第5話「古き勇者の孫として」
「ちょっと待ってくれ、なんなんだよ。人の話を最後まで言わせずに、問答無用でいきなり斬り付けるとか」
ジーヴァの鼻の頭にうっすらと傷が残っている。勇者任命式の情報は事前にティグロ王国側から知らされており、ちょっと軽い挨拶のつもりで覗いたジーヴァだった。
「はいはい、魔王。絆創膏貼るから落ち着いてね」
ガーネは子供をあやすように受け流した。幻影の魔法だったのはずなのだが、ニアの腕なのか、剣の持つ力がよほど強いのだろうか。どういう訳か時空を飛び越えてジーヴァの顔に直接干渉したようだ。
「結構腕の立ちそうな子でしたね。情報は多少取れました」
早速分析にかかった参謀ハンヌ。魔王の負傷は一切気にせず、あくまで職務に忠実だった。
三人は顔を突き合わせた。それは以前ガーネがゴミ捨て場から失敬して来た昔懐かしブラウン管のアナログテレビで、要は見られれば問題ないとモニター代わりに使用しているとのこと。
「えーっと国王の前に出てきたのが例の勇者か。……あの王様相変わらず顔だけは怖いね~」
本筋に関係の無いガーネの論評はともかく、ニアの分析をしなくてはならない。ぱっと見はただの田舎の女の子といったところだ。
「ティグロ王国側から送付された資料によると……げっ。『あの』イクスの孫ですね」
ハンヌが露骨に嫌な表情をしたことに、ジーヴァは思わず興味を持った。
「古き勇者イクスって、そんなに有名なのか?」
「有名も何もブラックリスト入りの勇者ですよ。その……やっちゃったんですよ。本気で」
その名を語ることすら恐ろしいとでも言わんばかりに、ハンヌがそっと説明した。
勇者イクスの名はティグロ王国とドゥラコ王国、そして魔王軍団においても轟いている。ニ〇〇年に及ぶこの壮大なやらせプロレスの歴史において、イクスは魔王討伐を唯一成功させてしまったのだ。
もちろんイクス自身も魔王討伐の裏にある茶番は重々承知していた。だが彼は生真面目だった。魔王城での最終決戦、彼は持てる技量を尽くして当時の魔王と死闘を繰り広げたのだ。だが次第に「最後は惜しいところで敗れる」という脚本を忘れた。いや自身の誇りに賭けてそれが許せなかったのかもしれない。
「まさかその時の魔王は……?」
ジーヴァの背中がじんわりと寒くなった。
「いや、結局死にはしなかったんですがね。半死半生で全治何か月だったかな?とにかくそれがトラウマになって、その人魔王を辞めちゃったんですよ」
苦い過去なのか、ハンヌの顔が浮かない。
ニアはそのイクスの性格を受け継いでいる。いや、それ以上に祖父を神格化して自分自身を純粋培養したのだ。増々始末に負えないことになりそうだ。
「大丈夫、そん時はあたしとハンヌがミニスカナース姿で看護してあげるから。しっかし参ったねーこりゃ。このニアって子の目、明らかにマジじゃん。初めっから殺る気でいるよ。魔王大ピーンチってとこだね!」
やたら明るく、ジーヴァの不安を煽るガーネ将軍。絶対真冬の寒空の下でビキニアーマーへ衣装替えしてやると心に誓う魔王であった。
「ふーん、でも剣技はあるけど魔法は駄目そうだね」
一応は魔王軍団の武門の棟梁である。戦力分析はガーネも行う気らしい。
「それは明るい材料なのか?」
死活問題でありジーヴァは思わず聞いた。
「全然。魔王相手じゃ人間の下手な魔法は通じないからね。最後は物理で殴って来るのが勇者流!」
魔王は腹心たる将軍にヘッドロックをかました。ちょっとは減らず口を黙らせないといけないとの判断に基づく。
「ぎゃーぐるじい、やめんかー。って、どさくさに紛れて乳を触るな!」
「魔法に関しては従者二人が使えます。こちらの魔法剣士が補助系、それでこっちの目付きが怪しい賢者が攻撃と回復ですかね」
ハンヌは構わず仕事を続けた。ジーヴァもモニターと資料に目を通す。だが能力的には平均よりは上だが、そこまでの脅威ではないと見た。
(勇者ニアか。一人目の勇者がいきなり外れとは……)
自分の運の無さを呪うジーヴァ。金貨一枚のために命を懸ける羽目になるとは何とも情けないような気がした。
いや、そこから助かる術が一つ残っているはずだった。
「あのな、ハンヌ。折り入って相談が」
「今から魔王辞めるってのは無しですよ。せめて試用期間が終わってからにして下さい」
試用期間の意味をハンヌは取り違えていないだろうか。いや、これは正確にはハンヌとガーネにとってのお試し期間の意味だったのかもしれない。
「でも……さすがに俺の持つ膨大な魔力を使ってパワーアップして、一撃で勇者を撃退するとかはできるんだろ?」
「無論できますよ。でもお勧めしません。その体育会系とは真逆の貧弱な体から無理な肉体的強化を行うと、使用後の反動が凄いんです。素直に勇者にやられた方が軽傷で済みますよ。それでも、と仰るならあえて止めはしませんが」
さらりと恐ろしいことを言うハンヌ。ともかくもジーヴァの退路は絶たれた。
せめてもの覚悟として、ジーヴァはモニターに映ったニアの姿を目に焼き付けることにした。何か月か、あるいは何年後かには自分の元へやって来る、刺客となる少女なのだから。
「魔王、さっきから何じーっと見てんの?あー絶対この子ちょっとかわいいとか思ってるでしょ。いやーん、マジで勘弁して~」
温厚な魔王もさすがに三度目はキレた。
「とりあえず将軍をビキニアーマーにした上で一晩城の屋上に縛り上げる。参謀手伝え」
「はっ」
不用意な一言が将軍を破滅へ誘うことになった。
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