義妹に婚約を押し付けられた辺境伯は、正体を隠した次期皇帝でした(修正版)

大舟

第1話

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「…シンシア、屋敷の掃除はまだ終わらないの?」


「…シンシア、たかだかディナーを作るだけなのにいったいどれだけ時間がかかるの?」


「…本当に、役に立たないんだから…」


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 私は今、母のマリアーナと妹のナナとの三人で暮らしている。とは言っても、この二人と私は血は繋がっていない。母が他界し、すぐにマリアーナと再婚した父。その時マリアーナが連れてきたのがナナだった。父の前では可愛らしく振る舞う二人であったけれど、父の目がなくなるとすぐに罵詈雑言を私に浴びせてくる。私も最初は反発したりしたけれど、二人相手にはどうしても無力で、次第に歯向かう心も失われていった。

 何より、父もまた他界してしまったことが私の心へとどめを刺した。マリアーナとナナは、元から父の遺産や地位が目当てだったのだろう。父は高位の貴族であったため、その位は妻であるマリアーナがそのまま継ぐこととなった。それからというもの、私への二人の攻撃はさらに悪質なものとなった。


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「ねぇシンシア、ここの数字書き換えておいてくれるかしら?」


「こ、これって犯罪ですよ、お母様…お金、無駄遣いしすぎなんじゃ…」


「はぁ?仕方がないでしょう?新しいお洋服や宝石で身なりを整えるのは、貴族の女として当然のことですもの。あなたはそんな事しなくてもいいんだから、いい身分よね」


「そ、そんな…」


「とにかくやっておいて頂戴。しくじったら、全部あなたの責任として帝國に報告するから」


「…」


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 それが、ついこの間の出来事。結局私は数字を書き換えず、そのために帝国から金銭的な援助は受けられなくなった。貴族家のお金を勝手に使い込んでお金が無くなったのだから、援助など受けられようはずもない。しかし二人ともその責任を私に押し付け、私への攻撃は一段とエスカレートした。

 自室に戻ると服が全て破られていたり、部屋に汚水がまかれていたり。私だけ食器をひっくり返されて、食べるものがなくなることだって何度もあった。たまに二人が食事を用意してくれたと思ったら、虫の幼虫が入っていたりしたこともあったっけ…

 私も当然、反撃してやろうと思ったこともある。しかしここでやり返したところで、結局は倍になって跳ね返ってくるだけで、何の解決にもならない。何より、やり返すことでこの二人と同レベルの人間になってしまうのではないかと、私は思ってしまっていた。

 そんなある日、突然の事だった。


「ねぇナナ、あなたに手紙が来ているわよ」


「手紙?」


 今日はかなり珍しく、三人が同じ部屋にいた。どうにも違和感があるなと思っていたけれど、きっとこの話をするのが目的だったんだろう。

 ナナは手紙の裏面に書かれた差出人の名を見て、あからさまに不機嫌な表情になる。


「げ…フォルツァ伯爵からだ…」


 私も名前は聞いたことがある。確かフォルツァ伯爵は、中央都市からかなり離れた場所に住む、いわゆる地方貴族。中には辺境伯なんて呼ぶ人もいる。評判はお世辞にも良いとは言えず、容姿が非常に醜いだの、女癖や酒癖が悪いだの、嗅いだことのないような悪臭を放つ男だの、散々な言われようだ。

 ナナは手紙を汚物のような目つきで見つめ、内容に目を通している。読み終えたらしいタイミングを見て、母が声をかける。


「それで、あの男はなんですって?」


 母のその問いに、ナナは手紙をゴミ箱に放り投げる形で答えた。


「ありえないわ!信じられない!私と婚約をしたいから、会って話さないか、ですって!全く汚らわしい…」


 ナナは自身の腕をさすり、鳥肌でも押さえているようだ。かなり身震いしている。しかしその震えが、ぴたっと止まった。


「…そうだわ、いるじゃありませんか。丁度いい婚約者が」


 好きなおもちゃを見つけた子供のように、心底楽しそうな目で私の方を見る。母もまた、同じ表情を浮かべながら言葉を放つ。


「…くすくす。よかったわねシンシア。あなたに結婚なんて絶対に無理だと思っていたけれど、ぴったりな相手が見つかったじゃない」


「決まりね!じゃあ私は伯爵に返事を書くわ!」


 私の言葉など一切聞かず、勝手に話が進められていく。二人は心底楽しそうで、嬉しそうだ。…きっと、私が伯爵家で散々な思いをさせられるところを想像でもしているんだろう。

 …けれど、不思議と私に抵抗する気は起きなかった。どうにも私には、伯爵がそんな人だとは思えなかったから。…これはただのお人好しな考えなのかもしれないけれど、私の心にはそんな思いがあった。

 返事が贈られてからしばらくして、再び伯爵から手紙が届いた。私との婚約を、是非受けたいと。

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