第38話


「くくく……。イェナの目、見たかい?“ナツに傷一つでもつけたら殺す”って言ってたよ」


 お腹を抱えてアロが笑う。確かにあの顔はいつもの「殺すよ」だった。冗談なんかじゃなく、本気のやつだけどね。

「……満足ですか」

「うーん、そうだね。予想通りの展開すぎて面白いよ」

「ご期待に添えたようで良かったですよ」

 アロに軽口をたたきながら、やはり悔しいくらいスマートなエスコートに促されて会場内へ足を進めた。



 イェナやミルとは接触しないように気を配りながらアロの隣で適度に食事を楽しむ。ワインを手にしたアロが私にも勧めようとして「あれ、ナツっていくつだっけ?15歳くらいか」なんて失礼なことを言うものだからヒールで足を踏みつけようかと思ったけれど後が怖いからやめた。童顔、幼児体系で悪かったですね。


 ジュースをちびちび飲む私に「──そろそろだよ」と言ったサイコパスは声を潜めて私の耳元で囁く。擽ったくて肩を上げてしまうと、アロが小さく笑ったからきっとワザとだったのだろう。


「五分後にミルが会場内全ての電気を消す。それが合図だよ」

 今にも暴れだしたいとウズウズするアロを横目に緊張感から背筋を伸ばす。


「イェナの暗殺対象は一人だけ。彼はその混乱に乗じてそいつを殺る」

 このパーティーの主催者である男がターゲットらしい。そしてその男は現在自室にてスピーチの準備をしているのだという。一人でいるところを狙って暗殺する手筈だそうだ。


「そしてボクは──ここの雑魚を大量虐殺」

 まるでクリスマスを待つ子どものような嬉々としたアロの声に背筋が凍った。こういう人だと知っていても、改めて実感すると怖いものだ。


「イェナは無駄な殺しはしないからね。招待状なんかを用意する代わりに余りものをボクがいただくのさ」

 私は今更ながらこの男についてきてしまった自分を呪った。


 震えそうになる手をぐっと握りしめて耐える。5分という時間があまりにも長く感じられた。



「……5」

 アロがカウントし始め、その時が来たことを知る。

「……4」

 私が何かをするわけではないが緊張で吐きそうだ。


「3」

「2……」


 主の姿を思い浮かべ、さすがに人様が死んでくれることを祈るわけにはいかないので──彼に怪我がないことを願った。



「──1」


 一気に視界が真っ暗になる。電気が消えたのだと理解する数秒で何かが切り裂かれる音と断末魔の叫び声が響き渡る。それも複数の──何十人もの声が木霊して耳がおかしくなりそうだ。震える足で後ずさり、壁際まで避難すると蹲った。耳を塞いでみるがそれすら意味を成さないほどに辺りは悲鳴で埋め尽くされていた。


 ガタガタとみっともなく震えていると、ふいに静かになる。終わったのか、と息を吐いた瞬間、シャンデリアに明かりが灯った。


「……ッ」

 辺り一面は鮮血に染められ、そこら中に生首が転がっている。

「……呆気ないなぁ」

 この部屋の中、五体満足で立っているのは私と彼──つまらなさそうに首を鳴らすアロだけだった。


 立ち込める血の匂いと目の前の光景があまりにも衝撃的すぎて、震える足はもう機能を果たさず崩れ落ちる。そのまま私は意識を失った。

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