第30話 日記の助言

 卒業パーティは、ディランの報告を受けて、チャーリーが再開させた。ディランとエミリーはパーティが賑わいを取り戻したのを確認して王宮を出る。念の為、ボードゥアンの屋敷に寄って確認してもらった。


「大丈夫。魅了の魔法は消えているよ」


「師匠にそう言ってもらえると安心です」


「お師匠様、ありがとうございます」


 この日はそのままエミリーにも公爵邸に留まってもらって、詳しい話は翌日することにした。ディランは午前中に魔道士団の仕事を終わらせて、昼過ぎに公爵邸のディランの部屋にエミリーを招き入れる。ボードゥアンは興味をそそられないようなので、後で概要だけディランが伝えるつもりだ。


 他には誰もいない二人きりの部屋で、ディランはエミリーと並んでソファに座る。エミリーは心配事が消えたからか、いつも以上に無防備だ。ディランはこれからする話とは関係ないところで緊張してくる。


 エミリーを含めて、周囲の人たちはディランを信用しすぎている。男としての矜持を考えると、なんとなくモヤモヤするが、信頼を裏切るわけにはいかないので気持ちを切り替えた。


 二人の前には、『ヴァランティーヌ・シクノチェスの日記』が置かれている。エミリーは話をする前にディランに日記を読んでほしいというのだ。


「本当に読んでしまっていいの?」


 ディランは寄り添うように座るエミリーに念を押した。王女の警告を思い出すと躊躇してしまう。


「私が説明するより、その方が正確だと思います。それに……」


「ん?」


「よ、読んで頂ければ分かります!」


 エミリーが顔を真っ赤にして俯いてしまうので、ディランはドキドキしながら日記を開く。王女の日記部分や子孫への贖罪、学院で起きた事件の詳細などを斜め読みして、ヴァランティーヌ王女の処遇について書かれている部分に移った。


 ヴァランティーヌ王女は、魔道士団副団長を務めていたエミリーの先祖、当時のカランセ伯爵によって故意による魅了ではないと証明されたようだ。そのときにはすでに、王女は王籍を剥奪され、牢屋で処刑を待つ段階だった。


(貴族の娘なら、そのまま処刑されていたかもしれないな)


 ディランは、ちらりとエミリーを盗み見る。のんびりとお茶を飲む姿を見るとホッとする。

 

 ヴァランティーヌは王籍を剥奪されたとはいえ王女だったため、王家は見捨てなかった。王家、魔道士団長アルビー、カランセ副団長で議論がなされたようだ。この部分については、王女とは違う筆跡で書かれており、当時のカランセ伯爵によるものと推測できる。


 ただ、魅了の魔法によって起こった公爵令嬢襲撃事件が国の注目を集めすぎていて、一般に提示できる分かりやすい証拠がない中で王女の処刑を取り消すことは難しかった。結局、他の死刑囚が王女の身代わりとして処刑され、王女は名を変え身分も捨て、カランセ伯爵領で保護されたようだ。


(当時出来たギリギリの選択だったんだろうな)


 魔道士団が早期に事件を解決できなかった責任をとって、カランセ伯爵が魔道士団副団長を辞任し魔導士団から去った。王女の保護に専念するためだったようだが、事件の指揮をとっていた魔導士アルビーは責任を取ることも許されなかったのだ。アルビーの著書のあとがきに書かれていた言葉を思い出すと切なくなる。


 ヴァランティーヌ王女の魅了の魔法が消えたのは、カランセ伯爵領に移り住んでから10年近く経ってからのことだったようだ。エミリーと同じように口づけの直後に光り輝き、魔力がなくなったと記載されている。その数年前にはカランセ伯爵と結婚し子供もいたようだ。おそらく、初めての口づけではなかっただろう。


「ただ、口づけをすれば良いってわけでもないのか……」


 ディランは思わず呟いてから、エミリーがいることを思い出して赤くなる。エミリーは聞こえていないフリをしながら、魔力が切れかかった魔道具のように、ぎこちない動作でお茶を飲んでいた。


 日記はその後、魅了の魔力が切れた理由の考察に入っているが、ディランはサラリと読み飛ばした。要するに、王女が当時のカランセ伯爵を本当の意味で信頼したときに魅了の魔法がなくなったようだ。そのことを考えれば、エミリーが自らの口で語らなかったのも頷ける。


 ディランがもっと前にこの日記に書かれた事実を知っていたなら、初めての口づけはもっと慎重になっただろう。魅了魔法が消えなかったときの気不味さを想像すれば、王女が日記を読ませるなと忠告したことは正しい。


「エミリー、大体の状況は掴めたよ」  


「よ、良かったです」


 エミリーが見上げてくるので、ディランは可愛らしい顎をすくい取って柔らかな唇に口づけを贈る。ディランが唇を離すと、エミリーは顔を赤くして固まっていた。


「魅了の魔法がまた発動したら大変だから、これからは毎日口づけしないとね」


「お、王女様は二度と魅了状態の人を出さなかったと書いています!」  


 エミリーが慌てて王女の日記を手にとって該当のページを探し始める。ディランがクスクスと笑うと、からかわれたと気づいたのか、頬を膨らませて睨んできた。


「ごめんごめん」


「ディラン様らしくないですよ」


「そうかな?」


 ディランはエミリーに笑いかけながら、内心では毎日は難しそうだと考察していた。エミリーを警戒させないためには、数日に一度から慣らしていったほうが良さそうだ。チャーリーのせいで結婚まではまだ時間がある。


 ディランは楽しい未来を想像して、今度はエミリーの頬に口づけを贈った。

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