第34話

 イェナの部屋に着くと、真っ先に向かったのは各個室に備え付けられているシャワールームだった。


「アロの匂い……ムカつく」

 イェナの呟きを聞き返そうとする前に浴室に放り込まれる。そして服は着たまま、イェナがシャワーの蛇口を捻った。


「きゃっ」

 ぬるま湯が勢いよく降り注いであっという間にびしょ濡れになる。そしてそれはイェナも同じ事。


「……はやく匂い消して」

 匂いを水で洗い流すかのように水の勢いを強められた。水で視界を遮られ鮮明には見えなかったが、彼の瞳がどこか寂しげだったのは気のせいだろうか。




 私が水を含んで重くなったメイド服の心配をしているうちに5分ほどが経つ。恐る恐るイェナを見上げて口を開いた。

「……もう、大丈夫だと……」

「……ん」

 蛇口をさっきとは反対側に捻ってシャワーから出る水を止める。私を見下ろしながら片手で長い髪をかき上げる仕草が色っぽくて思わず見惚れる。


 そんな私の後ろの壁に手をついて──所謂壁ドン状態。少しでも身動ぎしたら身体のどこかが触れてしまいそうだ。



 そしてそのまま身を屈めると私の首元に顔を埋めた。香りを確認するかのように鼻をこすりつける姿は犬のようだ。硬直する私になど気づかないまま

「……まぁ、いいか」

 と納得したように頷いて体を離した。そして私の手を取ると、アロに口付けられた手のひらをじっと見つめ、眉間に皺を寄せる。

「ここも洗わないと」

 どこからともなく出してきたスポンジで力いっぱい擦られた。


「いったーい!いたい!いたい!」


 皮膚が捲れ上がるかと思うくらい強い力に思わず叫び声をあげる。するとイェナは「あ、ごめん」といつもの棒読みで謝って一旦洗うのを止めてくれた。



「──嫌がったら殺すよ」

 物騒な言葉の後──あまりにも優しい口付けが手のひらに落ちてくる。一瞬何が起きたのか理解できなくて再びフリーズした私。イェナは「タオルと着替え持ってくるから待ってなよ」と何事もなかったかのように浴室を出て行った。


 へなへなと腰が抜け、座り込むと手のひらを凝視する。それはいつもと変わらない柔らかそうな自分の手のひらだったけれど──イェナの行動を思い出して漫画のように(ここは漫画の世界だけど)ボンッと顔が爆発してしまいそうだった。

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