ココロの芽生え、壊れたココロ 1
「……あれ?彬奈、どうしたの?」
理性とともに注意力までどこかに落としてしまった久遠は、リザルト画面で、彬奈が何も操作をしていない負け方をしたことを確認してようやくその異変に気がつく。
本人としては、怒っているわけでもなく、心配しているわけでもなく、ただすこし困惑した程度の問い。その言葉と、ほろ酔いの心地良さは、彬奈の表情を見た途端に吹っ飛んだ。
そこにあったのは、どことなく澱んで見える斑の灰目。
これまでずっとそなえていた親愛や、信頼なんてものを全て投げ捨てたような、奥底が見えない虚ろの果て。
彬奈はアンドロイドだ。けれど、人と同じように自我があり思考している。
彬奈はアンドロイドだ。けれど、人と同じように感情が搭載されている。
彬奈はアンドロイドだ。けれど、本人も理解しきれてはいないけれど、久遠に対して本来存在しえない何かを抱いてしまっていた。
そんな彬奈に対して久遠が投げかけた質問は、どんな風に受け取られるのだろうか。少なくとも、それが好意的な意図として解釈されていないことだけは確かだ。
その瞳は、何を表しているのだろう。こうなって以降、どんな状況になっても変わったように見えなかった瞳が変化を表すのは、どんな感情なのだろう。
久遠にそれはわからない。ただひとつわかるのは、確実に自分がやらかしてしまったということ。
そのことに気付いて、冷水をあびせられたような錯覚を覚えながら、久遠は酔いが覚めて行くのを感じる。異常事態を感じとった脳が脳内麻薬を分泌して、久遠の頭から酔いが抜ける。
「……っ! 彬奈、ごめん、なんでもないんだ。今のは気にしないでくれ」
咄嗟に出たのはそんな言葉。けれど、その言葉は込められた願いとは裏腹に、尚更相手にそれまでの内容を意識させてしまう。
彬奈の瞳が、さらに濁る。斑が酷くなっていく。
久遠は、それを見てこれ以上何も言えなくなってしまった。本当であればどうにかして繕わなきゃいけないのに、繕いたいのに、それをすることが怖くなってしまった。
自身の失言が、この状況をさらに悪化させてしまうのではないかと、今は何もしない方が、一度冷静になって伝えたいことを吟味してから伝え直した方が、自分の気持ちがしっかり届くのではないかと考えてしまう。
「彬奈……」
それがダメな考えだと、久遠自身も頭で理解していた。けれど、そこから先に出てくる言葉は何もない。
失敗したことはわかる。この話題を出してしまったことだ。失敗の原因もわかる。アルコールで頭が緩くなっていたせいだ。
けれど、失敗の解決策は、わからなかった。
フォローしたいという気持ちはあった。自身の失言を無かったことにしたい、それが無理でも、その影響を最小限に抑えたいとは思った。
けれど、不幸なことに久遠には、原因はわかっても理由がわからなかった。
失言が原因だ。けれど、その失言を彬奈がどのように受け止めたことでこうなっているのかはわからない。因果関係がわかれど、その過程はわからない。
原因と結果がわかって、仮に同じことをやったら何度でも同じ結果になるということがわかったとしても、その中身がわからない。
硬貨を入れてボタンを押せば飲み物は出てくるが、機械的な理屈はわからない。
だから、過程がわからない久遠には、どのようにしたらこの状況を解決できるのかわからなかった。ボタンを押しても飲み物が出てこなくなるようにすることや、出てきてしまった飲み物を戻す方法がわからなかった。そんな方法があるのかないのかすら、久遠にはわからなかった。
だから、久遠には何も言えない。そもそも人と話すこと自体がそこまで多くない久遠には、人の思考回路をある程度模倣して作られた人工知能がどのような考え方をするのかが、理解出来ていなかった。
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