第15話 惨めなユベリアス王太子(ざまぁ)

「その件に関しては全面的にボクが悪かった! だから頼むメルビル! このままだと次期王位が弟のものになってしまうんだ! 兄であるボクが弟に対してかしずかなければならなくなるんだ! おかしいだろそれは!」


「産業をつぶして国家財政を急激に悪化させたから、その責任を取らされるんでしょう? あなたには国を率いる能力がないと判断されただけです」


「ぐっ……」


 なにが問題だったかを理路整然と指摘されて、ユベリアス王太子は完全に言葉に詰まってしまった。


「申し訳ありませんが、今の私はシェアステラ王国第二王子ウィリアム殿下の妃、メルビルです。であれば、この国と国民のために尽くすことはあっても、他国に尽くすことはできかねます。どうかその旨ご理解の上お引き取りをくださいますよう」


「そ、そこをなんとか!」


「どうかお引き取りを」


「頼む!」


「お引き取りください」


「……」


「お引き取りを」


 微塵も揺るがぬ断固たる拒否の姿勢を貫くメルビル。

 その姿は決して信念を曲げぬ凛々しき戦乙女のようであった。


 もちろんメルビルは高い教養を積んだ心優しき淑女である。

 心は晴れ渡った夏の空のごとく広々としていて、意見の合わない相手に対しても極めて寛容に対応する。


 しかしそれは決して「何でも許す都合のいい女」でありはしなかった。


 ユベリアス王太子はメルビルを追放しただけでなく、こともあろうにメルビルがまるで我が子のごとく大事に育て、地道に生産を拡大させてきた改良コンニャクをコンニャク破棄したのだ。


 我が子を奪われるという塗炭の苦しみを味あわされた張本人たるユベリアス王太子を笑って許すほど、メルビルは甘くも愚かでもなかった。


 メルビルには取り付く島もないと考えたユベリアス王太子は、一縷の望みをかけてメルビルの隣にいたウィリアム王子へすがるような視線を向ける。


 2人は隣国の王子同士ということもあって、友人とまでは言わないもののパーティなどで話したことは何度もある間柄だ。


 しかしメルビルの元婚約者であるユベリアス王太子の向けてくる惨めな視線を、現在の夫であるウィリアム王子は悠然と受け流し、無言を貫いて容赦なくシャットアウトした。


 ウィリアム王子はメルビルの夫であるのだから、それもまた当然だった。


 苦労して一大産業にまで育てたあげた改良コンニャクのノウハウを、わざわざ愛するメルビルの嫌う相手に教えてやる義理はないのだから。


 最後の望みが絶たれた愚かなユベリアス王太子は、顔面蒼白で失意に暮れながらフライブルク王国へと帰っていったのだった。



「お疲れさまメルビル、大変だったね」


 ユベリアス王太子がいなくなりすっかり静かになった部屋で、これまでメルビルの脇で無言で成り行きを見守っていたウィリアム王子が、そっと優しくメルビルをねぎらった。


「いえ、大したことはありませんわ。これまでのいきさつを考えれば話の内容はおおよそ察せられましたので、心づもりはできておりましたから。なにより隣にウィリアムがいてくれましたから」


 メルビルはさっきまでの無機質な笑顔とは打って変わって、恋する乙女のごとき心から信頼した柔らかい笑顔でウィリアム王子に微笑んだ。


「じゃあそろそろ部屋に戻ろうか。あまり無理をして身体に障るといけない。少し横になるといい」


「ええ、そうさせてもらいます。初めての妊娠だから私としても万全を期したいですし」


「のども乾いただろう? すぐにいつものぬるい麦茶を用意させるよ」


「お気遣いありがとうございますウィリアム」


 こうして過去の遺恨を綺麗さっぱり清算したメルビルは、ウィリアム王子と仲睦まじく手を繋いで私室へ戻っていったのだった。



 その後。

 フライブルク王国では第二王子が王位につき、ユベリアス王太子は王位継承権を剥奪されて辺境の小さな領地へと追いやられた。


 またメルビルの実の妹であり、虚偽の告発を行いメルビルを追い落としたカステラーヌは国家反逆罪に問われて通称『監獄』と呼ばれる、絶海の孤島にある修道院送りとなったのだった。


 もちろんメルビルとウィリアム王子は子宝にも恵まれて、シェアステラ王国でとても幸せに過ごしましたとさ。



 ~ハッピーエンド~

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