一挙両得
それを確認した昇太郎は最初こそ肉を食べようとしたまま開いた口が塞がらない程驚いたが、すぐにそれは不敵な笑みへと変わった。
「おいおいおい、山兎を捕まえて腹膨れてラッキーと思いきや、今度は目的の妖魔集団まで出てきやがったのか!
どうしたよ、今日の俺!
幸運連発しすぎて明日には氷柱でも降りそうな勢いだな!
山兎さん様様じゃねえか!
良い餌になってくれたぜ。
感謝しねえとな。」
昇太郎は持っていたこんがり焼けた山兎の肉を自分の前に掲げ、露骨に妖魔達が見える位置に持っていった。
それを見るなり、妖魔達は興奮した様子で各々が奇妙な行動を取り出し、異様な光景を昇太郎に見させた。
「こいつが欲しいのか?」
昇太郎がそう問いかけると妖魔の1匹が我慢ならない様子で手を伸ばした。
だが、先駆けをする事に納得がいかないのか、別の妖魔がその妖魔を手前に引き戻した。
引き戻された妖魔は怒った様子で引き戻した妖魔を殴る。
それを受けた妖魔もその妖魔を殴り返し、それがきっかけでその場にいた妖魔全員が互いに互いを殴る蹴るの大乱闘が始まった。
目先にある食べ物を奪い合う為、邪魔になる存在を先に消す。
刀を使わない辺り、互いの仲間意識が本能的にあるのかは分からないが、それでも醜い争いに変わりはなかった。
その様子を側から見ていた昇太郎はその肉に一口齧り付く。
目先の目的である山兎の肉を食べられても気付かない辺り、余程互いの喧嘩に夢中になってるのだろう。
「てめえらがそこで殴り合いの喧嘩してればいつかは共倒れで俺の不戦勝だが、そんないつかを待つ程、俺は心に余裕がある人間じゃねえ。
それにこれは仕事だ。
仕事となる以上、早く片付ければ片付ける程、上司からの評価も高くなるんでな。
美月さんからの評価が高くなりゃ、俺も最高よ。
その為に同士討ちに乗じての漁夫の利、取らせてもらうぜ!」
昇太郎は自分の刀を利き手の右手に山兎の肉を刺した木の枝を左手に持ちながら今も尚、互いを殴り合う妖魔集団に突進していった---
一方、美月は匂いの発生源の方向を正確に把握しながら歩き続け、徐々に昇太郎との距離を詰めていった。
(あーもう…頭では駄目って分かっているんだけど、身体が勝手に反応して足がどんどん先へ行かせる…。
お腹だってさっきよりもかなり空いてきてるし、我慢の限界がきてる…。
仕事をしなきゃいけないのに生存本能が仕事よりも食べる事を優先して身体が言う事を聞かないわ…。
どうしよう、このまま成果なしで1日を無駄に過ごしたら…。
昇太郎だって頑張ってるかもしれないのに…私、上司として、石金の美月として昇太郎に顔向け出来ないかも…。)
そんなマイナスな考えが頭を巡らせながら歩いていると、ふと目線の先に赤い物体が目に入った。
それは時折撫でる風によってゆらゆらと揺れ、頭の先からは煙が立ち上っていた事から炎だと推測出来た。
そんな炎の前に突然2つの人影が現れた。
1つはどこかで見た事があるような姿でもう1つは人影とは言えないような異様な形をしていた。
そして、その人影はもう一方の人影が起こしたアクションによって地面に力なく倒れた。
(うん、何だろう?
今の倒れたのは恐らく妖魔よね?
姿形も奇妙な形をしていたし、動きだって人間のそれとは全くの別物だから。
そしたら、もう片方は…まさか…!)
美月は逸る気持ちを抑えられずに期待と不安が混ざった複雑な心境のまま走り出し、炎がある方へ向かった。
そして、その人物の近くまで寄ると、そのまま大声で声をかけた。
「昇太郎、大丈夫!?」
「えっ、美月さん!?」
「良かった…無事だったのね…って、あなた何食べてるの!?」
「えっ…いや…これはその…山兎を焼いた芳ばしい香りで妖魔達を釣れるかなぁって思って実験していたんですよ。
へへへ…。
別に…サボってたとか、そういう事じゃないんです…。」
「はぁ…何よ、それ?」
そうして、昇太郎の元へ歩こうとしたが、最初の一歩で踏み出した足の感触が異様なものだと気付き、足下を見た。
すると、辺り一面に妖魔の死骸が転がっていた。
見渡す限り、妖魔の死体の山を見た時、常人であれば気が狂いそうなではあるが、美月は何とも思ってないようだった。
「さっきの眉唾の話に戻るけど、あれ成功したの?
この死体の山、明らかに私達の目的の妖魔集団よね?」
「そ、そうなんですよ。
俺が山兎を仕留めてそれを焼いて食べようとしたら…」
「食べようとしたら?」
「…じゃなくて、食べるフリをしたら、丁度隣に気配を感じて見たら、俺の予測通り妖魔集団がいたんです。
なので、殲滅しときました。」
「ふーん…。」
「………。」
訝しんだ瞳で昇太郎と妖魔の死体の山を交互に見つめる美月。
「まぁ、実際に戦果は上がってるみたいだし、これで仕事完了ね。」
「…はぁ…。」
その美月の一言を聞き、昇太郎は安堵したように1つ溜め息を吐いた。
「ところで、美月さんはどうしてここに俺がいるって分かったんですか?」
「えっ!?
そっそれは…こ、この美味しそうな匂いに釣られて…」
「えっ、何ですか?」
「………!
私の事はどうでもいいじゃない!
それよりもあなたは今回の手柄を総取りしたんだからもっと大いに喜びなさいよ!」
美月は赤くなり、恥ずかしさを誤魔化すように大声で昇太郎を怒鳴りつける。
「えっ…あっはい!
嬉しいです、とても嬉しいです!」
「そうよそうよ、そういう風に喜ぶべきよ、普通は!
本当にもう…大活躍でおめでとうございます、新人隊員さん!」
「は、はい!
嬉しいです、ありがとうございます!」
一頻り叫び、息を正常まで整えた後、すぐに表情を普段通りの冷静沈着なものに戻した。
「それにしても、まさかそんな突拍子もない方法で妖魔を誘き寄せられるとはね…。
目から鱗だわ。
意外とこいつらって雑食なのかしら?」
「ど、どうなんでしょうね…?」
「依然、生態は謎が多いけど、これでまた1つ勉強になったわ。
そしたら、支部長に報告しましょうか。」
美月はポケットから携帯を取り出し、支部長へと電話をかけた。
因みに青原支部は田舎での仕事がメインなのでこういった山での仕事もある事から圏外を防ぐ為に5Gの携帯を全員持っている。
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