第34話 決戦前

 空中戦艦ノアザークは蒼天を翔け、ペルシア湾の上空を航行。湾奥に達し、そこから先は陸地の上空を進んでいく。湾に流れこむ、シャットゥルアラブ川を見下ろしながら。


 程なく、その大河は東西に分かれた。


 東側は、ティグリス川。


 西側は、ユーフラテス川。


 両河川は乾燥した荒野を貫いて、その流域に潤いを与え、人の住みやすい地に変えている。


 そうして古代メソポタミア文明が育まれたように、今も両河川に挟まれた領域に人の居住地が集中しているのが、上から見ると良く分かる。


 その世界最古の文明において名高い都市、バビロンの遺跡の上空で、ノアザークは各地から飛んできた僚艦らと合流した。


 空中空母、数隻。


 空中駆逐艦、数十隻。


 空中空母はエクソ・サーヴァス【フラッド】を数多く搭載しているが、自身の武装は少ない。全長はノアザークと同じく300m前後。


 空中駆逐艦は逆にエクソ・サーヴァスは積んでおらず、自身の武装が充実している。全長は150m前後。


 いずれもノアザーク同様の巨大飛行艇。


 ノアザークは水上艦だったのを改造され、僚艦らは初めからそう設計された新造艦という違いはあれど、基本は同じ。


 核融合炉の大電力で桁外れになったプラズマジェットエンジンの推力で、鋼鉄製の重たい船体を強引に宙に浮かばせている。


 形状もノアザーク同様に箱のように平たく、それが風を切ることによる浮力、揚力を4枚の固定翼と共に稼いでいる──つまり空飛ぶ箱船。


 それらが艦隊を編成。


 さらに上流へと進軍。


 両河川の流れる平野の、背後に広がる山岳地帯。その奥のアララト山を目指し、南方から北上していく──よって作戦上、この艦隊は〖南方艦隊〗と呼称される。


 現在アララト山より西方のヨーロッパ側でも同規模の空中艦隊が編成されて東進しており、こちらは〖西方艦隊〗と呼称する。


 この2艦隊で同時に襲いかかる作戦。


 それが始まるまで今少し時間がある。


 人類の存亡をかけた最終決戦を前にして、空中艦の乗組員たちは息が詰まる時間を過ごしていた──が、その中でノアザークでは、また別の緊張が発生していた。



「う、生まれる……ッ!」



 優秀すぎて、いなくなると艦の運営が立ちゆかなくなるため、妊娠後も艦を降りず働いてきたカネコ・ツカサ主計長が、ついに産気づいた。


 速やかに衛生兵らが駆けつけて、主計長をストレッチャーに乗せて医療区画の分娩室まで運んでいく。その途中の廊下で、ユウトも駆けつけ並走した。



「カネコ少佐!」


「ダイチ、大尉」



 主計長はユウトを見上げ、弱々しく微笑んだ。ユウトは自分をかばって死んだ戦友、オウミ・ハヤト大尉の愛したこの女性が、彼との第一子を無事に産めるよう、少しでも励ましたかった。



「艦は必ず守ります! ですから──」


「こら。また同じこと、言わせる気?」



 戦友の忘れ形見を守る、それは貴方が本当にしたいことではないだろう、と以前ユウトは主計長に言われた。だが本当に願っていないわけではない。



「もちろん、彼女が最優先です!」


「よし。メイミちゃん、助けてね」


「はい! ですが貴女たちのことだって大切です! 守りたいものは全て守って平和な時代を迎えるために、オレは戦います‼」


「大尉……ありがとう。気をつけてね」


「はい! 安産をお祈りしています‼」



 ユウトは分娩室の外で見送り、主計長は中に運ばれていった。そこへ、コグレ軍医長がやってくる。直々に助産を務めるのか。ユウトは敬礼した。



「コグレ少佐、カネコ少佐を頼みます」


「それ、まるで貴方が父親みたいよ?」


「⁉」


「冗談。気はほぐれた? 貴方は出撃に備えてコンディションを整えておきなさい。ツカサのことは、わたしたちに任せて」


「ハッ!」



 軍医長も分娩室に入った。ユウトはエクソ・サーヴァスの格納庫に向かった。その隣の休憩室で心身を休めておいて、出撃命令が下りたら即座に自機に搭乗できるように。


 その途中──



「これ、お守りであります、エイトさん‼」


「わたしからも! 受けとってください‼」



 曲がり角の向こうで声がした。


 おかしな軍人口調なのが、アマオウ・カナデ副長。


 続いて聞こえた2人目が、ミナセ・ワタル航海長。


 邪魔するのは悪い、迂回ルートはない、急ぎでもないので、立ちどまって待つことにする。立ち聞きになるが、こちらに非はない……エイトの声がした。



「ありがとうございます、中佐、少佐」


「こんな時くらい名前で呼んでほしいであります」


「そーですよー。敬語も禁止!」


「ありがとう。カナデさん、ワタルちゃん。心強いよ」


「そう言ってもらえて、嬉しいであります」


「わたしも……勝ちましょーね、エイトさん!」


「ああ!」



 足音が遠ざかっていく。ユウトが角を曲がると、エイト1人で立ちつくして背中から陰気なオーラを漂わせていた。それから2人で廊下を歩いていく……気まずい沈黙を、エイトが破った。



「なんとか言え」


「なにを言えば……あれ、3つ?」


「1つはさっき、コグレ少佐から」


「そっか」



 エイトはモテる。死んだミョウガ憲兵長も含め、ノアザーク乗組員の女性は皆エイトを狙ってきた。だがエイトは誰の想いにも応えない。


 告白されればキッパリ断る。


 すでに告白して振られたのが主計長で、荒れていたところをハヤトに慰められて、彼と結ばれてエイトのことは吹っきれたとのことだが。


 他の女性陣は告白はせずにエイトを慕いつづけている。人類統合体では滅びた祖国・日本と違って重婚が認められている。エイトが望むなら彼女たち全員と幸せになれるだろうが。


 そうしろ、とは言えない。

 

 ミコトに選ばれた自分が。


 本人から聞いたわけではないが、エイトは今でもミコトを愛している。彼女が死んだ──と思われた──あとでも、自身を振った彼女を一途に想って誰にもなびかないエイトに、そんなこと。



「なぁ、エイト」


「なんだ」


「メイミを救出して、ミコトだった記憶が戻って、アイツがまた望むならオレは、今度こそお前と3人とでも」


「お前、そんなに俺と穴兄弟になりたいのか」


「正直それは嫌だよ。でも、ミコトの気持ちが一番だ」


「俺も嫌なんだよ。ユウト、お前のことは好きだ。友達として。だが嫁をシェアしたいとは思えん。だから、気にするな」


「……そっか」


「ありがとう」

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