第7話「地下工房の主」

「城の地下?」


「はい。そこに魔法工房があります」


 ハンヌの案内でジーヴァは城の地下へ続く薄暗い石段を降りて行った。おどろおどろしい、ちょっとしたお化け屋敷という印象を与える空間の先に、魔王軍団の戦力を実質的に支える魔法工房があった。


「ずいぶんと雑然とした空間だな……おっと」


 金属で作られた巨大な箱が積み上げられている。その他には何故か泥の山。工房の奥に外の光が差し込む半地下になっている空間があり、そこから泥の塊が次々に投げ入れられている。


「これがさっきの掘っていた泥の正体か?」


「はい。そうなんですが責任者がいませんね。ルダ! ルダ、いないのー⁉」


 大声でハンヌがルダという大魔導士の名前を呼ぶが反応が無い。留守なのであろうか。


すると後ろから物音がした。ジーヴァとハンヌは思わず振り向いた。


「シャキーン! 魔王将軍ガーネ様、大・復・活!」


 ようやく生気を取り戻したガーネが二人に追い付いただけだった。ウインクに横ピースで何やら自己存在をアピールしたいらしいが、相棒であるハンヌは一切無視して極めて冷静かつ事務的に処理した。


「ガーネ、ルダを見なかった?」


「えーあのちびっ子婆ちゃん? あたしは知らないよ。どうせそこら辺で寝てるんじゃない?」


 精一杯の登場を軽くスルーされ、唇を尖らせてふてくされるガーネも辺りを見回した。だが薄暗い魔法工房は静まり返っており、人の気配はしない。


「ルダっていう子がいるのか?」


「はい。ここの責任者なんですが、どうも独特な子というか、年寄臭い変わり者で――」


「誰が年寄だ」


 ハンヌの声を遮って突如闇の中から現れたのは、今時珍しい木の杖を携えた魔女スタイルの少女だった。落ち着いた声で感情に乏しそうだが、怒っているらしいことは何となくジーヴァでもわかった。


「あー、ルダ婆ちゃんだ。飴ちゃんちょーだい!」


 孫のような感覚で菓子をせびるガーネへ、突如現れたルダという少女は飴玉を渡しながらも、きっぱりこう断言した。


「私は婆ちゃんじゃない。そもそも二人より年下だ」


 本人は普段からハンヌとガーネによって年寄扱いされることを気にしているらしく、訂正は何度でも行う気があるらしい。


「ルダ、いるならきちんと最初から返事して。せっかく新しい魔王陛下を連れて来たのに」


「何? この人が新しい魔王?」


 目をぱちくりさせながら頭からつま先までじっくりジーヴァを観察する。


「ジーヴァ一三世だ。よろしく」


 ジーヴァはルダに手を差し出した。シャイなのかルダは若干照れながらも、そっと握手をして返した。変わった雰囲気をまとっているようだが、根は良い子らしい。


「こちらこそ、新しい魔王様。……でも一三世であってたかな? 誰だ、そんなこと言ったのは。ガーネか? あいつは時々間違えるからな」


 いきなりの衝撃発言に、ジーヴァはアイデンティティの危機に陥った。いや何世であろうとも実務には問題無いのだが、それでも名前という大切な部分は気になるものだ。


「あたしだってさすがにそこは間違えないもん……多分」


 言った張本人がこれである。心配になってジーヴァはハンヌに確認をした。


「大丈夫ですよ。それで合ってます」


 だが目は泳ぎ、声が上ずる。結局本当のところ誰も覚えていないらしい。ジーヴァは所詮雇われの魔族の王様であり、実際はかなりいい加減な扱いのようである。


「活躍すれば何だって良いんだよ。バ〇スとかク〇マティとか今でも人気じゃん」


 ガーネの例えが若干どころかかなり古い。突っ込みどころを無くしてジーヴァは途方に暮れた。


「そんなことはどうでも良いんです、陛下。ここでの仕事が一番大事なんですから」


 そんなこと扱いされたことに今一釈然としないジーヴァだが、仕事と言われれば聞かざるを得ない。


「ここはねぇ、なーんと魔物を作る工房なんだよ!」


 説明役をガーネに盗られたルダがなんとも口惜しそうだが、実際の作業を見せるにはこのお気楽将軍の腕力が必要だという。


 一つだけぽつんと置いてある巨大な金属製の箱の元へ集まった四人。ガーネがその馬鹿力でふたを開けると何やら中に形が刻んである。


「この中に泥を入れる。そしてまたふたを閉じて魔力を込める。すると魔物ができる」


 ルダが淡々と魔王軍団の中核たる魔物の製造法を説明した。


(つまりは、たい焼きと原理は一緒か……)


 どんな凄い魔法で魔物を作るのかと思いきや、意外に単純な方法をとっているらしい。


 早速言われた手順通りに作業を行う。魔力を込める役は普段ルダが行うが、魔王でも出来るらしい。というよりも大量生産する時や強い魔物を作るときは高い魔力を持つジーヴァでないと駄目とのことだ。それを聞くと彼は責任感から背筋を伸ばした。


「よっこいしょ。あー重い。できたかな?」


 閉じられたふたをガーネが取り外すと中からゴブリンが二体出てきた。軽快にそこいらをぴょこぴょこ動いているが、魔王の姿を見つけると前に出てぺこぺこ頭を下げだした。本能的に自分の主人がわかるらしい。


「はい。それでは外で頑張ってらっしゃい」


 ハンヌにそう見送られるとゴブリン達は敬礼し、城の外へ通じる石段を登って行った。


「こうやって魔物を作っていきます。これが野や山や迷宮に潜んで、勇者達を襲うのです」


 ただ魔王は勇者を城で待つのではない。こうやって魔物を作って各地へ配置することで、適度に冒険のハードルを上げねばならないのだ。そうしないと冒険が単調になりすぎてこの八百長システムに疑義を持つ人間が登場しかねないからだ。魔物一つとっても、色々と手間や設定が込み入っているらしい。


「こうやって色んな魔物を作って行く訳か。なかなか面白いな」


 その言葉にルダの表情がぱぁっと明るく反応した。普段あまり目立たない自分の仕事を魔王自らが率直に認めてくれて嬉しいようだ。しかしその一方であまり人には言えない、複雑な事情と気持ちがあるらしい。


「本当は色々な魔物を作りたいんだが今は駄目。少ない種類の金型しか使えないんだ」


 最近は新規金型の発注にかかる費用など、色々と魔物の製造コストが上がったとのことだ。そこで経費削減を目的に極力同じ魔物の大量生産を行っているという。強い魔物を作る場合も同じ魔物の型を使って色違いにすることで差別化を図り、なんとかお茶を濁す日々が続いているとルダは語った。


「ここ最近はもっぱらゴブリンとその色違いばかり作っている」


 そうした状況が続いたため、この大魔導士の少女は新しい魔物に対する創作意欲が衰えてしまっているらしい。


(いつかはルダにも自由に魔物を作らせてあげたいな)


 そう思いつつ、ジーヴァとハンヌは工房を後にした。まだまだ魔王軍団に関するレクチャーは続くのだ。よそ見して遊んでいたため置いてけぼりを食ったガーネがそれを見て、慌てて追いかける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る