第18話 人類の舵取り
地球上に残った全ての国家の集まりである【人類統合体】には最高権力者が3人いる。各国をまとめた3つのグループ、それぞれの代表者たち。
ヨーロッパ代表、アフリカ代表、アジア代表。
3代表はその下の大勢の政治家と、TVで国民の目にさらされる議会で開かれた政治を行っている……ように見せて、肝心なことは3代表のみの密談で決める。
今日もまたオンラインでのリモート会議。
パソコン越しに3人が顔を突きあわせる。
ヨーロッパ代表が興奮気味に叫んだ。
『ミコト・オオツキのもたらした情報はまさに天からの啓示! これで人類が滅びを免れる道筋が見えたぞ‼』
アフリカ代表が皮肉げに返した。
『では、ニューヨークへの出兵は正解だったというわけですね。貴方の反対案が通らなくて良かった。「たった100人の拉致被害者を救出してもネフィリムとの戦いの役には立たない」などと』
『ふん。こんな実のある戦果を得られると予想して賛成したわけではなかろうに。君の理想論が正しかったわけではない』
『民衆の精神は限界です。ネフィリムに囚われた者を奪還した、そんな分かりやすく明るいニュースでもなければ、人類社会はネフィリムに滅ぼされる前に自壊する。理想ではなく現実ですよ』
ヨーロッパ代表と、アフリカ代表。
2人の意見はいつも平行線だった。
『そのために払う犠牲が多過ぎる。それで直接ネフィリムと戦う力が足りなくなっては本末転倒だ』
『軍隊の力は、それを支える社会の力によって成立します。民衆が倒れれば、軍隊も倒れますよ』
そこに、アジア代表が口を挟んだ。
『いつまで過ぎた話を? 本日の議題は、今後のことでしてよ』
『当然、ネフィリムを殲滅する! 残りのボスを探しだし、そいつらさえ殺せば残りの個体も全滅する。人類の勝利だ‼』
ヨーロッパ代表が勢いこんだ。
アフリカ代表が肩をすくめる。
『性急な。親が死ぬと子も死ぬ、それは海棲種でのみ確認されたことで、陸棲種や空棲種にも当てはまるかは未知数です』
『無論、情報のアップデートは怠らない。ただ、クマムシどもは常に進化している。今はその戦法が有効で、グズグズしている内に効かなくなったらどうする。兵は拙速を尊ぶのだ‼』
『貴方の頭は戦うことばかりだ。自らが戦場に立つわけでもないのに。兵士の味方を気取るなら、まず彼らが戦わずに済む方法を考えるべきでは?』
『なんだと⁉』
『今、分かっている中で最も信用できる情報は「オオツキ・ミコトはネフィリムの言葉が分かる」です。これこそが福音。人類はついに、ネフィリムとの対話の時を迎えたのです‼』
今度はアフリカ代表が興奮しだした。
両手を広げ、天を仰ぎ陶酔している。
『進化を続けたネフィリムは今や確実に人間と同等以上の知性を有しています。ボスとは和平交渉を行うのです。オオツキ・ミコトを通訳に立てて!』
『おぞましい‼』
ヨーロッパ代表が己のテーブルを叩いた。
『あんな虫ケラどもと話しあいだと⁉ これまで、どれだけの人間が奴らに殺されたか……喰われてクソにされた者も数知れない。あれは人間の死にかたではない!』
『生物が食事をするのは当然です。ネフィリムは食事でなくても人間を殺しますが、それは人間がネフィリムを殺せる生物だからでは? 他の動物と違って』
そういう説がある。
人間が初めてネフィリムの殺害に成功したとたん、全てのネフィリムの人間への攻撃性が高まり、腹が減っていなくても襲うようになった。
そうと思しき記録はある。
それでも推論ではあるが。
『彼らも我らが怖いのです。滅ぼされたくないから滅ぼそうとする。ですが話しあえれば彼らも、そうする必要はないと分かってくれます。互いに傷つけないと約束し、安心を得られる』
『それでは人々の悲しみは癒えない!』
『ヨーロッパ代表。憎しみは、なにも生みません』
『我らは、その憎しみを煽って兵士を募ったのだぞ! もう守りたい人は誰も生きておらず、復讐にしか生きられない者も多い。そんな彼らになんと言う!』
『正直に言えばよろしい。ネフィリムと仲良くすると』
『暴動が、いや反乱が起きる‼』
『その時は、その者たちこそが平和の妨げ。粛清すればいいだけの話。なぁに、不満はあっても実際に反乱に走れる者なんて一部だけですよ。数で押しつぶせます』
『き、貴様……』
アフリカ代表の天使の微笑み。
ヨーロッパ代表は絶句した。
そこでアジア代表が発言する。
『ヨーロッパ代表、感情的にならないでくださいまし』
『なっ、君まで⁉』
『憎しみを煽って戦いに駆りたてた人々から、これからは平和の時代だからと梯子を外す……人類を守るためなら、そんな非道に手を染めることも辞さぬのが、わたくしどもの責任です』
『くっ……!』
『では、アジア代表は賛同してくださるのですね? ネフィリムと話しあい和平を結ぶことで、この戦争を終わらせる案に』
『ええ。ただ、ヨーロッパ代表の意見にも賛同いたしますわ』
『はて、それは一体』
『どういうことだね』
『殲滅も、和平も、どちらも確実に上手くいく保証はありません。まずは和平交渉を試み、成功すれば良し。不首尾なら即座に殲滅に移れるよう、そちらの準備も並行して進めるのですわ』
アジア代表はコロコロと笑った。
ヨーロッパ代表は顔をしかめた。
『嫌らしい話だ……いや、人間同士の争いもそうか。怪獣相手に人類一丸となっての戦いを続けている内に忘れていたよ』
アフリカ代表も苦笑する。
『確かに失敗した時の備えは大事ですね。わたしも少々、戦わずに済む魅力に目がくらんでいたようです』
2人はアジア代表の論を認めた。
アジア代表はさらにつけ加える。
『すでにバハムートを殺すことで海棲種を滅ぼしたわたくしどもは、ネフィリム全てを滅ぼしうる可能性を示しました。その戦う姿勢が、逆に和平への鍵にもなる。硬軟両様で行きましょう』
『戦えば、どちらかが滅びる。戦ってそれを確かめずとも、戦いを辞めればお互いに滅びずに済む……核の抑止力と同じだな』
『ネフィリムと意思疎通できるのなら、もう人間相手と変わらないということですね。ならば戦争は、外交の一手段に過ぎない』
方向性は決まった。
3人が声を揃える。
『『『全ては人類の存続のために』』』
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