第155話


 何故か主要な登場人物が揃ったところで、呆然とする私の心を読んだアンが口を開いて話始める。


「イェナ様が帰宅された時に異変を感じて、すぐにあなたの安否を確認させたの。アロ様たちが匿ってるってことはすぐに分かったんだけど……ジャムがそこの女とイェナ様の会話を聞いてね、ナツの身が危ないとアロ様にすぐに連絡したのよ。それから私たちはあなたを守るためにアロ様たちと手を組んで逐一情報交換をしていたの」

「え……?」

 無意識のうちにアンのジャケットの背中部分を掴んでいたことに気付いてパッと離せばアンがこちらに顔を向けて微笑む。


「そして私がアロ様と、ジャムはノエン様と連絡を取り合って、ロールにはミルを尾行させて動向を探ってたの。幸い、イェナ様のことを信じ切っているようだったから他の刺客は手配していなかったみたいね」

 全てを説明してくれて、こんなにも大勢の人を動かしてしまったことに恐れ慄く。腰を抜かしてしまいそうだ。


「……はは」

 ──それ以上に、嬉しかったのは言うまでもない。



 ノエンが私のところまで来てポンと肩をたたく。それはまるで「もう大丈夫だ」と言ってくれているようだった。

「兄貴、らしくねーじゃん」

 ノエンはイェナを鋭く睨んだ。肩に置かれた手が力んで少しだけ痛い。


「守れって、言っただろ……っ」

 決勝戦での約束を思い出す。今はもう、「言われなくても」と即答しない彼に、何度目か分からない悲しみを抱く。

「……」

 黙ったまま、月を背にしていたせいでイェナの表情は影が隠していた。



「……なんなのよ……っ」

 最早、ミルに勝機はないだろう。苦々しく吐いた声が静かなこの空間に虚しく落ちる。そんな彼女を見て、ノエンが再び口を開いた。


「──アロ、お前に提案がある」

「……なんだい?」

「ミルとかいう女を殺す。兄貴がナツを殺す前に」

「なっ……」

 人殺しを嫌がっていたノエンが私のせいで手を汚そうとしている。自分の信念を曲げてまで、私を助けようとする。


 ……やはり元の世界へ帰った方が良かったのだろうか。私はこの世界に悪影響しか与えないのではないか、という悪い考えしか浮かばなくなってしまう。


「依頼主が死ねば、契約は破棄……だったよな?兄貴」

「……そうだね」

 依頼主を殺されるかもしれないのに、イェナは冷静に答えた。そのせいかミルがガタガタと体を震わせている。

「奇遇だね。ボクもそれは思ってたんだよ」

 舌舐めずりをしたアロが久しぶりのサイコパス顔を表に出したことで、私の背筋もゾクリと粟立った。


「なんなの!?なんでこんな小娘を皆して……っ」

 震えながらミルが叫ぶ。目には涙を浮かべて、初めて会ったときの堂々とした振る舞いは見る影もなかった。


「彼女に魅力があるのは否めないよ?イェナが初めて恋したコだもの。……イェナがなっちゃんを大切にしてたのは婚約者だからじゃない。“ナツだから”大切にしてたんだよ。大切だから恋人になった。だからどう足掻いたってキミには無理なのさ。人としても、女としても負けてるから♡」


 ──イェナだけじゃなかった。私はたくさんの人に愛されているんだ。

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