の中は大丈夫だろうと思っていたが、腐った鉄の香りはまだ私を追いかけてきた。


 不快感にイライラしながら靴を脱ぐために屈む、その時、手首がズボンの内股に触れてヒヤリとした冷たさを感じた。やや滑り気のある、湿ったズボンは気持ち悪い感触を与えてくる。

 濡れた手首を鼻に近づけ匂いを嗅ぐ。

 先ほどから私を追いかけてくる腐った鉄の匂いは、これだった。というか、なぜここまで気がつかなかったんだ。


「なるほど、そっか」


 お風呂に入らなきゃな、あとアレも用意しないと。




 洗面所でズボンと下着を脱ぐ。その惨状を見るに、洗濯機に放り込んだところで意味がなさそうなので新聞紙にくるんで捨てることにした。ズボンと下着をくるんだ新聞紙を丸めてゴミ袋に入れてしっかりと縛り密閉する。


『お風呂が沸きました』

「はいはい」


 アナウンスが鳴ったので着替えとバスタオルとナプキンを持って洗面所に向かう。

 さっさと体を洗ってしまおう。どろどろした赤色を洗い流したい。


「もう、男じゃないんだからさ」


 誰に言い聞かせるわけでもなく、一人そう呟いた。




「あー、さっぱりした」


 お風呂から上がりバスタオルで体を拭いていく。もうあの不快感はない。とうとう私にも初潮が来てしまったのかと、感慨にふける。前世の自分が居ないことを確認した日にこれを迎えるとは、なんと因果なものか。


 全裸のままドライヤーで髪を乾かした。

 その後、慣れない手付きで下着にナプキンを張り付けて太股をそれに通した。ゴワゴワした初めての感触が不気味に思えて仕方ない。


「すぐに慣れるだろうけどね」


 パジャマを着て洗面所から出てネットを立ち上げる。デスクトップのIEをクリックしてお気に入りを開き、その中のAmazonをクリックする。

 下着とズボンがダメになってしまったので、新しいものを買わなければならない。どんなズボンを買おうかとお風呂のなかで考えていたが、Amazonで見てから決めることにした。


 検索エンジンにカーソルを合わせクリックして半角を押す。何と検索しようか迷いながら、とりあえず『女性服 ズボン 子供用』と入力した。

 検索結果がすぐに出て来て、目の前にはいくつもの商品が並べられている。様々な色や生地のズボンをスクロールしながら品定めしていく。


 以前ならすぐにこれを買おうと決断できたのに、今はどの商品を見てもピンとこない、というか目が滑る。


「なんか違う気がする」


 いくつもの選択肢を提示されているのにどれか選べない、とりあえずズボンは後回しにして先に下着を選ぶことにした。


「あ、この下着可愛い」


 下着は一瞬で選ぶことができた。気に入ったものがあったのですぐに買い物カゴに入れる。

 即断即決、うん、普段はこんな感じなのに何故ズボン一つ選ぶのに迷っていたのか不思議だ。


 下着で検索していたタブを閉じて、再びズボン選びに入る、しかし私が良いと思うものはなかった。


「なんでこんなに迷ってるんだろう」


 そういえば、ズボンではなくガウチョパンツという手もある。タブを消して検索エンジンの入力フォーラムをクリックしてキーボードに指をのせる。


『女性服 がう』


 と打ってから、やっぱりそれを消した。

 私は少し考えてから改めてこう打ち込んだ。


『スカート』と。


 欲しいものはすぐに見つかってしまった。


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