第20話 危険な動画配信




 そいつは同じ学年、クラスメイトの男子生徒だった。


 名前は『中田なかた 敦盛あつもり』。


 カースト上位グループにいて、二位とされる『渡辺わたなべ 悠斗はると』と取り巻きの『平塚ひらつか 啓吾けいご』とよくツルんでいた奴だ。


 僕はこの三人を密かに「陽キャの三バカトリオ」と呼んでいた。


 三人の中でも、中田は頭が良く成績だけなら笠間と同等に並んでいた筈だ。

 見た目は短髪の面長でモアイ像によく似ている。

 クラスで話したことはないけど、同じ取り巻きの平塚よりせこさはないと思う。


 まさか、その中田がユーチューバーだったなんて……。


 しかも登録者数、10万人を超えている……結構凄い。


 えっと、なになに。



 ――【実況】立て籠る学園内のゾンビを撮影してみたw



 何よ……この最新の動画サムネは?

 中田の奴、不謹慎にも程があるじゃないか。


 てか、こんな事態でも動画配信サイトは運営しているんだな。


「意外だったな……有栖さんは中田がこういう事をしているの知ってたの?」


「ううん、知らなかったよ。渡辺くん達とはお話しする程度だったから……誰が何をしていたのかまではね」


「アッツは大抵一人で動画を配信していたみたいだよ~。多分、仲間にも話してなかったんじゃない? そういうの知られるのを嫌がる配信者もいるだろーしね」


 彩花の言う通りかもな。

 知っていたらクラス内で話題の一つくらいには上がるだろう。


「ほう。配信日は『一日前』か……美ヵ月学園の現状が確認できるかもな。シノブ、再生して見せてくれないか?」


 一方で、竜史郎さんは別の理由で興味深々のようだ。

 

「いーよー」


 彩花は軽い口調で動画を再生して見せてくれる。


 途端、陽気なオープニング映像が流れた。


〔どうも、アッツで~す! 今回の動画は、立て籠っている学園内の様子を実況することにしました。家にも帰れない状況なので制服姿ですみませ~ん〕


 中田は誰もいない廊下で独りカメラの前でおちゃらけている。

 一瞬、空気を読まないバカッターかと思った。


〔かれこれ二週間は経つのでしょうか? ボクが通う、この学園にも例のウイルス感染者が蔓延し、教師と生徒達が立て籠らざる得ない状況となってしまいました~ん。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、感染者は映画に出てくるゾンビのような感じに見えますが肌が黄色だったり青色だったりするので、日本では『鬼』また『人喰鬼オーガ』って呼ばれているんですよね~、ワイルドだろぉ?〕


 なんだろ、この緊張感の無いコメント。

 いちいち言動がムカつくんだけど……。


 彩花、こんな奴を推してんの?


 その動画はスマホによる配信なのか。

 中田はカメラを持ち換え、自撮りからリアルタイムで学園内の様子を実況し始める。


 常に清潔感を保っていた校舎が見る影もない。

 ガラス窓は割られ、至る箇所に陥没と血痕が見られている。

 まるで廃墟となったお化け屋敷だ。


 こんな場所で二週間もひたすら立て籠っていたら、確かに逃げ出したい気持ちも湧いてくる。


 移動中、中田はこんな話を始めた。


〔……昨日の夜かな。あるカップルが逃げ出しましてね。学園きってのベストカップルと呼ばれる二人でした。男の方が成績優秀でバスケ部のエース、おまけにイケメンで女子にモテモテというチートのような奴でしてね。一方の彼女は学園三大美少女の一人であり見た目だけじゃなくて性格も天使のような優しい女子でした……今だから、ぶっちゃけますがガチで惚れてましたよ、はい〕


 え? これって笠間と有栖のことか?

 つーか、中田も彼女のことが好きだったのかよ……。

 

〔でも、男は学年カースト一位とまで言われたにもかかわらず、籠城してわずか三日で一番最初にキレちゃいましてね……周囲の輪を乱すわ、そりゃもう散々で……常に仲介に入り庇っていた彼女が不憫でなりませんでしたよ〕


 昼間、有栖が話てくれた内容とほぼ一緒だ。

 あの誰よりも輝いていた笠間が、本当にイカレちまったんだな……。


〔ボクすれば男の方はざまぁっすわ~。所詮はわがままなお坊ちゃんっていうか……自分にとって優位だった世界が一変しちゃったんで状況に順応できなかったんでしょうね〕


 有栖も同じことを言っていた。

 奴の本性は自分の想い通りにならないとすぐキレてしまうらしい。


〔だからこそ、彼女が可哀想でね……あんなカス、見捨てりゃいいのにそれができない健気さがあったのでしょう……いやぁ、何しているんっすかね~、彼女?〕


 今、僕と一緒に動画を見てるよ。

 ほぼ密着しそうな距離でね。


 けど、当の有栖は複雑な表情で見入っている。

 中田は一切、彼女を非難してないけど、事実上は学園のみんなより笠間を選んだのだから……。


 そして信じていた彼氏である笠間に裏切られ、囮にされ捨てられた。


 これほど酷い仕打ちはないだろう。



 中田はしばらく廊下を歩くと、数体の感染者オーガと遭遇する。

 全員、顔は知らないが同じ制服を着た『青鬼』だ。


〔……みなさーん。ご覧ください、ウイルスに感染した鬼どもで~す。いや、めちゃ青いじゃん〕


 まるで寝起きドッキリ並みの小声で囁く、中田。


 どうやら人喰鬼オーガ達は奴の存在に気づいてないようだ。

 まだ距離もあるようだし、このまま静かに回避することもできるだろう。


〔――これから実験を開始します。ボクがわざと音を出して奴らに気づかせ、果たして追いかけてくる人喰鬼オーガから逃げ切れることができるでしょうかっという検証です〕


 おいおい、そんな危険なことやめろよ。

 成績が良い癖にバカなのか、こいつ?


 そして、中田は無謀にもガンと音を鳴らした。

 人喰鬼オーガ達は存在に気づき一斉に振り向いた。


 中田は「ひっやぁはーっ!」っと、はしゃぎ奇声を上げる。

 全力疾走で、その場から逃げ出して行いった。


 しかし――!



 グサッ



〔ぎゃあっ――痛ッ!〕


 突如、中田は悲鳴を上げ転倒する。


 映像には、中田の太腿に弓形に反った矢のような真っ白な棘が深々と突き刺さっていた。

 まるで鋭利に尖らせた骨のようにも見える。


 そして人喰鬼オーガの1体が両腕と両足を大きく振るいながら物凄い速さで接近してきた。


 嘗て陸上部の男子生徒なのか?

 ランニングシャツとパンツのユーニホーム姿で、胸部が腐敗し破損した『青鬼』であり、肋骨が剥き出しになった状態であるように見える。

 注意して目を凝らすと何本かの肋骨が抜き取られたような空洞となっていた。


 中田の太腿を突き刺した『真っ白な棘』の正体は人喰鬼オーガが自ら抜き取り、ブーメランのように投げた肋骨・ ・のようだ。


 しかも大抵の奴らは酔っ払いのようにふらついた千鳥足なのに、そいつだけがやたら足が速く、走るフォームも陸上選手のように綺麗だった。


「――変種だな」


 竜史郎さんが呟いた。


「変種?」


「時々、見かけるんだ。他の『青鬼ブルー』より知能が高く身体能力に特化した奴をな……きっと人間だった頃は優秀なアスリートとか、常人離れした感染者に多いのだろう」


 つまり感染した人間によって、人喰鬼オーガになった際の行動や能力に何らかの差が生じるのか?



 その変種人喰鬼オーガは、中田の両肩を鷲掴みにすると、大口を開けて噛みつこうと迫ってくる。


〔うわぁぁぁぁっ! 来るなぁぁぁぁぁっ!! ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!〕


 あれほどイキり余裕をかましていた、中田は恐怖で心が折れ悲鳴を上げた。

 映像は手ブレが激しくなり、最早、何を撮っているのかわからない状態である。


 中田の絶望した叫び声、それに加えて変種人喰鬼オーガと追い着いた『青鬼』達が獰猛な獣の如く肉を貪る音だけが鮮明に聞こえていた。


〔いぃぃ痛でぇえぇぇぇぇ! もう駄目だぁあぁぁ! 以上で配信終了しますうぅぅぅ!! チャンネル登録ゥゥゥ、よろしくうううう――ぎゃああああああ!!!〕


 ついに動画が停止され配信は終了する。


 そのあまりにも常軌を逸した内容に、同じクラスメイトである僕と有栖はしばらく絶句した。


「あ~あ。アッツ、ついにやられちゃつたねぇ。好評価ボタン押してこーっ」


 彩花は軽い口調で、さも手向けにと言わんばかりにスマホをいじっている。

 この子も何か間違っている……。


 もう、どうリアクションしていいのかわからない。


 中田……お前、何やってんだよ。





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