第21話 大嫌いの愛

早苗と砦は一人の少女を前に息を呑んだ。


「貴方もここにいたのですわね」


「私はお嬢様を憎んでいましたから。

夢詡彩様が私に全てをくれたんです。」


「それは、間違っていますわよ」


早苗は剣を、砦はナイフとフォークを構えた。


「何が間違いなのです?貴方は私を見下していた!夢詡彩様は対等でいようとしてくれる」


「貴方が罪星に様を付けているのが対等でない証拠ですわ」


有栖は早苗に鉄の爪を立てる。

剣でもすぐには斬れない鉄の爪。


「有栖、貴方のように『運営』になった人を

知っています。今更ショックは受けません。

けれど、楽しくはないものですわよ、

自分を理解してくれた従者と戦うのは」


「だから...なんです?」


「『そこに座りなさい!』」


能力名も言わず、命令をする。

有栖はきっちりと正座するより他なく、

自然と上目遣いに早苗を睨みつける。

早苗は有栖に近づいてしゃがみ、視線を合わせると有栖の頭を優しく撫でる。


「わたくしは貴方を見下していましたね。」


「は...?」


「自分でもわかってはいるのです。

小さな頃から貴方に頼りきりで、私の能力の問題もあって、貴方を縛り付けて。

裕福な家庭での厳しい教育は、わたくしの能力の元には何も意味をなさなかった。

わたくしは能力に甘え、自惚れていましたわね。皆がわたくしを遠ざけた中、貴方一人

わたくしの見方をしてくれた。

同情でも冗談でも嬉しいものでした。

今までは邪魔なプライドのせいで酷い扱いをしてしまいました。けれど、愛していたのですわ。それを聞いて欲しかった。」


有栖にかけていた能力を解く。


「わたくしは甘えません。」


「謝られても私が受けた屈辱が無かったことになるわけではありません。」


「いいえ、謝ったわけではありません。

わたくしも貴方に馬鹿にされていました。

言葉の端々から伝わるのです。

わたくしの愛は大好きの愛ではない。

大嫌いの愛なのです。素直な気持ちを言えてスッキリですわ!」


「早苗さん...」


悲しそうに笑う、嗤う早苗を砦が心配そうに覗き込む。剣を構え直し、鼻でフンッと呆れた声を出す。


「砦、行きますわよ!」


「は、はい!」


砦に投げられたナイフは有栖の膝に当たり、

有栖の動きを止める。


「『敬愛』!」


有栖が唱えると砦がその場に倒れる。


「砦!?」


「有栖様...有栖様は素晴らしいです。」


「早苗を始末なさい」


砦はナイフをもう一本取り出し、早苗に向けて投げる。当たる寸前のところで剣によって弾かれ、ナイフは無力にもポトンと落ちる。

ナイフを弾いた後の動きが止まる瞬間に有栖が入り込み、鉄の爪で早苗の服の裾を切り裂く。


「くっ...砦!そのままでは役立たずですわよ」


「貴方の上部だけの支配とは違う。

私のは自分の意思で行動するように仕向ける能力。この人は私の意のままに、でも自分の意思で動いてる。貴方にこの洗脳が解けますか?」


「洗脳...なのね?」


「えぇ。」


「だったらわたくしたちの勝利です」


爪を振りかざした反動で体勢を直す有栖の脇腹を砦がナイフとフォークで同時に突き刺す。


「...っあ...」


予想しなかった出来事に有栖は脱力する。


「何が...どうして」


「貴方の敗因は砦の能力を知らなかったこと。それだけですわ。貴方の能力・鉄爪を自在に扱う力はわたくしより遥かに強い、強者でしたわ」 


とどめを刺そうと有栖に近づき、剣を振り上げる。


振り下ろした瞬間、抵抗しようと大きく振り回した有栖の鉄爪が早苗の心臓部に刺さる。


「あ...っ...」


一瞬のことだった。

斬られた有栖は当然動かなくなったが、

動いているはずだった人物が倒れていく。

白目を剥いて痙攣して、とても高貴で美しい人とは思えない姿で意識を失っている。

深く抉られた形跡のある胸部は、もう戻らない命であることを物語っていた。


最期、震える早苗の手が砦のことを押し出した気がした。

進めと、止まるなと。



そして砦は早苗の剣を握りしめて場を後にした。










爆発音のした方向に惟呂羽・恋音・炎が向かっていると灰色の髪の少女が立っている。


「美取ちゃん」


「惟呂羽ちゃん」


互いの名を呼び合った二人を見て、暗黙の了解で残りの二人は先へと向かう。




少し進み、


「来たな、大食砦はどこだ...?」


八月一日愛羅がこちらを睨む。



「砦ちゃんなら」


「ここに...いるっす...よ!」


激しく息を乱した砦が堂々と立っていた。


「何か用っすか...?罪星のお仲間さん?」





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