第26話 ダンス

 ディランたちが見守る中、チャーリーが卒業生代表として挨拶をする。それが終わると王家の楽団が再び演奏を始めた。


 その音楽にのって、チャーリーがシャーロットとともにファーストダンスを踊る。


「シャーロット様、とっても素敵……」


 エミリーはシャーロットを憧れの眼差しで見ていた。ディランから見ても、チャーリーたちは優雅でキラキラと輝いて見える。


(来年は僕とエミリーだよね。緊張しそうだな)


 ファーストダンスは卒業生の中で一番身分の高い者がつとめる。来年の卒業パーティは、ほとんど学院に通わなくても中退しない限り、公爵であるディランで決まりだ。気がついていないエミリーには、しばらく黙って置くことにする。


 ディランは曲が変わったのを確認してエミリーに手を差し出した。


「エミリー、僕と踊ってくれますか?」


「はい、こちらこそお願いします」


 エミリーは頬を染めてディランの手を取る。ディランは一瞬見惚れて立ち止まるが、音楽に急かされるようにダンスの輪に加わった。


 周囲を見るとトーマスもマイラの手をとって踊っている。運動神経の良い二人だけあってダンスも躍動感があり目立っていた。


(来年のファーストダンス、代わってほしい……)


 この二人ならチャーリーたちとは違う意味で印象に残るファーストダンスを踊るだろう。


「ディラン様? どうかしましたか?」


 エミリーに声をかけられて、ディランは視線を戻す。ダンス中にパートナー以外に注目するなんて失格だ。


「ごめん、トーマスがすごいなって思ってさ」


「本当ですね。私なら目が回りそうです。マイラ様、すごいわ……」


 エミリーがクルクル回っているトーマスたちを見て微笑む。ディランはエミリーの言葉を聞いて、のんびりとした雰囲気のダンスをそのまま続けることにした。今のダンスが、きっとディラン達らしいダンスなのだろう。 



「少し休憩しようか」 


「はい」


 ディランたちは二曲だけ踊って壁際による。果実水を飲みながら談笑していると、チャーリーがシャーロットとともにやってきた。


「ディラン、探すのに苦労したぞ」


「そうですか? 僕からはずっと兄上が見えていましたよ」


 ディランはチャーリーの苦情を適当に流す。チャーリーたちの後ろには、トーマスがマイラとともに控えている。ハリソンがいないところをみると、パーティの運営で忙しいのかもしれない。  


 この目立つ四人でディランたちを探してくれていたのだろうか。ただ、ディランは地味でもエミリーは美しいので、探すのに苦労するはずはない。


「パーティには王族としてやるべきことが山程ある。分かっているか? エミリー嬢、まずは私のダンスに付き合え」


 チャーリーがエミリーに手を差し出すが、エミリーはその手を取らずに助けを求めるようにディランを見た。


「とって食いはしない。早くしろ」


「大丈夫だよ。兄上が何かしても僕が必ず助ける」


「ディラン、どういう意味だ」


「そのままの意味ですよ」


 ディランはにっこり笑ってチャーリーの頬を見る。前よりチャーリーを信用しているので半分は冗談だ。チャーリーも気づいている様子で他の者には見えないように一瞬だけ悪い笑みを浮かべた。


 エミリーはオロオロしていたが、ディランが促すとチャーリーの手に自分の手を重ね……ようとしたが、パチンと小さい音がしてチャーリーが後ろに数歩退いた。


「殿下!」


 トーマスが慌てた様子でチャーリーに駆け寄る。ディランも何が起きたのかと驚くが、よく見るとエミリーの指先からはディランの魔力が滲み出ていた。


「ごめん、エミリー。イヤリングがエミリーを守ったのかも」


 ディランがボソリと洩らすと、エミリーがギョッとしたように見上げてくる。ディランは申し訳なく思いながら、エミリーを落ち着かせるように腰に手を回して引き寄せた。


「ど、どうしましょう?」


「大丈夫、周囲にはバレてないよ」   


 ディランたちは人目を避けて休憩していたので、近くにいる者にしか見えていない。チャーリーをはじめディランやシャーロットと、集まっている者の身分が高いので、他の者は遠慮して距離をとっている。見ていたのは簡単に口止めできる関係者だけだろう。


「ディラン、何をした?」


「特に何もしてませんよ」


「嘘をつくな。トーマス調べろ」


「はい!」


 チャーリーに声をかけられて、トーマスがエミリーに近づき、手を差し伸べる。チャーリーが魔法で弾かれるのを見ていたはずなのに、躊躇がまったくない。


 エミリーは恐る恐るといった様子で、トーマスの手に自分の手を重ねた。エミリーに無害なトーマス相手には、イヤリングも特に反応しない。ディランにとっては予想通りだ。


 チャーリーがエミリーにとって安全でないのは言うまでもない。イヤリングがディランの想定より強く反応しただけのことだ。


「ほら、何も起きないじゃないですか」


「……」 


 チャーリーはエミリーのイヤリングを見てから、ディランに視線を移した。無言ではあるが、『どうにかしろ』と言っている気がする。イヤリングに関しての秘密部隊からの報告を覚えていたようだ。


「どうせなら、このまま踊ってきたら? トーマス、エミリーをお願いね」


「おう!」


 すぐに『どうにかする』こともできるが、ディランとしては動揺しているエミリーをチャーリーに預けたくはない。トーマスがエミリーをエスコートして去っていくと、チャーリーの相手はマイラが引き受けてくれた。そうすると残るのは……


「ディラン、わたくしと踊りなさい」


「いいけど、こういうときは僕が誘うまで待っててよ」


 シャーロットがディランに手を差し出してくるので、ディランはため息交じりにダンスの相手を引き受けた。

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