第51話 からあげ
ユニフォームを着たままで食事をするのは久しぶりだ。宇都宮の宝木中の時に、何度かチームメイトと餃子屋に行ったことはあるが、チーム全員、ましてや保護者付とは、なかなか落ち着かないものがあった。
普段は見ないチームメイトの親の顔は、どこか子と似ていて、不思議と昔から知ってたような、少し話をすると、近所のオジサンくらいなフランクさがあった。
普段は区切る為に使用しているであろう襖は外されて、三つの部屋が一つの大広間にへと変化を遂げていた。畳の敷かれた部屋に、筆文字の掛け軸、長く重そうな木のちゃぶ台が並ぶ。
そこには奥座敷に似合わない、ユニフォームの少年少女が唐揚げを頬張る。蕎麦屋にしては珍しく、唐揚げに握り飯と、若者の食欲をそそられるメニューだった。
「あぁ~。さすがに腹減ったな」
「ヨシユキ先輩、僕はもうペコペコですよ」
「よく、あれだけ動いて食べれますね?」
「ケンゴは人一倍に肉を食え!筋肉つかんぞ」
大広間の一角は少年少女が陣取っている。大人達は大人達で話したいことが沢山とあるようだ。十日後の県大会の話。高校受験。夏休み等々、話は尽きることのない様子。
「ったく、騒がしいな。落ち着いて飯も食えやしない」
「まぁ、優勝した後じゃ……こうなるわな」
隣の席にはユウキ。うれし泣きを、今も顔は引き摺っていて、目が少しだけ赤く脹れている。
「次は県大会だな」
「そうだな。それより……」
ユウキにも謝らないといけないと思った。地区大会の序盤、俺はサインを破りユウキとケンカをしたことがある。
「悪かった。その、サインを破っちまった」
「いいさ、別に」
「でも、オマエ、最初……」
「サインを破るのを当たり前だと思って欲しくないんだ。たとえ結果が良かったからって、胸を張るのは間違ってる。俺はそう言いたかった」
呆気ない許しに動揺を隠せない。決して、罰して欲しかった訳では無かったが、こうアッサリと結論づけてしまわれると、やるせ無さだけが残ってしまう。
「俺もそう思う。しかし、今回は作戦がしっかりしていた。結果が付いてきただけだ」
「オマエも面白いな。そこまで分かってて打つんだから」
「まぁ、体が勝手にというか。盗塁で刺されると思ったら無我夢中で」
ユウキの言う事はもっともだ。弁明の余地も無い。ただ、前回と今回の違い。前回は許されず、今回は良しとなる理由が分からなかった。
「昔、ハヤトにも同じ事を言われたよ。そして、アイツも俺に誤ってきた。ホント……俺がそんなに怖いかね」
ユウキは溜息を一つ溢した。
「たぶん、ハヤトもユウキに許しを得たかったんだと思う。このままだとチームの一員じゃなくなるような……それで、なんでだろうな。ユウキに分かってもらえたら、たぶん、チームに認められた、なんて思えるんじゃないかな?」
ユウキは首を傾げていた。
「よくわかんないな。やっと、やっとだよ。俺は決勝で、やっとチームの一員になれた気がしたんだ。タツヤと一緒にダブルプレーを決めて、その時、やっと役に立てたと感じたんだ。あの日から……先輩を殴っちまった時から、ずっと後悔してた。誰かに罰して欲しかった」
「縁も竹縄」なんて言葉が大人の誰かから発せられた。祝勝会も終わりということだ。それでも周りは、未だに熱は冷めやらずといった雰囲気でもあった。気づけば時計の針は三時を回り、昼飯とはいえない時間帯まで流れていた。
「でも、コウスケの、チームの為に行動したんだろ。だったら……」
「それが、チームをダメにする行動だったんだ」
殴った事を肯定する訳ではない。それでもユウキは、その責任を一人で背負い、チームを支えて来た。
毎日シートノックを務め、監督の代わりを買って出た。憎まれ口を叩かれる事もあったかもしれない。それでも、チームに尽くした事に違いはない。決勝、サヨナラ後のユウキの目から零れ落ちた涙が、全てを物語っている。
「確かに良い行動とは言えない。でもユウキは、その後、チームの為に尽くした。だったら、もうチームの一員なんじゃないか」
「一員ね。……だったらシンジも、この後の、県大会の活躍次第だな」
ユウキは意地悪そうな笑みを浮かべ「ハッハッハッ」とわざとらしい笑い声を上げた。珍しく声高々に笑っていた。みなの視線が集まっていた。
「次も頼むぞ」
「お、おぉ」
「なんだ、気の抜けた返事だな。もうちょっと、唐揚げ食っといた方が良いんじゃないのか。筋肉つくぞ」
コウスケを少しだけ真似た、ユウキなりの戯け。その顔は凄い晴れやかで、夏の空を象徴すかの様に澄み渡っていた。
「それとこれとは関係ないだろ」なんて言いながらも、勧められた唐揚げを口に運ぶ。その冷めた唐揚げは、美味かった。
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