第94話
手が随分と温かくて、誰かが握ってくれているのだと分かる。ぎゅっと握り返して、私は目を開けた。
「……あ、起きた」
「イェナ様……」
目の前は天井と恋人の顔でいっぱいだ。起き上がろうとしたが、イェナに制される。
「……馬鹿じゃないの」
ぽつり、と溢れた言葉。あまりにも弱々しくて見上げたイェナの顔が意識をなくす前のものと重なる。
「自分には治癒効かないのになんで庇ったりした?」
なんだかんだいつも私に甘いイェナが珍しく責めるような口調で問いかけた。
「……咄嗟に……」
恐る恐るそう言うと、盛大にため息をついてベッドに腰掛ける。
「前にも言ったでしょ、死んでほしくないって」
「はい……」
私の髪や頬、目元を指先でなぞって、最後に頬を抓られた。思わず「ふぁ!?」と声をあげるとイェナは私に覆い被さるようにしてキスをした。
「勝手に死んだら──殺そうと思った」
「……ふふふ」
矛盾だらけの脅し文句。だけどそれはひどく甘ったるい殺し文句のようにしか聞こえなかった。
「──ねぇ、イチャつくなら別のところでやってくれる?」
呆れたような声色にビクッと身体が揺れる。声のした方を向くと、医務室の扉の前に白衣の美女が立っていた。イェナとその女性は顔を見合わせるとお互いに盛大なため息をつく。
「全身の怪我の具合診るから、一旦出て行って」
シッシッと追い払うようにイェナを促すと彼は不満そうながらも大人しく医務室を出ていった。
「あ、あの……あなたが私を治療してくださったんですか?」
「ええ、私はアイン。あなたと同じ能力を持ってるの」
アインと名乗った女性は私の服を脱がして傷の様子を診ていく。ふわりとタバコの匂いが鼻をかすめた。
「ありがとうございます。本当にどこも痛くなくて……私よりずっと強い力を持ってるんですね」
ヒリヒリする部分はあるが、激しい痛みは感じない。チラッと見ただけでも私の体には小さな切り傷や擦り傷程度のものしか残っていなかった。
「私は唇を通して直接エネルギーを流し込むの」
「そうなんですか!?」
予想外のカミングアウトに思わず自分の唇に触れる。こんな美女とキスしたなんて……。思わずにやけてしまった。
「軽い怪我ならあなたと同じやり方でやってるけどね?あなたの状態は酷かったから……」
「そうなんですか……」
あの痛みと衝撃を思い出すと身震いする。もう2度とあんなことはしたくない。やろうとしても、きっとイェナがそれを許さないだろうけど。
「あなたに口付けたら、イェナがやきもち妬いてずっと睨んでくるのよ」
「ええ……」
やれやれと言いたげに呆れた笑みを浮かべるアイン。今まであまり女性との関わりがなかったから、同性にも嫉妬するなんて思ってもみなかった。でも容易に想像できてしまう。
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