“彬奈”という人形 2
その言葉を聞いて、久遠は少し驚く。これまでの奈央との会話の中で、奈央の家庭が一般的に見てかなり裕福な部類に含まれることは理解していた。
その理解を持った上で、自身の生活には何ら影響のない事だと考えて、何も気にしないことにしていた。
けれど、奈央の環境に対して多少の予防線を張っていた久遠にとってしても、その言葉はさすがに予想外のものであった。
そも、彬奈の名前は、以前の持ち主が何かしらの処理を施したせいで変えられなかったものだ。それ以前に、中古で買ったということから、元の持ち主が存在するという事実に対しては、久遠はしっかり覚悟をしていた。
ただ、久遠が彬奈を買ったリサイクルショップは、久遠の、そして奈央の住んでいる地区から少し離れたところにある。
そんなところで買ったアンドロイドを、よりにもよって自身の家から大して離れていない場所に住んでいる子どもが、その中でも、自身がある種の気紛れで声をかけた子供が知っているなんて。ましてや、その関係者であることなど、一体どうして予測し得ようか。そんなことを想定しえようか。
そんなことを考えているうちに、奈央は学校に行くと言い残して立ち去ってしまう。現状不登校である奈央が学校に行けるのかを考えたら、それは一概に肯定できるものでは無いが、久遠はその言葉をひとまず信じて思考をめぐらせる。
彬奈はどのような経緯で自分の家にいるのか。それがまともなものでないことは分かっていた。けれど、その元の持ち主が奈央の家族だとすれば、自身のところに来るまで彬奈がまともな扱いを受けたことがなかったという過程は、否定されてしまう。
久遠が予想していた彬奈の過去は、救いの欠けらも無い、ただただ実験道具として利用されたもので、素材として使い捨てられたものであった。ただの気まぐれで買われて、アンドロイドとしての存在意義を果たすことが出来ずに、何もかもを否定される。そんなものであると、考えていた。
けれど、元の持ち主の家族らしい奈央の性格を踏まえて考えると、それは少しおかしなものになってしまう。久遠の見ていないところで奈緒がどのような行動をとっているのかはわからないが、久遠がこれまで見てきたものから推測できる内容と、その仮定は整合性の取れないものとなってしまう。
だから、久遠は考えた。自身の考えている彬奈の像がほかの視点から見たものと相違ないものなのか、自分の考えた奈央の家庭の状況が、現在の状況から考えて有り得ることなのかどうか。
結論としては、久遠は自身の考えから、奈央の家庭の状況から、今の彬奈に至るだけの経路を見出すことが出来た。
それは、決して心地いいとは言えないような可能性。実際にどうなのかはともかくとして、考えるだけでも気分が良くないような可能性。
多少、ズレているところがあるにせよ、少なくとも表面上は、奈央はあくまで一般的な価値観によって人格を形成している。これは、本人の言動からして予測できるものである。
であれば、普通に考えれば奈央にはまともな情緒を育むだけの下地があったのだ。何も知らない、救いのない生活を送ってきただけでは無いまともに過ごせた時期が、あったはずなのだ。
少なくとも、どんなものが一般的にまともと言われるのか、それを演じれるだけの情報は得ているはずだ。何も知らずに、閉じ込められた価値観の中で過ごしているわけではないはずなのだ。
その上で久遠の仮定するものが真実であると考えると、とても残酷な事だと思う。けれど、そう思ったとしてもそれは過去の話だ。そのことを解決することは出来ないので、久遠は仕方がなく思考のテーマを別のことに、元のものに戻す。
それは、彬奈の過去に関するものだ。今現在彬奈の過去のことを知りうる者は、彬奈自身と彬奈の元の持ち主にほかならない。もしかしたら彬奈を売っていたリサイクルショップの老人がなにか手がかりを知っているかもしれないが、売り手という顧客の個人情報に関わることはさすがに話さないだろう。第三者が当てにならない以上、久遠が頼れるのは第一者と第二者だけだ。
そして、その二つのうちで久遠が簡単に聞くことが出来るのは、彬奈主観においての第一者、彬奈本人においてほかならない。奈央が関係者かもしれないけれど、なんの臆面もなくそのことを聞ける相手というのは、心情的なものや情報的なものを加味すれば彬奈しかいない。
そこまで考えて、奈央の言葉を確かめるためには彬奈に聞くしかないと弁えて、久遠はこの先の行動を決める。家に帰って、彬奈の過去のことを、話せる限りの限界まで聞かなくてはならないと決める。そうすることで自身のうちにあるモヤモヤとした感情を解消できると信じて、久遠は自身の行動を定める。
自身のことを悩ませる情報の交錯を整理する。自身には難しい他人の心を、発言の根源を知るために、その言葉の由来を探る。
言葉にすれば簡単で、実行に移すとなると難しい決意を胸に、ポケットの中に入れていた携帯端末の表示時間を見て危機感を覚えた久遠は、全く余裕が無い駅までの道のりを走り始めた。
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なんか思いついたタイトルに引きずられてこの展開になったけど、タイトル未定のまま書き進めてたらもう少し違う過程を経ていたような気がする。こうやって書いてて思うのが、文章って生き物なんだなぁって。
それはさておき作者は最近運転免許を取るために教習所に通っていますの。現状手応えとしてはあまり悪くないところなんだけれども、上手くいったらとあるあざらしの抱きまくらを買おうかと思ってます。追加教習代ごとにサイズがひとつ下がっていく予定。
他者からの評価に飢えてる系物書きの端くれなので、コメントなどで圧をかけていただけるとより励みになります。不定期更新で 怠惰な作者に思うところがある方は積極的に何かしらの反応を頂けると捗ります。
一章で終わらせた方が綺麗だったんじゃないか?と、ついついマイナス思考になってしまうような私ですが、これからも誰かが読んでいる限り完結まで走り続けようとは思っているので、何卒よろしくお願いします。(ダイレクト乞食)
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