第14話 一緒に帰ろう
私は随分とシェルトに毒されてるなぁと感じながら、前を歩く原因の影を踏む。
相変わらず上手いことやったわね――という悔しい気持ちを発散するために、一歩一歩しっかりとシェルトの影に足を乗せていく。
有能なシェルトのお陰で最低限の夕方の仕込みが終わり、今は早めにアパートに帰る途中だ。
マスターが「早めに帰って、住む準備しな。あとの二人には俺から上手いこと言っとく」と気を利かせてくれたのもあり、ジャックやリコリスに挨拶をする前に帰宅となった。
「アメリー、怒ってます? 分身が痛い」
「怒ってないけど、シェルトの思い通りすぎて面白くないの。影くらい良いじゃない」
「勝手に進めてすみません。でもマスターと女将さんに嘘をついてるアメリーの罪悪感を取り除きたくて」
「……もう」
そんなこと言われたら拗ねている自分が子供っぽくて恥ずかしくなるじゃないの。
分かってる。
シェルトは自分の要求を通しているようで、結局私のために繋がっていることが多い。
それがまた悔しいっ!
「えい!」
「あぁー俺の影がぁ」
「あら、私が重いって言うのかしら?」
「まさか! アメリーは天使のように軽いですよ! あ、でも天使もアメリーも持ったことないから、確かて――ぶっ」
舌をペロッと出して振り向き、楽しそうに笑うシェルトの顔にエプロンをお見舞いする。
きっと続きの言葉は「確かめるためにアメリーを持って良いですか?」だろう。
物を投げられたというのに彼は相変わらず嬉しそうに、エプロンを握りしめる。もう……うちの忠犬は有能でお調子者で馬鹿で、大切な同居人。
「本当にありがとう。シェルトがいて良かったわ」
歩みを早めて彼を追い越し、振り向いて正面からお礼を言う。
にゃんこ亭で助けてもらったのはもちろんだけれど、私はシェルトとの生活が大切なものになってきていることを自覚したのだ。独り暮らしには慣れたと思っていた。家とは寂しいものだと思っていた。
けれど今は温かくて帰るのが楽しみな空間へと変わった。これも、シェルトのお蔭。追い出さなきゃ! と思っていたけれど私の負けだわ。認めてしまったら、自然と笑みが溢れてしまう。
「もうアメリー、感動で俺泣きそうなんですけど」
「なんでよ!?」
シェルトは握りしめていたエプロンで顔を覆ってしまう。
その瞬間、まわりの通行人から「あー泣かせた」という視線が集まってしまう。さっきまで楽しそうな雰囲気だったのに。
「早く帰るわよ!」
その場から逃げるために空いていたシェルトの手を掴んで、止めていた足を動かした。
早めた歩調にシェルトはきちんとついてきてくれて、安堵し、様子を窺うと涙ひとつ流した気配のない無垢な笑顔が鎮座していた。
「嘘泣きね………! まったく」
私は騙されたとわかり、手を離そうとするがガッチリ掴まれて叶わない。
「きちんとリード掴んでてくださいよご主人様」
「忠犬ならリード無しで主についてきなさいよ」
「それは飼い主としてマナー違反です」
「くっ、そうだったわね」
街の飼い犬ルールを持ち出され、諦めて手を繋いだまま帰ることにした。
「シェルトがにゃんこ亭を手伝ってくれる間、私もきちんと家事を復活するわ。主に掃除は任せて」
「そんな、家賃代わりのご奉仕なんですから今まで通り俺が」
「何言ってるのよ。マスターも言ってたじゃない。今日からは同居人でしょ? それにはじめはご飯だけの約束だったじゃない」
「………マーキングが」
「ん? 何?」
「何でもありません。分担しましょう」
声になっていない呟きが聞こえず、確認してみるが誤魔化されてしまった。
そして帰宅後、シェルトはご飯を作り、私は放置していたシーツを洗った。
休日と同じようにシェルトが先にシャワーを浴びて屋根裏部屋に登ってから、私のひとりの時間が始まる。私もシャワーを終わらせ、ベッドに腰かけた。
「今日からは正式な同居人かぁ」
もう何ヵ月も一緒に住んでいて何も変わらないはずなのに、言葉に出すと浮いていた足が地についたような感覚になる。それが何故か嬉しい。
でもふといなくなってしまうのではと不安になり、コロンとベッドに転がり天井を見つめた。
どうしてシェルトが私のアパートの屋根裏部屋に住み続けたがるか、未だに理由が分からないからだ。
初めは家を失ったせいかと思ったけど、これだけ時間がたてば新居は見つかるはずなのに引っ越していない。
ではうら若き乙女の私? という考えは早々に消した。あまりにも女性の私を意識している様子がないので、もしかしたらアッチかソッチなのかもしれない………と考えているうちに私は眠りに落ちた。
✽ ✽ ✽
翌朝、二人で一緒にアパートを出てにゃんこ亭に向かう。営業が始まるとシェルトはまだ2日目だというのに、ほとんどマスターに聞くことなく料理を仕上げていく。
ついにマスターは女将さんから厨房をつまみ出され、入り口でお会計係りに任命されていた。
今日の賄いは具沢山ワンボウルだった。ご飯の上に刻まれたレタス、ソースが絡んだポロポロのひき肉、その上に削ったチーズがふんわり乗せられ少し溶けている。端にはミニトマトが添えられていて、ひとつの皿なのに物足りなさを感じさせない見た目。それを裏切らない味に店主夫妻と私は今日も感心しながら食べた。
賄いを食べ終えた頃、いつもより早めにジャックが姿を見せた。
「初めまして、息子のジャックです。今回は父さんが本当にすみません! 助かりました」
「初めまして、シェルトです。昨日は挨拶もせずに失礼しました」
お互いに握手を交わしながらにこやかに自己紹介をする。だがジャックは握手したシェルトの手をなかなか離さず、どこか興奮ぎみだ。
「ジャックさん?」
「今度料理姿を見学させてくれませんか? 教えて欲しいなんて言いませんから、見させてください! 是非とも」
ジャックは目を煌めかせシェルトの両手をガッチリ握った。まるで告白のようなワンシーン。
そういえば料理人って弟子入りできても、師匠からレシピや技を直接教えてもらえることは少ないって聞いたことがあったわね。背中で盗み見て真似る。そしてある程度レベルが到達した頃、隣で堂々と見ることが許される。
つまり他の料理人の姿は滅多に見れないから、にゃんこ亭にシェルトがいる間はジャックにとっては勉強できるチャンスなのだ。
「俺は加護ありきの料理ですよ?」
「そんな謙遜を! 加護だけで昼のピークは回せませんよ。しかも親父が初見で誉めるなんて……気になって気になって!」
シェルトが困惑するも気にせず強引にジャックは攻めていく。私たちの帰宅後にマスターはどれだけシェルトを誉めたんだか……料理への探求心が強いジャックはシェルトに興味津々のご様子。
ジャックに加護はない。だからこそ料理の腕をあげるための努力は誰よりしている。少しでも見習うところがあれば、真似したいのだろう。
チラッと私はシェルトを見てみる。
彼はとても困惑している。シェルトとしては謙遜しているつもりはなく、こんなに興味を持たれてしまい本当に困っているのだろう。
「ねぇシェルト、ジャックの二人に提案なんだけど」
「アメリー?」
「俺たちに?」
今思い付いたアイディアを頭でまとめながら二人に提案する。
「まずは確認するけど、シェルトはジャックに料理姿を見せるのは嫌? あまり技術を真似されたくはない?」
「いや、真似されたくないというよりは……俺から学べるような良いところが思い付かなくて」
シェルトはシュンとしたように答える。予想通りではあるけれど、シェルトはもっと自分の実力を評価すべきだわ。私はシェルトに自信を持って欲しい。
シェルトからジャックに視線を移す。
「ねぇ、ジャック。ジャックはシェルトから何を学びたいの?」
「今俺が気になってるのは効率かな! 慣れた店にずっといる俺たちだって客が増えて大変なのに、シェルトさんは初日で見事に乗りきった。そこには俺たちが知らないコツがあると思うんだ」
「俺はコツとか意識はしてないんですが」
「それでも良いんっすよ。でも確実に俺たちとは違う何かがある。単なる腕の良さなのか、物の位置なのか知りたいんですよ。学ぶというよりは知りたいかな? だからシェルトさんは何にも気にせず料理してくれれば十分っすよ」
ジャックが言い切ると、シェルトの肩から少しだけ力が抜けたのが私には分かる。
「じゃあシェルト、見るだけならOKよね?」
「うん、そう言うことであれば」
シェルトから了承が得られると、ジャックはガッツポーズをして素直に喜んだ。
「定休日の前日、昼時間の途中で皿洗いに来ます。それならシェルトさんの仕事を邪魔せず、店も手伝いつつ学べる。そして夜の仕事で燃え尽きても、次の日は休み。迷惑はかけないだろ? 父さん、母さん」
マスターと女将さんも頷き、明日から早速実行するとジャックは嬉しそうにシェルトに再び握手を求めていた。
ジャックはとても素直な性格だ。気遣いやお世辞は一切用いることなく、きっとシェルトの良さをストレートに伝えてくれるはず。
ただ食べることしか出来ない私よりも、料理人からの言葉は重みがある。きっとシェルトにも自分の料理の魅力が伝わるはず。
これで最近見せる不安げな様子が減れば良いなと思いながら、ジャックに腕を振り回されるシェルトの少し照れた顔を眺めた。
その後リコリスもやってきて可愛さを炸裂させてシェルトに自己紹介をしていた。頭をコテンと傾け低めで結ばれたツインテールを揺らし、見事な上目遣いで女の子らしい言葉遣い。
私はメロメロよ。落ちない男はいないと思うほどで、関係ないジャックは目をハートにしていた。
マスターも目尻を下げて、女将さんもうっとり。
だというのに、シェルトはジャックの時とは変わらない様子で、爽やかに挨拶を返した。
可愛い女の子代表のリコリスに何ひとつ心動かさないとは、やっぱりアッチかソッチなのかなと確信した瞬間だった。
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