第23話 ディランの半年間

 半年後、ディランは王都の貴族街にある屋敷の書斎で書類仕事をしていた。ディランが10日後に王籍を離れてカモマイル公爵となったあとには、この屋敷を王都のカモマイル公爵邸として使うことになっている。十数年前に途絶えた公爵家の邸宅で、ディランが改築したので落ち着いた雰囲気の中にも新築のような明るさがある。


 今日、シクノチェス学院ではチャーリーたち三年生の卒業式が行われている。ディランにとって、この一年は今までの人生で一番忙しく、一区切りつくことは感慨深い。


 半年前の王族会議をきっかけに、ディランの生活はガラリと変わった。学院に通うことは減り、代わりに魔道士団長として魔道士団で働き始めたのだ。


 ディランが学院卒業とともに突然団長として魔道士団に入っては反発を受ける。団長補佐とし徐々に仕事を始め、少しずつ団員にディランが団長になることを受け入れさせるためだった。もっとも……


『ディラン殿下、この度のことは大変なご決断だったと思います。引き受けて下さりありがとうございます』


『殿下のおかげで、魔道士団を残すことができます。これから、よろしくお願いします』


 役職に就いている魔道士団員たちは後継者不在の状況に、かなりの危機感を持っていたようだ。そのおかげか、ディランは思っていた以上に、すんなりと魔導士団に受け入れられた。


 ディランがいなくてもボードゥアンが団長になってうまくやったと思う。なぜそんなに危機感を持つのかディランには分からない。しかし、ある年齢以上の魔道士団員は、ディランの疑問に全員が青い顔をして首を振った。その原因は闇に葬り去られた若かりし頃のボードゥアンの行動にあるようだが、ディランがどう調べても掘り起こすことは叶わなかった。


 そのような状況だったため、ディランが苦労したのは主に外部の人間の反発だった。これに関しては国王や王太子の助言を聞いて、王籍離脱を半年遅らせたことが功を奏した。


『我が主は忙しいので、ディラン殿下にお会いすることはできないと申しております』


『なるほど。では、シクノチェス王家から正式な召喚状を送らせて頂きますね』


 どんなにディランを拒む貴族も、その一言で面会を承諾する。『シクノチェス王家』という言葉は、この国では何にも勝る威力がある。ディランが最も使いたくなかった武器だが、自由を得るためには何かを諦めなくてはいけないこともある。


『王家を離れたくなくなったんじゃないか? 今ならまだ間に合うぞ』


『……兄上』


 チャーリーからの勧誘は挨拶のように続いた。しかし、チャーリーは魔道士団改革に協力的で、本当に挨拶の代わりにしていただけかもしれない。


『私が未来に反乱の芽を残すと思うか?』


 ありがたいことに、利権以外の理由で魔道士団改革に反対する者はいなかった。そのため、『ゴネるとチャーリー殿下の反感を買う』という噂が流れてからは、改革に反対する方が不利益になると考える者が増え、穏やかに進められるようになった。皮肉にもチャーリーの協力がディランの王籍離脱を可能にしたとも言える。


 もちろん、この半年で全てが解決したわけではない。魔導師団改革の本番はこれからだ。


 魔道士団長の膨大な魔力を必要とする仕事に関しては、ボードゥアンが中心となり、魔道具で対応できないか研究中だ。


『ディランは忙しいし、新しい弟子でも取ろうかな?』


『えっ!?』


 少し……いや、かなり寂しいが、ボードゥアンは新しく弟子になった青年とともに研究に没頭している。ボードゥアンの屋敷に休憩がてらお邪魔すると、お茶とケーキが出てくるようになった。新しい弟子であるノアは、料理がディランより得意でお菓子も自分で作る。そこも弟子の条件だったのかもしれない。


 ディランはというと、これからは王太子の側近とともに本格的に法整備などに着手することになる。新しい制度が時代が変わっても悪用されないよう、禁書室の過去の事例なども引っ張り出して、机の上の書類と日々格闘することになるだろう。

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